逝きし世の面影

政治、経済、社会、宗教などを脈絡無く語る

破壊的カルトをヨイショする佐藤優

2019年01月09日 | 宗教


今年のアルファベットは早々とクエスチョンマーク(?記号) QUESTIONの「Q」に決まる !! 虚構新聞

 島田裕巳@『日本の8大聖地』知恵の森文庫‏ @hiromishimada

今日の聖教新聞一面、佐藤優氏が完結した新人間革命を絶賛されています‼️

2:44 - 2019年1月8日

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福田大誠‏ @daiseifukuda · 17 時間前

シュバイツアーが神学者から医師に転換したのが40代はじめ、夏目漱石が学者から小説家に転身したのが40歳であったことを考えると、私にもまだまだ人生を楽しむ可能性があると思います。(佐藤優『獄中記』)

麹町糀 Cozy Koji‏ @_pplp_ · 18 時間前

ええええ…佐藤さん…残念です


新春恒例の街頭演説をする公明党の山口那津男代表=JR新宿駅前

『公明・山口氏「数の力で一辺倒の運営、政権慎むべきだ」』
01月02日 17:39朝日新聞

■公明党・山口那津男代表(発言録)
連立政権の運営、政治の安定を作り出すために、お互いに配慮をしていかなければならない。国民の信頼を損なうようなことがあればきちんと正し、信頼を確保していかなければならない。国会運営についても、政権の数の力で一辺倒に押し切るような国会運営は慎まなければならない。果断にスピード感をもって意思決定することも必要だが、国会では真摯(しんし)に議論を尽くし、幅広い合意形成を作りだすべきだ。(
(朝日新聞)

孫崎 享‏ @magosaki_ukeru · 1月3日

公明党、真逆の行動をとっていながら、「政権の数の力で一辺倒に押し切るような国会運営は慎まなければならない」と街頭演説する公明党山口代表
公明党が何でも自民党のおっしゃる通りと国会審議で賛成するから自民党が数の力で押し切っているのでしょう!


『なぜ佐藤優氏は創価学会の選挙活動にしか役立たない本を書いたか --- 島田 裕巳』2014年11月29日 アゴラ

佐藤優『創価学会と平和主義』(朝日新書)を読んでみた。
著者は、この本は創価学会の会員以外の一般の人に読んでもらいたいと書いている。
しかし、その内容からすると、創価学会の会員向けの本であることは間違いない。
というのも、そこに書かれていることは、世間で考えられているのとは大きく異なるからである。
佐藤氏は、安倍政権が憲法解釈を変更し、集団的自衛権を認める方向に乗り出したにもかかわらず、創価学会が支持する公明党が、それを阻止した、それゆえに創価学会の唱える平和主義が本物であると主張している。

総選挙になれば、創価学会の会員は、公明党の候補者への投票を依頼するために活動を展開する。創価学会では、会員にはなっていないけれども、公明党に投票してくれる人間の票を「フレンド票」と呼び、その獲得をめざしてきた。
今回の総選挙に際しては、フレンド票獲得をめざして、一般の有権者のところを訪れた創価学会の会員は、なぜ平和主義を掲げる公明党が、安倍政権に屈し、集団的自衛権を認めたのかと詰め寄られる可能性がある。

実は公明党は、閣議決定がなされたときに、その決定は集団的自衛権を認めたものではない。十分に歯止めはかかっていると主張していた。しかし、その主張は、それほど目立った形では報道されなかった。一般の人たちは、公明党は年来の平和主義を捨て、政権に迎合したと思っている。

創価学会の会員が、公明党の変質を問題にされたとき、それに対してどのように反論するかはかなり難しい事柄である。学会の組織のなかで、選挙対策として啓蒙活動も行われているが、ことが安全保障の問題に関係するだけに、その説明は難しい。

その際に、佐藤氏の著作は、会員が理論武装をするのに大いに役立つ内容になっている。
もちろん、佐藤氏は創価学会の会員ではなく、よく知られているようにキリスト教の信者である。
同志社大学では、キリスト教神学も学び、それに関連する著作もある
佐藤氏が、創価学会の会員の選挙活動のために、この本を書かなければならない義理はないはずである。

それに、この本が執筆されている最中に、近々総選挙があるということは、著者にもわかっていなかったはずだ。ところが、本は絶妙のタイミングで出たかっこうになった。

それも不思議なことだが、なぜキリスト者であるはずの佐藤氏は、かつてはキリスト教を激しく攻撃した創価学会の会員にしか役に立たない本を書いたのだろうか。
読者としては、どうしてもその点が気になってくる。
著者は、この本のなかで、創価学会の平和主義が本物であることの論証を試みている。だからこそ、公明党が集団的自衛権の容認に決定的な歯止めをかけることができたというのである。

たしかに、創価学会は平和主義を掲げ、公明党は平和の党であることを標榜してきた。
しかし、それはあくまで当事者の主張であり、それがそのまま真実であるかどうかは別の問題である。

では、佐藤氏の論証は、創価学会が真の平和主義を守り通していることを証明しているのだろうか。
佐藤氏の議論で一番問題なのは、論証を行う際の資料の選び方である。
佐藤氏は、創価学会や公明党が発表した公的な資料だけを用いている。
他に、外部の人間による資料は用いていない。

佐藤氏は、海外諸国の外交戦略を分析する際にも、それぞれの政府が公表している資料を大幅に用いており、分析にはそれで十分なのだと述べている。
著書からその部分を引用してみよう。
「私は外交官時代から、交渉相手のことを知ろうとするときには、まず、新聞や相手方の刊行物など公開情報にあたることにしている。
公開情報のメッセージに込められた情報量は多い。それを取捨選択し、照らし合わせることで情報分析の八〇%はカバーできる」
この方法論は、とても納得できるものではない。

簡単に言ってしまえば、創価学会が自分たちは真の平和主義の立場にたっていると主張しているので、創価学会の平和主義は本物であると判断してしまうようなものである。
これでは、創価学会の会員を除けば、誰も納得できない

しかし、佐藤氏は、まさに創価学会の公開している情報をもとに議論を進めている。
創価学会のホームページからの引用を多いし、名誉会長である池田大作氏が著者になっている小説『人間革命』に描かれたことを、そのまま歴史的な事実として受けとっている。
佐藤氏が『人間革命』のどの版を資料として用いているかはわからないが、現在出ているものは、かつて広く読まれた版の内容に対して、とくに重要な部分にかんして手を加えたものである。

佐藤氏がこうした方法論をとっている背景には、神学を学んだことが強く影響しているのではないだろうか。
神学の場合には、それぞれの宗教で主張されている教義を真実のものとしてとらえ、それを前提に議論を進めていく。
そこが、私が専門としている宗教学とは決定的に異なる。
宗教学者が教団の主張を分析していく際には、教団の公開情報だけには頼られない。とくには、教団を批判しているような人物の主張にも目を通し、場合によってはそれを活用する。

佐藤氏は、神学の方法をそのまま創価学会、公明党の分析に用いているように見える。
したがって、『創価学会と平和主義』は、「創価学会・公明党神学」の書物になっているわけである。

しかも、松岡幹夫氏の著作『平和をつくる宗教―日蓮仏法と創価学会』という著作にふれる際に、松岡氏のことを「宗教学者」と紹介している。これだと松岡氏は、客観的、中立的な立場から創価学会を研究している人物だという印象を受ける。
だが、松岡氏は、かつて創価学会が密接な関係をもっていた日蓮正宗の僧侶で、僧侶を止めた後は、日蓮正宗批判を展開し、創価学会と立場を同じくしている。佐藤氏はそのことにはまったくふれていない。
注目されるのは、佐藤氏が、創価学会、公明党の今後のあり方について、提言を行っていることである。

佐藤氏は、現在の創価学会と公明党が過剰なほど政教分離を推し進めているととらえ、むしろ、公明党には宗教色を明確に打ち出すことを求めている。
「公明党には、自分たちが日蓮仏法の流れを引く創価学会の価値観を基盤にした政党だと宣言する選択肢があるはずだ」というのだ。
これは、佐藤氏が一言もふれていない創価学会、公明党による「言論出版妨害事件」以降とってきた方針を180度転換させるものになる。
また、仏教学部を設けていない創価大学についても、それを「設置して専従の教学エリートを養成し、継続的な研究ができる態勢を整備することが急務になってくると私は見ている」と述べている。

佐藤氏は、創価学会員の選挙活動に役に立つ書物を書いた上で、創価学会、公明党に一定の影響力を行使しようとしているように見える。
その可能性は今のところ高くはないが、もし創価学会、公明党が佐藤氏の提言を受け入れたとしたら、佐藤氏の社会的な立場も大きく変わっていく可能性がある。
あるいは、佐藤氏の本当の目的はそこにあるのかもしれない。


島田 裕巳
宗教学者、作家、東京女子大学非常勤講師、NPO法人「葬送の自由をすすめる会」会長。元日本女子大学教授。


(小渕恵三外務大臣(当時)1997年書簡の内容を報道した毎日新聞地図)

1972年に米軍から日本に施政権を返還された後も沖縄県だけは別扱いだった。!21世紀の現在でも北緯27度線の南と北では大きく違っていることは明らか

『なるほど!! キリスト教神学だったのか!』 納得である

小泉政権での摩訶不思議なムネオ騒動に連座して投獄された日本のラスプーチン佐藤優外務省分析官ですが、リベラルにも極右にも極左にも保守にも護憲左派にも見える不可解な政治姿勢なのですが、宗教学者の島田 裕巳氏の5年前の分析『なぜ佐藤優氏は創価学会の選挙活動にしか役立たない本を書いたか 』が秀逸である。
我々のような多神教的な価値観の日本人には縁遠い『先ず、言葉有りき』の一神教(キリスト教神学)だったのである。
アメリカ人口の3割以上を占め最大の宗教右派(福音派)は『聖書に書いてある』だから→『絶対に正しいのだ』との、何とも過激で恐ろしい聖書原理主義(fundamentalism、ファンダメンタリズム)の立場をとっている。
ところが、佐藤優の主張の根本部分でも『まったく同じ』fundamentalismなのである。ほぼ『イスラムは正しい』と信じて疑わない(信じるものが聖書かコーランの違いだけ)アフガニスタンのタリバンと同じなのですから怖ろしい。
今回も創価学会の池田大作(90歳)が書いたとされる『新・人間革命』が→文字として存在しているので→『絶対に正しいのだ』との立場なのだが、肝心の池田大作は10年以上も公の場所に姿を現さない客観的な事実は無視されている。(日本人的な普通の常識的判断ならゴーストライターのフィクションで池田大作とは何の関係も無い)

『DNAを一部共有していた近代科学とキリスト教神学』

『資本主義』と同じで、近代科学の誕生と現在のような隆盛には西欧キリスト教の宗教改革(新旧両派の血みどろの抗争)が密接に関係していた。
近代科学の生みの親がキリスト教なので、人為的CO2温暖化説のように科学が時々先祖帰りして暴走することもあるし、逆に佐藤優のような宗教(キリスト教神学)がえらく科学的であるように見えたりする不可解なことが起きるのです。
ホモサピエンスとチンパンジーのDNAの98%を共有しているように科学と宗教(キリスト教神学)は共通のDNAを持っている。この為に近代科学とキリスト教神学との間には、相互に不可解な一致が見られるのです。科学的原理原則は個人の主観とか個人の集団である社会の規範(善悪の決まり事)とは無関係。一つの例外も無く常に普遍的で正しいものは正しいし、間違っているものは間違っている。

『普遍的な「原理」は個人の主観(主義主張)とはまったく無関係』
★注、
この科学的な原理原則の思考方法とは、180度全く正反対に見える原理主義(fundamentalism、ファンダメンタリズム)の立場と瓜二つだった。ガリレオ・ガリレイの『それでも地球は動く』の言葉のように、個人の主観とか個人の集合体である社会の規範(常識や道徳)とは無関係に普遍的な科学『原理』には社会の全員が無条件に従う(否応なく従わされる)ものなのである。

『神と人間との「契約」で成り立っている一神教 』(キリスト教の世界感)

キリスト教はマタイやマルコ、ルカの福音書やヨハネの黙示録など新約聖書だけではなくて、ユダヤ教の経典である『旧約聖書』もまったく同じ扱いになっている。
新約とは新しい契約の意味で、『新しい訳』(新しい解釈)ではない。古い契約(旧約聖書)でも一度結んだ契約は永久に有効で契約者を縛るものなのである。(★注、人と人との間の契約も神との契約に準じていて、破棄しない限りいくら時間が経っても、結んだ契約は自然消滅しない)
9年前の2010年(当初は民主党政権でネオコンの前原誠司らが主導)に領有権が曖昧な(1969年の日中国交回復時に棚上げされた)尖閣諸島に関して日中両国が正面から激突した時に、日本の政界では最左翼のはずの日本共産党(志位和夫)までがネオコンの前原誠司や右翼国粋主義の安倍晋三を全面的に支持している。
与野党や左右の垣根を越えた挙国一致、一億一心の『愛国路線』で日本中が突っ走った時に、何んと、驚くことに一人佐藤優だけが『1997年の日中漁業協定や小渕書簡に書いてあるので中国が正しい』(日本の主張は間違いだ)と冷静に正論を主張する。なんとも天晴れな態度だったのである。
日中漁業協定や小渕書簡では、日本の海上保安庁には北緯27度以南の尖閣諸島で操業する中国漁船を取り締まる権利が無いと明確に書いてあったのである。
もし国家間の契約(条約)を守るなら佐藤優がいうように船長逮捕を抗議した中国が正しく、海保など日本側(政府やマスコミだけではなく日本共産党も含めて全員が)全面的に間違っていたのですから怖ろしい。



『安倍晋三が一番の護憲派だった?』

2017年の憲法記念日に砂防会館(永田町)の改憲集会(事務局:日本会議)で、安倍首相ビデオメッセージ『ワタクチたち国会議員は・・・憲法改正の発議案を国民に提示するための具体的な議論を始めなければならない』では、憲法第9条に自衛隊を追加すると言い出した。(1項、2項はそのまま)
何故『自衛隊』を憲法に書き加える必要があるかというと、⇒『自衛隊は憲法違反だから』。その言葉が本当なら、日本では共産党など既存の左翼以上に対米従属の売国右翼の安倍晋三が護憲派だったという笑い話。  (^_^;) 



『聖徳太子の「和をもって貴しとする」の十七条憲法の7世紀ごろから日本は民主主義国家だった(百田尚樹のお馬鹿「国記」)』

泣く子も黙る山口組三代目 田岡一雄が定めた山口組綱領に書いてある五カ条は、色々問題点が指摘されている『教育勅語』よりも素晴らしい出来上がりなので、文言を正しく読むなら、日本において最大で最強、最も危険な組織暴力団がボランティアの社会福祉団体か大人のための教育団体にメタモルフォーゼ.安全・安心。何の心配もない平和な日本になる。 (^_^;) 



(関連記事)

尖閣(沖縄)の施政権の一部放棄を隠し続ける政府・マスコミの罪 2013年04月05日 | 軍事、外交

【佐藤優の眼光紙背】
『1997年11月11日付の小渕書簡があるため日本政府は尖閣諸島周辺の中国漁船を取り締まることができない』


排他的経済水域(EEZ)におけるルールを定めた日中漁業協定(条約)に付随して、日本政府は尖閣諸島周辺における中国漁船の活動を一切取り締まることが出来ないとの、1997年11月11日付の小渕恵三外相(当時)書簡は、日本政府が中国に対して、日本の法律の適用を免除している奇妙な外交文書だ。
この条約の第6条(b)では北緯27度以南(尖閣諸島の海域)は何も定めていない。
その代わりが付属文書の小渕書簡である。
日本国外務大臣小渕恵三が中国に対して、『日本国政府は、日中両国が同協定第6条(b)の水域における・・・中国国民に対して・漁業に関する自国の関係法令を適用しない』と確約していた。
小渕書簡とは、まさに自民党政権の手によって作成され日本政府が、尖閣諸島の管轄権の一部を自発的に放棄する文章だった。
外務官僚は尖閣諸島という名前が出ないよう悪知恵を働かせているが、小渕書簡では日本の海上保安庁は尖閣海域で中国漁船を拿捕出来ない仕組みだった。
(2012年09月17日佐藤優の眼光紙背:第144回記事から抜粋、要約)

★注、
この『日本側に非がある』(中国側の言い分の方がが正しい)との佐藤優の眼光紙背(2012年09月17日)記事の4ヶ月後の2013年1月5日、福島第一原発事故の冷温停止宣言1周年目の記念日(2012年12月16日総選挙)に民主党野田佳彦から政権を禅譲された安倍自民党内閣の小野寺五典防衛相が東シナ海の公海上で中国海軍フリーゲート艦が火器管制レーダーを海上自衛隊の護衛艦に向けて照射したと発表。ほぼ今回の日本海での韓国駆逐艦のレーダー照射騒動と同じ事件が発生している。




(おまけ)

島田裕巳@『日本の8大聖地』光文社知恵の森文庫‏ @hiromishimada · 1月13日

今日の聖教新聞。佐藤優さんは池田大作氏の代役

創価学会も、『新人間革命』の連載が終わり、『SGIグラフ』は休刊。『創価学会ニュース』も月刊が隔月刊に。これはやはり池田時代の終焉ということだろう。組織のなかに池田氏のような指針を示せる人材がいない。佐藤優氏頼みという事態が生まれているのも、そうしたことが関係している。

1994年の年末あたりに、創価学会の本部幹部会の中継を見たことがある。そのとき、池田大作氏は、「創価学会には人材がいない」と真顔で語っていた。幹部たちが居並ぶ前でだ。現在の状態を考えると、そこでの池田氏の指摘は当たっていたことになる。池田氏の代わりに仏法を説ける人材がいない。

池田大作氏は、病気なのかもしれないが、もしかしたら自分が思っていた方向に創価学会が進まず、有能な人材、つまりは自分の後継者が生まれないので、絶望し、イスラム教シーア派のイマームのように「お隠れ」になった のかもしれない。

今の創価学会が佐藤優氏による評価や、田原総一朗氏の『創価学会』の本に頼ってしまうのは、自分たちで十分な主張を展開できなくなり、他人の頼るという方向で、これは、根本的によろしくないのではないだろうか。



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3 コメント

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ロシア外交のプロの池田教信仰告白! (ローレライ)
2019-01-09 15:13:26
ロシア外交のプロと一般に認識されている佐藤優氏の池田教への信仰告白!は外交の転機を想像させる。
言論の自由 (ワタン)
2019-01-10 11:13:54
岩波から出した佐藤優の『獄中記』を、大変な読書家だといふことで、むかし買つたことがある。
佐藤が、一般人むけに、「太平記」の、いまは「愚管抄」の勉強会を開いゐること、また同じく外交官であつた天木直人が佐藤批判をつづけてゐることも知られてゐる。
佐藤は自らの考へを明らかにする時期であらう。『獄中記』は、買つたままで読んでゐない。
破壊的カルト (学会員の親戚)
2019-01-13 10:57:31
自分は学会員でないけど
破壊的カルトは言い過ぎ
投票を頼まれたりしてカルト的な部分は確かにあるけど・・・
体質的には左翼もカルトなのではないのか

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