逝きし世の面影

政治、経済、社会、宗教などを脈絡無く語る

日本にもまだ政府は必要だ

2009年02月26日 | 経済

フィナンシャル・タイムズ 2009年2月24日社説gooニュース

最初のころ、日本は信用危機から守られていた。日本の保守的な銀行は、不良資産まみれの海を泳いではいたものの、それでも外国の同業他社に比べればまだましな状態だったからだ。しかし日本は慢性的な輸出依存体質のせいで、信用危機の衝撃を受けやすい状態にあった。国際的な需要低迷に伴い、日本経済はひきつけを起こしたように固まり、政界は呆然と立ちすくんでいる。証券市場の下落は今、金融セクターに問題を引き起こしているが、公的資金による株価維持という経済界団体の提案は間違っている。

日本の輸出高が昨年12月に35%減というショッキングな急落を示したとき、その時点でゲームオーバーだったのだ。当然のように、08年10~12月期の実質成長率は前期比3.3%減だったし、下落ペースは息をつく様子もない。過去35年間で最悪となるだろう危機は、政治の無為と麻痺によって深刻さを増している。

哀れな麻生太郎首相率いる政府による対応は、もうずっと不十分だ。ほんの数カ月前には、ただの見せかけでしかない景気浮揚策を後押しして、世界経済の回復を待つべしと主張していたのだ。しかし今や麻生政権は弱体化しすぎていて、政策措置を国会通過させられない。けれども与党・自民党はあまりにも不人気なため、法的に必要となる9月よりも前に選挙をするなど、考えられない状況にある。

政府がバタバタと動き回るあいだ、実体経済で深まる危機は金融機関を汚染しつつある。すさまじい株価急落を経て、日経平均は今年だけで2割近い下落率を記録。そしてTOPIX(東証株価指数)は1980年代初頭の水準にもどってしまっている。日本の銀行はまだ相当な資産を保有しているが、足元は心もとなく不安定だ。悪化する資本比率を支えるために何十億ドルもの資金づくりを余儀なくされている。

現在検討中の対策のひとつに「株価維持」がある。株価を支えるために25兆円もの公的資金を投入するというものだ。これは日本の政策決定者にとってはお馴染みの手段で、もっと小規模な景気対策案はすでに国会提出されている……が、大方の予想通り、国会で足止めをくらっている。どちらの景気対策案も金がかかりすぎるし、実施されても銀行は一息つけるだけで、効果は一時的でしかない。

日本はむしろ、経済の均衡回復に集中すべきだ。国民に消費を刺激する真の財政出動に加えて、企業が非生産的な資金を内部留保しないよう政府が止めさせる必要がある。銀行に資本注入しなくてはならないのなら、証券市場を支えて間接的にするのではなく、直接やるべきだ。しかしこうした政策のメリットはいずれも、麻生政権がこんなに弱体化したままの状態では、机上の空論に過ぎない。今こそ選挙が必要だ。麻痺した政府には、ほとんど何の意味もない。






『日本にもまだ政府は必要だ』

日本にもまだ政府は必要だ、とは何とも失礼極るフィナンシャル・タイムズ社説の表題だが、他人から改めて言われてみると、
『はたして、日本に今まで政府はあったのか。?』とか、
『日本には、本当に政府は必要なのか。?』とかの根本的な疑問が湧いてくる。


『はたして、日本に今まで政府はあったのか。?』

考えてみると、ちゃんとした政府が無い『無政府状態』であるなら、その社会は『弱肉強食』で強いモノがより強くなり、弱いモノが犠牲になる。
日本政府はこの10年以上の間、竹中平蔵や小泉純一郎の主張した『金持ちがより金持ちに成ればトリクルダウン理論によって貧乏人にもおこぼれが有り景気が良くなる』として数々の『改革』を行った。
小泉・竹中改革のお陰で大金持ちはより大金持ちに成ったが、貧乏人はより貧乏になった。
当たり前である。
何もしなくても放っておいても、強いものは強く、金持ちはより金持ちに成る。
それなら、『金持ち』をより金持ちにした『日本社会は無政府状態であった』と呼んでもあながち間違いでもなかろう。


『日本には、本当に政府は必要なのか。?』

『不良債権は諸悪の根源』、『日本の景気が良くないのは不良債権が原因』で『構造改革なくして日本の再生は無い』として景気が悪化するのも構わず金融機関に不良債権の処理を急がした。
しかし、政府発表とは正反対に『不良債権』の発生は、景気の悪さから来る需要不足が真の原因であった。
『日本の不景気の根本原因は不良債権』とは真っ赤な嘘で、日本の景気が悪いのは『不良債権』が原因ではなく、その逆の景気が悪いから『結果』として不良債権が発生していた。
だから『不良債権』は処理すれば処理するほど『不良債権』は減るどころか逆に雪達磨式に増えていった。

日本経済が回復すると、自動的に『不良債権』も減少した。
しかし、この日本経済の回復とは、『中国経済発展』と『アメリカの過剰消費』による外需(輸出)だよりであった為、今回のようなアメリカ発の金融危機が起これば日本経済は一たまりも無かった。



『日本の財政を破壊した政府の財政改革』

『日本の財政が大変だ』と財政改革が本格的に言われだした1996年度末の国債残高は約245兆円。
この年橋本竜太郎首相は『財政構造改革元年』を宣言し、本格的に財政構造改革に乗り出した。
しかし、なんと日本の自民党政府が『財政改革』を行った結果、10年後の2007年度末には547兆円へと倍以上に膨らんでいる。
日本政府の『財政改革』とは(同時期に政府が行った)不良債権処理と全く同じで『財政の建て直し』ではなく『日本の財政を根本的に破壊すること』だったのです。
この日本政府の10年間の無法を見ていると『この政府が無かったなら今の金融危機(恐慌)は起こっていなかった』とつくづく思わずにはいられない。
いま世界で、
政府が無くて困っているのが、今のソマリア人なら、
政府が有って困っているのが、今の日本人の本当の姿であろう。

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6 コメント

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Unknown (ejnews)
2009-02-27 02:58:12
ファイナンシャル タイムズはあの英国のですか?新聞テレビ等の記事はある特定の民衆を扇動するために人為的に合意を作る手段ですから裏には英国政府支配層の意向があるのでしょうね。
 処で、この『無政府状態』はアナキズムが日本語訳されて『無政府主義』となっている其の意味での無政府状態と使われているのですか?それとも単なる政府が機能していないと言う意味なのですか?
 日本に政府は在ったのか?と言う問いには『政府は在るのだが日本人社会の為の政府ではない。』と皆思っているのではないですか?特にトライラタラルコミッションが設立されてからは其の傾向が顕著だと思いませんか?アメリカでも米政府は主権を国際金融に売り渡していると考えている人も多いのですよ。レーガン以降の米政府は特に其の傾向が強いですね。金融資本が国際的な影響力を持ち唯一つの機能(非機能)する国際政府の様な状態になっていますから(昔は支配的国家と言う物が存在し、例えばアメリカに反抗するとイランのモザデグや、ガテマラのハコボアルベンツやチリのアイェンデの様な運命が待っていましたが、現代ではIMFやワールドバンク、ビルダーバーグ会議、トライラタラルコミッション等の影響力が大きい様で其の中で生き延びようとすると如何しても日本の政府の様になるのではないでしょうか?今違った地域経済圏が構成されていて例えば中南米で、彼等はIMF,ワールドバンクの様な影響力を排除しそれに代わる組織を構成し社会主義的な政策を採用しているので此れからが面白そうです。若し上手くいくと欧米金融組織に影響されない安定した経済圏が確立される可能性があるのです。)
 兎に角、欧米国際金融システムの視点から見ると個々の政府は邪魔な物ですから、その様な俗に言われている“ニューワールドオーダー”的な見方の記事ではないでしょうか?私は記事其の物を未だ読んでないので何とも言えないのですが。ファイナンシャル タイムズはウォールストリート ジャーナルと比較して政治的、経済的には中道の立場だと言われていますが、資本主義の行為を当然の事として扱うメディアですからやはり基本的に保守的な存在なのでしょうね。
コメント有り難う御座います (ブログ主)
2009-02-27 13:06:00
ファイナンシャル タイムズは日本なら日経新聞みたいなものでしょう。
立ち位置は中道よりやや右程度でしょうか。?
同じ欧米の経済紙でもネオコン御用達、新自由主義万歳のウォールストリート ジャーナルよりも信用度は高いようです。

この記事は、アナキズム(無政府主義)には何の関係も無く『無政府状態』とか無政府状態に近い機能不全状態の今の日本政府の醜態を明らかにしようとしたものです。
現在の日本においては(多分アメリカでも)クロポトキン等の無政府主義は真っ当な政治思想ではなく、非常に好意的に、贔屓目に見ても空想的(観念的)理想主義です。
現実の経済学の延長線上にあるマルクス主義のような、現実の経済や社会、歴史を分析(検証)して出来上がる社会科学では有りません。
無政府主義が一定の評価を受けていたのは大正時代までで、今では無政府主義は超過激な危険思想と見られるか、それとも現実離れした愚かな思想として嘲笑の対象程度でしか有りません。

アメリカの引き起こした経済危機(世界恐慌)で、間違った経済学である新自由主義経済(グローバル経済)が、人々を不幸にする『悪魔の碾き臼』である事は、今では多くの人々に知られるようになりました。

20年目前の中曽根康弘あたりから始まり、10年前から本格的に日本に導入されだした『新自由主義』ブローバル経済の実体が、日本において徐々に明らかになりつつありましたが、ここにきて一挙に『負の側面』が暴かれ凄まじいことになってきた。

しかし、何故、こんな酷い事になったのでしょうか。?
何故、色々批判は有った筈なのに、こうなるまで10年間も放置していたのでしょうか。?
政府や財界の責任者は、誰も現在の事態を予想しなかったのでしょうか。?
私にとっては、不思議でなりません。
20年前の中曽根あたりから『こうすれば、こうなる』と、現在の悲惨な事態は有る程度は、ほんの少しの経済学の知識が有れば、誰にでも予想された事柄です。
経済が需要と供給、生産と消費の両輪で成り立っている事ぐらい誰でも、たぶん中学生でも分る筈です。
責任ある経済学者や政府が『分らなかった』では済まされません。
特に、経済をサプライサイドだけの問題と捉え、『徹底的に生産側を合理化して安くて良い物を作りさえすれば需要は自動的に付いて来る』なんて事は手品や魔術での無い限り、絶対に起こるはずが無い。
10年間も日本の経営者や政府が一生懸命にやった構造改革、リストラや賃下げ等の雇用条件の悪化や社会保障の縮小は、暮らしを直撃して『消費』を冷やし結果的に景気回復を妨げた。
ところがみんな(日本政府、財界、連合幹部など一部労働団体)は正反対の起きる筈の無い楽観的な自分勝手な見通しを立てていた。
これではブッシュ政権が『アメリカ軍はバクダット入城でイラク人から花束で迎えられる』と考えてイラク進攻したのと五十歩百歩の自分勝手の能天気なお気楽さ。
今の事態は『成るべくして成った』当然の結果です。
好き嫌いせず、みなさんには経済学をもう少し学んでほしいものです。

Unknown (ejnews)
2009-02-27 16:50:14
アナキズムについては御互いに意見の相違がある様ですね。アメリカではグリーンアナキズム(エコロジカルアナキズム)が環境運動に多大な影響を与えていて現在でもポストレーゼーフェアキャピタリズム(放任市場資本主義以後)の社会哲学として定着しつつあるようです。クロプツキンの言っていた先祖から伝わる習慣歴史を守る地域社会を民主主義の母体として、其の連合による相互扶助の社会の構築が出来るなら中央集権政府(一神教的圧政的な政府)なしに市民の為の社会の創造は可能である。と言う事に回帰している様に私は考えるのです。クロプツキンがマルクスやレーニン、トロツキー等と違う点は彼が若い頃ロシア政府の地理測量探検隊としてシベリアや満州で数年過ごし自然と其処にすむ人々の関係を熟知していた所が、自然と人間社会の調和の取れた地球規模での発展なしに人類の幸福は成し遂げる事は出来ないと言う確信に達した事だと思います。と言う事で彼の著作の多くは今読んでも非常に現在の環境問題と人間社会の軋轢を既に当時捉えていて素晴らしい哲学だと私は思っています。勿論、其の後も日本と違い欧米ではアナキズムは発展したのですが。
無知でも無意識の中で (農婦)
2009-02-27 18:02:40
済みません。いつものごとく何も表現できませんが。いまや米国民は、毎日かぶの値下がりに、おびえた生活を強いられているとの事、30年前に導入された401Kが、いつ紙屑になるのかと。今でもこの地球には原始的な生活がなりったている民族がいるのをTVで見て、感動しました。日本だって、私の場合、50年ほど前はいたって原始的でした。お金より、物(米)のほうが確かでした。ぶつぶつ交換で生活をしてましたから。日本は、明治維新により、計り知れないほどの激変を国民に虐げ、第二次大戦の敗戦によって未曾有の打撃と貧困を国民に与え、、日本国民の英知と、努力によって、平和を得たことを忘れてしまっていると思います。米国民と日本国民とには、体験的に格段の違いがあると思います。ですから日本は、未だ立ち上がれる精神が少なくても米国民よりは持ち合わせていると信じてます。ああーまた頓珍漢を言ってます、済みません。今、不安なのは、戦争です。日本が断じて、巻き込まれてはいけないのに、今の政治家はどこまで危機感を持っているのやら、頼りがいが見えません。中国やロシアが、米国を相手に戦争を想定しているような気がするのです。日本は毅然とした態度を表明してもらいたいです。過去の米国のやり口を忘れたわけではないでしょう。真珠湾攻撃にいたった事実です。
ejnewsさん、コメント有り難う御座います。 (ブルグ主)
2009-02-28 09:31:01
ejnewsさん。別にクロポトキンを馬鹿にしたわけでは有りません。
『世間ではその様に見られている』と言っているだけです。
600万年の長い人類の歴史の中でみれば『国家』が存在したのはせいぜい数千年の短さです。
『人類の社会が発展すれば将来国家が無くなるであるう』、とする考え方は、あの時代では素晴らしい先見性を持っていた。
クロポトキンはあの時代の偉大な思想家の一人であると思っています。
今『国家が存在』するからといって、将来もずっと『国家が存在』し続けるなどと考える方が可笑しい。
彼等の主張した『無政府主義』には現代人でも耳を傾けるべき重大な問題提起が含まれて居ます。
ですから2世紀たった今でも、クロポトキン等の無政府主義者の名前が消え去ることなく歴史に残っています。
ブッダが見つけた真理『諸行無常』では形あるものは壊れ、命あるものは死ぬ。栄えるものは必ず滅ぶ。
別にブッダが無政府主義者であったとまでは言いませんが、思考の基本的なところでは通じるモノがあるでしょう。
国家は将来必ず滅びます。そう。命あるモノが全て死ぬように。
しかし今の日本にしても世界にしても、今すぐに国家が消滅すれば、それこそ弱肉強食の新自由主義の天下になるだけです。
しかし今の『無政府主義者』には経済学の基礎を理解していない人が殆んどなのでこの事が理解出来ない。
世間の人々が今の無政府主義に対して『超過激な危険思想と見られるか、それとも現実離れした愚かな思想として嘲笑の対象程度』と考えるには、考えるだけの根拠があるわけです。
農婦さん、コメント有り難う御座います (ブログ主)
2009-03-01 12:28:24
加藤 周一さんが去年暮に89歳で亡くなられたが、戦争の真実を知っている人が、また一人少なくなり実に残念な事です。
今、自民党の一部から『政府紙幣』の話が出ていますが、何となく『戦争前夜』の雰囲気ですね。
そう。昭和恐慌から未曾有の世界大戦に日本が突き進んでいったように。
何故これほどまでに愚かしい間違いを人々は繰り返すのでしょうか。?
こんな時期だからこそ、加藤周一にはもう少し生きていてもらって、みんなに語って欲しかった。
何時の時代でも、歴史の成り立ちや経済の仕組みを理解していて、国家の将来が見通せる人が少数ですが存在する。
しかし、少数すぎるんですよ。
あの世界大戦戦時にも居たが少数すぎて、その人たちは真実を語って監獄にいるか、監獄に入るのが嫌なら、口を閉ざして何も語らないかの二つに一つしかなかった。
彼らは未来を正確に予想していたが、世間の人は誰も知らなかったか、知っていても信じなかった。(理解する事が出来なかった)
ギリシャ神話のカッサンドラかラオコーンの話とソックリです。
カッサンドラには真実(トロイの滅亡)が見えるがアポロンの呪いにより誰も彼女の不吉な予言を信じない。
トロイ戦争で木馬の真実(危険性)を語ろうとするラオコーンは息子と共に大蛇に襲われて殺されて口を封じられてしまうが、昔の日本でも全く同じ事が起こっています。
(亀井静香の経済ブレーンの植草一秀、イーホームズ藤田社長、西宮冷蔵の水谷洋一社長、検察の裏金を内部告発した三井環元大阪高検公安部長の顛末を見ると、巧妙になっているだけで世の中はそれ程変わっては居ないようです。)
しかし何ともはや、何にも知らない日本の酔いどれ大臣がバチカンのラオコーン像の台座に腰掛けたそうですがお粗末極まりない話ですね。
ラオコーンが何を意味する像であるかの知識が無かったのでしょう。

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