逝きし世の面影

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太陽の黒点が激減 「氷河期」到来の可能性

2018年02月05日 | 地球温暖化
『日本、大雪で警報』2018年02月05日 スプートニク日本

5日、日本の気象庁は、北海道から本州南西部の日本海沿岸の幅広い地域に警報を発表した。
気象庁のホームページでは、暴風や大雪に注意するよう呼びかけられている。
北海道の複数の地域では午前10時までの24時間に降った雪の量は60センチとなり、本州では50センチを超えた。瞬間風速25m/sを超える突風も吹いている。
気象庁によると雪はさらに強まる見込みで、交通機関が乱れる可能性があるという。



『日本:凍死に注意 熱中症より高い危険性』 東京新聞2018年02月04日 スプートニク日本

日本での低体温症による死亡(凍死)件数は、熱中症による死亡数の1.5倍に上る。2010年以降のほぼ毎年、1000人以上が亡くなっている。大半は室内で低体温症になった高齢者。東京新聞が報じた。
厚生労働省の人口動態統計によると、2000〜2016年にかけての低体温症による日本国内の死者は計1万6000人である。
低体温症による死者数は1990年代から急増しており、首都大学東京の藤部文昭特任教授は、高齢者の増加が一因だと見る。



『太陽の黒点が激減中 2030年に「ミニ氷河期」到来の可能性』2018年1月24日 日刊ゲンダイ

ミニ氷河期がやってくるのか――。22日は、首都圏でも積雪するなど、大寒波が日本列島を襲った。今冬は北米やロシアなど世界各地が極寒に見舞われている。ロシアは氷点下68度を記録した。それもそのはず。実は、地球は「温暖化」ではなく「ミニ氷河期」に向かっているというから驚きだ。
2015年、英国ノーザンブリア大学のバレンティーナ・ザーコバ教授は、太陽の活動は2030年代に現在の60%にまで減少し、ナント97%の確率でミニ氷河期が到来すると発表した。本当にそうなるかもしれない不安が強まっている。根拠は今起きている現象と前例だ。太陽の活発さの指標は黒点の個数だが、現在、激減中なのである。
国立天文台の担当者が言う。
「たしかに2014年をピークに黒点は減少に転じています。毎日観測している黒点の平均個数は、14年2月が102.8個なのに対し、昨年11月5.7個、12月8個です。最近は全く観測できない日もしばしばです。約300年前、世界が寒冷化した時と状況が似ていますが、メカニズムは分かっていません」

300年前――黒点が極端に少なくなったのは、1645年から1715年までの70年間。地球の平均気温は約1.5度下がった。これがミニ氷河期である。ロンドンのテムズ川やオランダの運河は凍りつき、江戸時代の日本では飢饉が頻発した。
さらに、寒冷化の要因は太陽の活動低下だけではない。
立命館大環太平洋文明研究センターの高橋学教授(災害リスクマネジメント)が指摘する。
「今は太陽と地球の距離が離れるサイクルに入っています。加えて、ロシアのカムチャツカ半島やパプアニューギニアなど世界各地で火山噴火が相次いでいます。火山灰は高度1万5000メートルまで上がります。ここは空気の流れが穏やかで、灰が滞留しやすい。灰の層が地球に届く太陽光を遮るため、地球は寒くなるのです。
寒冷化に向かう現象はいくつもみられ、学者の間では、地球温暖化について、懐疑的な見方が広がっています。地球温暖化は原発推進の格好の口実ですから、寒冷化の現実が隠されている面もあるのです」
今からミニ氷河期に備えた方がよさそうだ。
1月24日 日刊ゲンダイ



寒冷だった12000年前のイギリスやアイルランドは大陸と地続きになっていたが、日本の場合は津軽海峡以北の北海道が大陸と地続きになった。(100メートル以上海水面が下がった氷期でも140mの水深がある津軽海峡は、中央に大河のような水路部が残ったので両岸の生物相が異なりブラキストン線( Blakiston Line)と呼ばれている)
逆に今よりも温暖だった1000年前の中世にはアイスランド在住のバイキングたちが当時は草木が生えていたグリーンランドに入植し、島伝いに西進してコロンブスより500年も早く北米大陸(ヴィンランド)にまで進出していたが、その後の寒冷化で撤退する。



アイスランド、レイキャビクにあるハットルグリムス教会の前に立つレイフ・エリクソンの像。バイキングはコロンブスより500年早くアメリカ大陸に到達したと言われる。(PHOTOGRAPH BY JON BOWER ICELAND, ALAMY STOCK PHOTO

『バイキング、知られざるその壮大な歴史』北米へ欧州から最初に渡り、ロシアの基礎も築いた中世の「襲撃者」2017.01.25ナショナルジオグラフィック

氷に覆われた北の荒野で、王や戦士、ドラゴン、トロルたちが活躍するTVシリーズ『ヴァイキング〜海の覇者たち〜』や『ゲーム・オブ・スローンズ』などでは、ドラマチックで多分に暴力的な物語が繰り広げられる。こうしたTVドラマの発想の元となっているのが、「サガ」と呼ばれるアイスランドの古い物語だ。歴史家のエレナー・ロザモンド・バラクロウ氏は、最新の著書『Beyond the Northlands: Viking Voyages and the Old Norse Sagas(北欧の向こうへ:バイキングの航海と古代北欧サガ)』において、サガの世界を探究し、虚構の中に隠れた事実を探り出すことで、バイキング、すなわち中世のスカンジナビアのノース人がただレイプや略奪を繰り返していただけの人々ではないこと示してみせた。

 英ダラム在住の著者に話を聞いた。
――あなたは著書の中で、「バイキングはこれまで、常に中世の問題児であると言われてきた」と書かれています。この偏見は見直されるべきということでしょうか。

 バイキングが中世における問題児であるとの認識の起源は、まさしく中世にあります。バイキングが最初に大規模な襲撃を行ったのは793年、場所は、新約聖書の有名な写本である「リンディスファーンの福音書」が書かれた今の英国北部の島、リンディスファーン島でした。しかしここで重要なのは、我々がこの事実をどうやって知ったのかです。情報の出典は『アングロ・サクソン年代記』ですが、これは襲撃から100年後、バイキングを退けたアルフレッド大王の時代に書かれた英国最古の歴史書です。

 リンディスファーン島の襲撃とほぼ同じ頃、西ヨーロッパを支配していた大国フランク王国のカール大帝の宮廷にいたアルクィンという名の信心深いアングロ・サクソン人聖職者が、リンディスファーンの大修道院長宛にこんな手紙を送っています。「恐怖がこのように我々の海岸に現れたことはかつてなかった。『北から悪が起こる』という預言者の言葉を忘れるなかれ」。つまり、侵略者であるバイキングは、犯した罪に対する神の罰であるとの認識が当初から存在していたわけです。(参考記事:「千年前のバイキングが埋めたお宝が出土、英国」)

「バイキング」と口にするとき、我々は中世の北欧にいた人々を想像します。しかし、バイキングとはそもそもは「襲撃者」を意味し、つまりは職名です。バイキングの時代に北欧に住んでいた人々が襲撃や略奪を行ったのは確かですが、彼らがしたことはそれだけではありません。彼らは遠くまで旅をしました。北大西洋、スコットランド諸島の一部、アイスランドに入植しました。北欧の極地方やロシアの川や水路へも進出しました。グリーンランドに500年間続く植民地を作り、はるか北米の端にまでたどり着きました。(参考記事:「氷に覆われてるのに「グリーンランド」、なぜ?」)
――コロンブスはアメリカを「発見した」人物として賞賛されています。しかし北欧に伝わる「ヴィンランド・サガ」を見ると、アメリカ人は「コロンブス・デー」ではなくむしろ「赤毛のエイリーク・デー」という祝日を作るべきなのではという気がしてきます。

 祝日を作るなら、赤毛のエイリークの息子であるレイフ・エリクソンにまつわる「幸運なるレイフの日」の方がふさわしいかもしれません(笑)。985年頃にグリーンランドに最初に入植したのは、赤毛のエイリークでした。我々がこれを知ることができるのは、1つには「ヴィンランド・サガ」のおかげです。「ヴィンランド・サガ」とは、「赤毛のエイリークのサガ」と「グリーンランド人のサガ」という、アイスランドに伝わるふたつのサガを指します。これらのサガはノース・グリーンランド人、つまり赤毛のエイリークの一世代後の人々が、どのようにグリーンランドを出航して北米の端にたどり着いたかを知る最も重要な文献です。彼らはまず今のカナダ北東部の北極海に浮かぶバフィン島に、続いてより南東のラブラドル半島に着き、ここを「マルクランド(森の土地)」と名付けました。そして最後に、カナダ東部のニューファンドランド島にまで南下するのです。(参考記事:「コロンブスに勝てなかった“新大陸発見者”とは?」)

 しかし1960年代以前までは、この「ヴィンランド・サガ」が、こうした航海について我々が知る上での唯一の情報源でした。これが本当に起こったことなのかどうかさえ、誰も確信が持てなかったのです。そして60年代、ニューファンドランド島の北端に位置するランス・オ・メドーで行われた発掘調査により、ノース人がここに確かにやってきたという明確な証拠が発見されました。彼らが入植者であったとは断言はしません。ここには細長い家屋がありましたが、住居というよりは越冬のための建物のようで、そこで船を直して、さらに南へ向かったのではないかと見られています。航海には女性も同行していました。あるサガには女性がそこで子供を産んだとあり、つまり彼女は北米大陸で出産をした最初の欧州人女性ということになります。(参考記事:「バイキングと北米先住民」)

 興味深いのは、考古学的証拠が発見されるよりも前から、米国人が北米のバイキングの遺跡に強い関心を寄せていたということです。19世紀末頃には、冒険小説に登場するような体の大きなノース人が、船で海を越えてやってくる姿を描いた絵画がたくさん制作されました。一方で、作り話や捏造品も数多く登場しました。歴史的な事実が見つからないのなら、創作してしまえというわけです。バイキングが使っていたルーン文字が刻まれた偽の石碑がミネソタ州の遺跡から掘り出されたり、偽の武器が見つかったりしたこともありました。中でも偽古地図の「ヴィンランド・マップ」は有名です。(参考記事:「バイキングの遺跡、カナダ東部の島で発見」)
――あなたはサガのことを「中世アイスランドの比類ない口述文学であり世界的な遺産」であると書かれています。サガは事実でしょうか、それとも虚構でしょうか。

 サガは13世紀のアイスランドで書かれ、その後も写本にされたり、書き写されたりしていました。アイスランドではある意味、中世は20世紀になるまで終わらなかったと言えます。「サガ」という言葉は、ノース人の言語で「言う」を意味する「sayer」に由来します。ここからも、サガの起源について推しはかることができます。サガは、13世紀の筆記者が適当に頭の中で思い浮かべて書いたものではありません。サガには何世紀も前から口伝えで受け継がれてきた長い歴史があります。サガは幾度も繰り返し語られ、世代から世代へと伝わってきた物語です。しかしだからといって、これが紛れもなく事実だということにはなりません。物語は途中で変わり、改変され、装飾され、事実が抜け落ち、情報のかけらが付け足されていくものです。ですから、文字で記録される時点ですでに、事実と虚構を区別するのは非常に難しいのです。

――トロルや小人は映画『ロード・オブ・ザ・リング』で一般の人に馴染み深い存在となり、ドラゴンはTVドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』のストーリーで重要な役割を担っています。サガにはそういった想像上のクリーチャーがたくさん登場しますね。

 それは確かですが、同時にサガには、非常に現実的な面もあります。すべてのサガにドラゴンやエルフが山ほど登場するわけではありません。また面白いのは、そういった生きものは明らかにノース人の世界観の一部分として認識されていたということです。サガに登場するとき、彼らは必ずしも空想的なものとして描かれるわけではありません。たとえばごく普通のサガのエピソードの中で、誰かが夢を見たり、あるいは山を歩いていたりすると、そういったクリーチャーが突如として現れることがあります。トロルが自分の視界の端をうろうろと歩きまわっているという概念は、彼らにとってごく当たり前のものなのです。

 極北に住む人々は昔から、超自然的で、時に悪魔的なものを連想する傾向にあり、その起源は古くは聖書の時代に遡ります。そうしたものはアングロ・サクソン人の世界観にも脈々と受け継がれており、19世紀のハンス・クリスチャン・アンデルセンが書いた『雪の女王』などに見ることができます。北へ行くほど風景は荒涼とし、山や深い岩の裂け目、奇妙な岩の造形が見られるようになります。ですから、そういった人を寄せ付けない場所に住めるのは、それ自身が人ではない、たとえばトロルのような存在だろうと想像しやすくなるわけです。(参考記事:「バイキングの軍事都市、ドイツで発見?」)

――著書を拝読して驚いたのは、バイキングが船と陸路で東へも向かい、現在のロシアにも行っていたということです。これについて教えていただけますか。またソ連時代はなぜバイキングとの関わりを重視しなかったのでしょうか。

 ロシアへ行こうと最初に行動を起こしたのは東部の人、具体的にはスウェーデンの人々でした。彼らはバルト海を渡り、ロシアの水路を進みました。ノース人がどこへ行ったのかを知りたければ、「お金」の後を追えばいいのです(笑)。中世には、イスラム産の銀器が大量にロシアの川を行き来していましたから、ノース人はその後を追って行ったわけです。ノース人は毛皮や獣皮など、自分たちの商いの品も持参しており、これは非常に高値で売れました。また彼らは奴隷を連れて行きましたが、(奴隷の調達というのも)あれほどの襲撃や暴力が行われた理由の1つでした。(参考記事:「埋葬用の剣、中世東欧の墓地発見」)

「ロシア(Russia)」という言葉はおそらく「Rus」という語から来ており、少なくともその起源は、スウェーデンあるいは北欧のどこかに由来すると思われます。こうしたノース人部族がキエフの町を開いて後にキエフ大公国と呼ばれる国を作り、これが現代のロシア、ベラルーシ、ウクライナの基礎となります。しかしソビエト時代には、この国の礎は外からやって来た人々が創ったのだとおおっぴらに言って回るのはよしとされませんでした。国を創ったのはノース人ではなく、自分たちと同じ東スラブ人だと考えるのを彼らは好んだからです。しかしスタラヤ・ラドガなど、ロシア北部にある商業の町で最も古い考古学的地層を見れば、明らかにノース人に由来するものが見つかります。

――あなたは研究者ですが、この本を書かれるために大学を離れました。その取材のハイライトはどういうものでしたか。また、本を執筆することでバイキングに対する見方は変わりましたか。

 大学を辞めた後、私はグリーンランドで夏を2度過ごしました。この本を書きたかった理由の一つが、グリーンランドへ行くことだったのです。現地では、サガに描写されている世界の考古学的な証拠を見て回りました。たとえばサガに登場する農場や、赤毛のエイリークが暮らしたフィヨルドなどです。エイリークの農場のすぐそばにも滞在したんですよ! この旅は私に、ノース人がいかにすばらしい人々だったか、彼らはどれだけ遠くへ行ったのか、それがどれほど危険なことだったのか、世界の果てを目指した彼らがどれだけ勇敢で大胆だったのかを教えてくれました。



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2 コメント

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ミニ氷河期 (淡水真珠)
2018-02-06 17:09:44
だから作物が取れなくなって江戸時代、飢饉が起きたのかな(>_<)。温暖化の心配いらないから日本も色々頑張らなくて済むね?バイキングと言ったら映画やドラマでは格好良く描かれているイメージがあるけどよく考えたら泥棒だよね。そのバイキングがコロンブスより先にアメリカ大陸を発見していた?この言い方も変だけど興味深い話ですね。
腹が立って眠れない (農婦)
2018-02-08 23:46:52
すみません。私は腹が煮えてます。先ず無学無知の自分に、日本の政治家どもに、日本のメディアに、もっと原辰徳(岩下様じゃーないけど)。だいぶ前に宗純様の記事で地球は温暖化ではない氷河期に入ってるとおっしゃってた事、私は記憶してます。その間あいだに温暖になるっておっしゃてました。その通りになってますね。私は明日AM4時に起きなければならないのに眠れない。然し祈ります、平和を、雪が止む事を。

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