逝きし世の面影

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超空の要塞B29の無差別絨緞爆撃

2019年05月29日 | 社会・歴史
 渡邉英徳‏ @hwtnv

74年前の今日。1945年5月29日,横浜を爆撃するB-29の編隊。ニューラルネットワークによる自動色付け+手動補正。



渡邉英徳‏ @hwtnv

74年前の今日。1945年5月29日,横浜大空襲。B-29爆撃機517機,P-51戦闘機101機による焼夷弾攻撃で,約8千から1万名の死者を出した。ニューラルネットワークによる自動色付け+手動補正。



こちらが元の白黒写真。



渡邉英徳‏ @hwtnv

74年前の今日。1945年5月29日,沖縄戦にて,首里城の頂に星条旗を立てようとするアメリカ兵。ニューラルネットワークによる自動色付け+手動補正。

★注、
アメリカ軍は硫黄島に続き沖縄戦に日本軍守備隊の5倍の55万人の兵力で4月1日朝沖縄本島に上陸、6月23日に日本軍が全滅するまで『鉄の嵐』と呼ばれるすべてを焼き尽くす無差別空爆や艦砲射撃で約20万人の日本人が殺される。


サーチナは、『中国メディアは、「中国空軍の父」と呼ばれる人物として林弥一郎氏を紹介した。』のイメージ写真にソ連製ミグ15ジェット戦闘機の実写映像を添付していた

『なんと、「中国空軍の父」と称される人物は日本人だった!=中国メディア』2019年4月11日  searchina

中国メディア・東方網は10日、今年創設70周年を迎える中国空軍の創設に大きく貢献した「中国空軍の父」と呼ばれる人物が日本人であることを紹介する記事を掲載した。
記事は、「中国空軍の父」と呼ばれる人物として林弥一郎氏を紹介。
1945年の終戦後、ソ連への投降を拒み中国東北部に潜伏していた航空二等兵の林氏は部隊員の命を守るために八路軍へ投降、その扱いに感銘を受けて中国にとどまることを決意したと伝えた。
そして、46年に東北の人民解放軍が自前の飛行大隊を結成するにあたり、林氏が総隊の副隊長に任命されたと説明。旧日本軍兵である自分を取り立ててくれたことに林氏は感動し、解放軍のために力を尽くすことを決意、隊員が飛行機を操縦する機会を増やすべく、日本軍の飛行場に残されていた壊れた飛行機や部品を収集し、46機を修復して使えるようにしたとしている。
さらに、同年に東北民主聯軍航空学校が設立されると主任教官として任命され、理論、実践、訓練など多方面から中国空軍創設に向けた基礎を作り、この学校から大量の優秀な航空人材を輩出したと紹介。
その後49年11月1日の中国空軍創設とその発展に大きな貢献を果たしたことで「 空軍の父」と称されていることを伝えた。
林氏は56年に日本へ帰国し、その後日中友好協会会長を務めるなど日中友好に寄与した。記事は、林氏が96年の同航空学校創設50周年イベントに参加すべく再び中国を訪れたとしている。その約3年後の99年、林氏は87歳の波乱に満ちた生涯に幕を下した。
4月11日 サーチナ



『1万メートルの高空を飛ぶ戦略爆撃機B29キラーとしてのMiG-15』

ソ連のユーリー・ガガーリンは1961年4月12日ボストーク1号で108分の地球周回軌道に成功した。人類初の宇宙飛行士ガガーリンが1968年に事故死した機体がジェット戦闘機ミグ15だった。
MiG-15(ミグ15)の初飛行は1947年12月30日。第二次世界大戦後にソ連が大急ぎで最初に開発に成功したジェット戦闘機だったので、様々な欠陥を抱え込んでいたと言われているが、軽量で頑丈、15,000機以上生産され、一部地域では今でも訓練機として使用されている。
MiG-15が上昇力と高高度での運動性に優れ、戦闘機としては異例、非常に強力な37mm機関砲を装備して朝鮮戦争で大活躍して、それまでの空の戦争の常識を大きく変えている。アメリカ軍の切り札である超空の要塞B-29スーパーフォートレス(Superfortress)重爆撃機を駆逐する目的で開発されたのがソ連のミグ15だったのである。
マッカーサーは対日戦争で大活躍したB29重爆撃機の無差別絨緞爆撃で半年程度の短期決戦で朝鮮戦争に勝利する心算だったが、そのマッカーサーの野望を阻んだのがB29キラーの新兵器ミグ15だった。その後、原爆使用を考えたマッカーサーをトルーマン米大統領が解任、戦線は膠着して『休戦協定』で現在まで続く朝鮮戦争休戦レジームになった。



『第二次世界大戦に匹敵する、歴史の転換点としての朝鮮戦争』

ハーグ陸戦規定で禁止されている『非戦闘員の殺傷』に明確に違反する無差別爆撃を歴史上初めて行ったのは日中15年戦争での日本海軍による重慶無差別空爆であったと言われているが、この作戦を主導したのは海軍参謀長の 井上成美(しげよし)中将である。
ところが何故か戦犯として訴追されていない。この不思議の答えは簡単で、最初に始めたのは(戦争に負けた)日本軍だったが本格的な大規模殺戮(無差別絨緞爆撃)を行ったのは戦勝国のアメリカ軍だったのである。(無差別爆撃を始めた井上成美は戦犯として絞首刑になるどころか、開戦に反対したリベラル軍人として逆に顕彰される始末。敗戦後に胡散臭い『海軍善玉論』が創作されるなど、何とも腹立たしい話である)
第二次世界大戦まで、戦争の花形(主役)だったのが強大な破壊力を持つ大砲を装備した戦艦だった。
ところが1945年12月8日アメリカ軍は真珠湾奇襲攻撃で停泊中の戦艦アリゾナが、シンガポールのマレー沖海戦ではイギリスが誇る戦艦プリンスオブウェールズとレパルスが、いずれも日本軍機の魚雷で簡単に撃沈され、それ以後は戦争の主役の座を航空母艦(飛行機)に奪われている。
今までの世界の常識だった大艦巨砲主義に終止符を打ったのは、誰あろう、実は日本軍自身だったのである。(★注、巨大な戦艦や空母を小さな飛行機で簡単に撃沈する手法は日本軍が最初に始めた革新的な新戦術だったが、その後は世界中の常識となる)

栄枯盛衰は世の常だが、『WWⅡの対日戦の切り札戦略爆撃機B29の場合は、たった6年の短期間だった』

10000メートルの高空から無差別爆撃するB29スーパーフォートレス(Superfortress 超空の要塞)重爆撃機の初飛行は真珠湾奇襲攻撃の翌年の1942年9月21日、運用開始は第二次世界大戦が終わる前年である1944年5月8日。退役する1960年までに3,970機生産されるが、日本の敗戦以前に3600機以上が生産されて大部分はサイパン島など日本本土空襲た出撃基地のマリアナ諸島に配備されて、延べ1万7500機が出撃して合計16万トンもの爆弾を投下、日本全土を焼野原にしている。
アメリカの戦略爆撃機B29の武装は対戦闘機用の12.7mm機関銃だった。ところが、ソ連のミグ15は戦闘機としてはべらぼうな重武装の37ミリ機関砲であり、その目的は最初から無差別絨緞爆撃(B29)の阻止で、すぐに1950年の朝鮮戦争に投入されB29の無力化に成功している。
ジェットエンジンを装備して1万メートルまで一気に駆け上がるソ連のミグ15戦闘機の口径37 mmの航空機用機関砲の威力が絶大で、戦略爆撃機のB29を一撃で破壊出来たという。
対日戦争の切り札だった最新鋭の戦略爆撃機B29による無差別絨緞爆撃を止めることで、アメリカ軍の朝鮮戦争での勝利を阻むが、その後、米軍は撃墜されるとダメージが大きい戦略爆撃機の運用を諦めて戦闘機の大型化による(ベトナム戦争などで使用された)『戦闘爆撃機』へと進むが、その転換点が朝鮮戦争でのミグ15の大活躍(事実上のB29の運用停止)である。



『日本がボロ負けしてから74年も経っても「B29のトラウマ」に未だに支配されているらしい、赤っ恥フェイクニュース。!?』 (^_^;) 

NHKニュースでは日本の大相撲の観戦後『一般人の観客と握手するトランプ大統領』と報道するが、誰でも知っている『安倍お友達』として有名なヘイトの女神櫻井よし子など親米売国有識者の3人組だったとの笑い話。

★注、
(何の法的根拠も日米両国の条約も無い、在日アメリカ軍幹部と日本側高級官僚との阿吽の呼吸の闇組織)『日米合同委員会』はアメリカ国務省さえ不満に思っている。日本を実質的に支配しているのは日本政府ではなくて米軍や官僚が牛耳る日米合同委員会だった。


毎日新聞写真部の映像ではNHKの嘘が丸わかり


退席時に観客席の方を指し示し、トランプ米大統領(右)を呼び寄せる安倍晋三首相(中央)



トランプ氏握手の作家ら「ご招待」? 桜井よしこ氏ら 「打ち合わせなし」 2019年5月27日 毎日新聞
東京・両国国技館で26日にあった大相撲夏場所千秋楽で、観戦を終えて退場するトランプ米大統領と、升席にいた作家の門田隆将氏、評論家の金美齢氏、ジャーナリストの桜井よしこ氏が握手したことが話題になっている。ネット上では3人は安倍晋三首相に近いとみなされており、「自腹なの?」「総理がご招待?」などの声が相次いだ。ツイッターで「升席を確保した」と明らかにした門田氏に経緯を聞いた。

『ヤラセにしても、素晴らしすぎる出来上がりに拍手』

毎日新聞の『打ち合わせなし』記事(活字)と、それを100%打ち消す毎日新聞写真部の映像との、なんとも良くできたシュールな構図。
門田隆将、金美齢、桜井よしこの3人は『アメリカの押し付け憲法』改正で一致する有名な安倍お友達である。★注、そのアメリカ民主主義に反対する札付きの反米知識人?3人組とアメリカ大統領のトランプとの握手を誘導する安倍晋三。ほぼ恐怖のブラックジョークである。



因果は巡る糸車『真珠湾奇襲攻撃時と同じ自衛隊「空母かが」の日米首脳がシュール』

日本海軍連合艦隊による真珠湾奇襲攻撃時の旗艦だった航空母艦『加賀』は半年後の1942年(昭和17年)6月ミッドウェー海戦で沈没している。
海上自衛隊護衛艦(偽装空母)の『かが』ですが、少し前の日本海での北朝鮮漁船救助活動中の韓国駆逐艦のレーダー照射騒動のおり、『韓国海軍駆逐艦「クァンゲト・デワン」広開土大王の名前が反日だ』と一部の右翼知識人が騒いでいたが、その理屈なら、真珠湾奇襲攻撃でアメリカの戦艦アリゾナを撃沈した空母加賀と同じ名前は2万倍は反米で悪いことになる。(ミッドウェーで早々と沈没しているので180度逆に、アメリカよりも日本側が『縁起が悪い』のか?)

商売上手『口のうまい不動産屋?』

アメリカのドナルド・トランプ大統領は海上自衛隊の空母「かが」艦内で『まもなく「かが」にはF35ステルス戦闘機が搭載され、いろんな地域の紛争に関与してくれるでしょう』とのスピーチを行ったが、米大統領というよりも『成功した実業家』の面目躍如。欠陥だらけで使いものにならないF35やオスプレイを1兆円以上の高額で日本に売りつけることに成功して笑いが止まらない。
原因不明で墜落して自衛隊のパイロットが行方不明だが、その墜落のF35を、『日本が一番買ってくれる』とドナルド・トランプ大統領。27日午後の安倍晋三首相との首脳会談の後の共同記者会見で日本の曝買いを誉めたたえる。



『川崎殺傷事件、外務省の小山智史さんが死亡。』2019年05月28日 Huffington Post

川崎市の登戸駅周辺で5月28日、小学生の女児ら19人が刺された殺傷事件で、39歳の外務省職員の小山智史(おやま・さとし)さんが死亡したとNHKニュースが報じた。ミャンマー語の通訳担当官だったという。
■外務省に約10人いるミャンマー語専門家の1人
2013年4月、ミャンマーで民主化運動の指導者だったアウン・サン・スー・チーさんが訪日した際には、小山さんは担当官として京都日程に同行した。
(抜粋)

『連続して起きる不可解な事故や事件』

5月28日(火曜日)、川崎市で起きた連続殺傷事件で、最初に殺されたのは外務省職員の小山智史(39歳)なのですから、犯人の狙った最初の標的は外務省職員(通訳などの専門職員)だったことになる。(★注、同じ日のニュースでは小さく文科省のキャリア官僚で初等中等教育局参事官補佐の福沢光祐(みつひろ)容疑 者(44)の覚醒剤所持での逮捕だった)
5月26日(日曜日)がドナルド。トランプ米大統領の大相撲観戦での安倍お友達3人組の一般市民との握手を誘導する安倍晋三。その翌日の27日が真珠湾奇襲攻撃の空母加賀と同じ名前の海上自衛隊の偽装空後「かが」に乗船した日米首脳の図。この翌日の28日が外務省職員の殺害なのですから、偶然の一致にしても連日続くと何とも不気味である。

『ニコニコ大百科 「B-29」によると、』

B-29は空気の薄い高空で運用するため、エンジン1基に付き2基の排気タービン式過給器を備えた出力2200馬力のライトR-3350エンジンを4基搭載。酸素マスクなしで任務に就ける与圧室、機銃の遠隔操作装置と火器管制装置を装備して6,000km強の航続力、爆弾を積んで高度9,000メートル以上を飛行できる高高度性能を有している。
新鋭機はコストも従来機と比べると莫大で、従来機のB-17が18万ドル、B-24が21万ドルB-25が12万ドルに対しB-29は60万ドルだった。(当時の価格)
原爆をはるかに凌ぐ、日本本土空爆に特化したB-29
運用される1年も早く、1943年8月にアメリカ・イギリス・カナダ首脳が集まったケベック会議で、対日戦略爆撃に優先して使用されることが決定されている。
アメリカ空軍の父と呼ばれた陸軍航空隊司令ヘンリー・アーノルド元帥が、陸軍から空軍を独立させる実績作りに、B-29による日本本土戦略爆撃を考えて、B-29の量産の目途がつくや、すぐに500機の大量発注。
開発費用も含めた予算は総額は53億ドルの超大型プロジェクトで、当時アメリカが持てる科学力の総力をつぎ込んだマンハッタン計画(原爆)の総予算20億ドルの倍以上にもなる途方もないものであった。
日本とドイツの比較では、
早くから英米による本土空襲を受けたドイツは重高射砲約16,000門、軽高射砲約50,000門という膨大な数の高射砲を製造、配備して全土に配備されたレーダーによる充実した早期警戒体制の構築や優れた射撃指揮装置の開発、高高度戦闘機の実戦投入など技術面の向上、連合軍合計で14000機の重爆撃機を撃墜している。
本格的な本土空襲が1944年からの日本は工業力、技術力ともに乏しく、また為高射砲の生産が遅れ、1945年時点で本土に配備できた数がようやく2000門と、圧倒的に数が足りなかった。

★注、
14000機の重爆撃機を撃墜したドイツと、数百機を撃墜した日本では比べる方が如何かしているが、そもそもB29戦略爆撃機とは対日戦争(高高度からの無差別絨緞爆撃)に特化したアメリカの新兵器だったことだけは間違いない。

B-29は排気タービン式過給器付き2200馬力のライトR-3350(当時の空冷レシプロエンジンとしては最高峰の空冷二重星型18気筒)を4発装備していた

74年前の1945年6月1日の大阪大空襲に参加したB29爆撃機が煙を吹きながら奈良県天川村の大峰山、山上ヶ岳東側の上多古川上部の阿古滝付近に墜落した時のエンジン本体部分は長らく山上に放置されていが『村おこし』の一環として麓まで運び出して、『戦争の悲惨さを後世に残す、負の遺産』として天川村村営資料館に展示されています。(資料館は冬季は閉鎖されている)

POW Research Network Japanによると、

機長のFranklin W. CROWN中尉など7人が墜落死。焼け焦げた残骸に混じって6遺体があり、大峰山阿古滝の大三枚墓地に埋葬(戦後、十字架を建てて慰霊を装った?)。あと1遺体はエンジンの下敷きになっていた。
 捕虜飛行士4人の処遇は以下の通り。
 Harrison K.WITTEE中尉とLawrence W.BERCRAFT軍曹は、6月2日に山上ヶ岳山頂の大峰権現宿坊に現れて捕虜。4日に下市に駐屯していた陸軍部隊員に引き渡され、奈良憲兵分隊を経て、大阪の中部憲兵隊司令部へ連行、中部第22部隊に収容。7月20日に信太山演習場で処刑。
 Alvin K.HART一等軍曹は、6月3日に吉野郡川上村小笹宿付近で捕虜となり、麓の上多古村の玉井旅館へ連行。顔にヤケドを 負っており、上多古村の医者の手当を受けた。その夜は玉井旅館に留置され、翌朝、奈良憲兵隊員に警護され、川上村のタクシーで大阪へ向かい、中部憲兵隊司令部に引き渡された。留置中病死と思われ、真田山陸軍墓地に埋葬された。
 Russell W.STRONG二等軍曹は、6月6日に吉野郡天川村タカセ谷(神童子谷?)で山林作業員に発見され、洞川警察署員が逮捕。同日、下市警察署から奈良憲兵分隊を経て、中部憲兵隊司令部へ移送。墜落時の負傷、または抑留中の病気が悪化し、7月31日頃、中部憲兵隊司令部で毒殺。
 なお、このB29のエンジンは、2006年7月に墜落現場から回収され、天川村立資料館に保存・展示されている。

『墜落したB29乗員11人の過酷な運命』

初期の日本本土空襲は中国四川省成都からB29の並はずれた航続距離を生かして博多や小倉、門司など北九州の都市を爆撃していた。(撃墜されたB29乗員を生体解剖した『九州大学生体解剖事件』のような悍ましい事件も発生している)
修験道の総本山である大峰山の山頂付近(上多古川の阿古滝上部)に墜落したB29ですが、現場の山深い田舎の奈良県天川村では結構有名な話で、遭難したB29乗員と地元民との「未知との遭遇」では住民側が果物を与え、もてなしに感激した米兵が所持していた軍用コンパスを御礼に渡すなど案外に平和ムードだったらしいが、その後憲兵隊に引き渡され全員が処刑されている。(敗戦後は立場が入れ代わり、米兵を処刑した憲兵隊を米軍が戦犯として処刑する)
天川村の近くの下市町に以前に日本軍のゼロ戦が墜落したことがあるが、大峰山上付近に墜落したアメリカ軍のB29とは天と地ほども装備が大違いだった。アメリカ軍機の墜落現場は『宝の山』状態なので、村民は大喜びでジュラルミンだけではなく機体に使われていたガラスやゴム、パラシュートの残骸など人力で担ぎ下せるものは全て貴重な資源として回収する。もちろん4発のエンジンもシリンダー部分は解体され担ぎ下ろし貴重な現金収入となったらしい。ただし、人力だけでは下せない大きなB29エンジン本体だけが山上に残っていた。(昔に山仲間と共にザイルを持って大峰山上多古川上部にある阿古滝付近に墜落したB29の残骸を探しに行ったが付近は急峻な地形で、谷筋は滝が連続して非常に危険)



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14 コメント

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Unknown (ローレライ)
2019-05-29 13:32:48
中国空軍力を作って日本人、東京空襲の恨みを朝鮮で晴らす。という話!
Unknown (フラビオ農山村)
2019-05-29 23:04:56
B29の損失は対日戦では485機、朝鮮戦争では34機ですのでミグ15がB29を無力化したなどと言うのはフカシです。
それから林弥一郎氏の投降時の階級は陸軍少佐ですよ。
世界会議の目標 (尋ね人)
2019-05-29 23:28:16
世界中を支配する闇勢力の次なる議題は今の資本主義を潰して世界中を共産化社会主義にする手筈が整った話だ。これからは世界中が中国化して行き、これまでの愛国者なる保守派らを情報統制に監視強化で徹底するようだ。ちなみに昨日の川崎登戸学童殺傷事件は、外務省職員の小山智史を暗殺口封じが目的だったと云われてその事件は大いなる策謀の元に行われた模様だ。どうやら、日本の過去現在未来とは、日本国内に暗躍する闇支配勢力が政府の指揮権が及ばないことで日本を毀損し続けている事実だ。戦後直ぐの帝銀事件に国鉄事件等があ奴等の仕業だったらしい。奴等の最終的目標が日本全国の地上地下原発を災害を語って潰し、極東に於ける世界中から集まる原発ゴミを逗留させた最終処分場を日本に造ることだと知った。それを推進する日本の与野党の政治屋が全員出自が怪しい背乗り朝鮮人だから出来ることだ。願わくば日本国を毀損破壊滅亡させる輩共に天誅を喰わせたいもので有る。
明らかな歴史の改ざん??? (宗純)
2019-05-30 11:38:20
ヒロシマの原爆を含め、日本を焼野原にしたのはアメリカのB29戦略爆撃機である事実は微動だにしないし、同じく朝鮮戦争でB29は使い物にならない事実も変えられない。

『B29の損失は対日戦では485機、朝鮮戦争では34機』
だった事実から、導かれるのは、アメリカ軍がB29を日本で大量使用した明らかな事実ですよ。日本に投下された16万トンの爆弾のほとんどはB29からだった。
そして、
アメリカ軍は日本列島では主力兵器、切り札だったB29を
『ミグ15がB29を無力化した』結果、朝鮮半島でB29をほとんど使えなかったと言うことですよ。
何故、こんな子供でも分かる事実が見えないのか。不思議でならない。
歴史的事実は、不都合だからと言っても誰も否定できないのです。無駄な努力は止めなさい。恥をかくだけです。

単純構造の自然科学とは大違いで、社会的なすべての物ごとには例外があるので、
日本軍の対空砲火や戦闘機の機銃に運悪く当たって墜落したアメリカの新兵器B29も、あることはある。
しかし、日本にはアメリカのB29を効果的に撃ち落とす兵器を持っていなかった事実は、残念ながら否定しようが無い。
最新技術の結晶であるB-29ですが、欧州にも少しは配備された。ところが、
大多数はサイバンなどマリアナ諸島なのです。たぶん、ドイツの対空兵器が怖いので、対抗処置を持たない日本相手にB29を大量使用したと思われる。ドイツもドレスデン空襲など無差別爆撃もあるにはあるが、数は少ないし、日本の様に全土には及んでいない。

朝鮮戦争でも初期には対日戦と同じようにB29を投入した。
ところが、37ミリ機関砲というトンデモナイ重武装で1万メートルまで一気に駆け上がることが出来るジェットエンジンを装備した異形の戦闘機ミグ15の出現以降は、B29は危なくて使えなかったのです。
標的としてB29は大きいので、撃墜された時のダメージが大きすぎるのです。
実は、B29が大活躍出来たのは日本上空だけだった、しかも第二次世界大戦時だけだったのですが、
同じ様な例では、第二次世界大戦の主力兵器だった空母が、対艦ミサイルなどの兵器の発達で、標的として大きいので正面では使えない兵器になっている。対抗処置を持たない貧乏な弱小国だけに有効な兵器だった。
そもそもの話が、
非戦闘員を大量に殺す無差別絨緞爆撃は、明らかに戦争犯罪(ハーグ陸戦規定違反)だったのですから、国連軍を名乗って大量殺人兵器のB29とか原爆の使用するとの朝鮮戦争のマッカーサーの戦略は無理筋だった。
算術 (イーサネット)
2019-05-30 18:45:27
爆弾投下量

朝鮮戦争 66万9千トン

日本    16万8百トン

B29は戦後に大部分退役した数百の稼働数で大活躍したのではないのか

Unknown (Hsatou)
2019-05-31 01:00:30
アメリカは日本に投下した6倍もの爆弾を投下しながら原爆の使用を考えなければならないほど朝鮮人は勇敢だったわけだ
対抗策 (おばば)
2019-05-31 07:41:48
F-86と夜間空襲によって被害は激減したんじゃないの
ドイツ空爆でもムスタングの護衛で被害は激減
近頃のバッテリーは能力を超えて過充電すると、発火するが、 (宗純)
2019-05-31 08:49:10
頭が空っぽで目が節穴のネットウヨの脳みその許容量を大きく超えた仕舞ったらしい、
何とも困った話である。


マッカーサー(アメリカ軍)の大失敗の第一番目は、やはり38度線を越えててしまったことでしょう。
その後、ピョウンヤンを攻略、その後も北上を続けて中朝国境に迫って、中国義勇軍の参戦を招いたことだというのは、歴史家の一致した見解なのですが、

昭和史研究の第一人者の保阪正康によると
アメリカは対日戦争でも事前にではシミュレーションを繰り返していたと言われているが、
朝鮮戦争開戦以前にも、周到にシミュレーションを行っていて、中国軍の参戦も予測していたのです。
ところがアメリカ軍は中國軍との戦闘経験がゼロなので、日中15年戦争の日本軍参謀から情報を聞くと、『中国軍は弱い。直ぐに武器を捨てて逃げる』と聞いて、安心して朝鮮戦争を始めたらしい。
ところが、中国義勇軍の士気はアメリカ軍よりも遥かに高くて、一気に38度まで米軍を敗走させて、大慌てのアメリカ軍は日本の731部隊にまで協力を求める始末。事前のシミュレーションとは別の、全く予想外の出来事が起きたらしいのです。

事前のシミュレーションに無かったことの一つが、対日戦争の切り札だった戦略爆撃機B29の予想外の不振だったのですが、・・・
ところが、この話は不思議なことに日本ではタブー中のタブー、
日本人の場合、戦争マニアでもほとんどが知らないらしい。

しかも、今回の記事の様に、理路整然と『対日戦争の切り札だった戦略爆撃機B29の予想外の不振』の原因まで含めて、小中学生で分かるように懇切丁寧に説明しても、聞く耳を持たないのですから、???
ほぼ病気ですね。

38ミリ機関砲という、軽戦車並みの重武装をした異形の戦闘機、ミグ15をソ連が最初に開発した意味を理解出来ないのでしょうか。

そもそも、『対日戦争の切り札だった戦略爆撃機B29の予想外の不振』
の事実は、朝鮮戦争に関する記述には、必ず出てくる一般常識。普通なら誰でも知っているのです。

ところが、その一般常識である、『普通なら誰でも知っている明らかな事実』を必死て否定したいらしいのですから、???実に愉快な現象で、たぶん、これは

日本がボロ負けしてから74年も経っても「B29のトラウマ」に未だに支配されているらしい、『赤っ恥』症候群

実は、B29jは日本本土空襲以外では、朝鮮戦争に限らず何処でも活躍していない。
日本限定の特殊すぎる不思議な兵器がB29だったのです。
B29の最大の特徴とは、爆弾を積んでも6000キロ、空荷なら10000キロ以上もの飛び抜けた航続距離にあった。周囲を海に囲まれた要害の地である日本攻略に特化した特殊兵器で、
朝鮮半島の戦争では出撃拠点として日本や釜山などの韓国南部を確保しているので、足の短い戦闘機や小型爆撃機程度で十分だったのです。


それにしても、アメリカ人だったなら栄光のB29を否定されて不満に思うのは、ある程度は理解出来るが、
しかし、今回のお粗末なコメントで分かったことは、

日本人でもアメリカ人と同じように、否定されると我慢できないらしい。
この不思議は、いくら何でも理解出来ない。
日本がボロ負けしてから74年も経っても「B29のトラウマ」に未だに支配されているらしい、『赤っ恥』症候群だとしても、
あまりにも不合理である。
ミグ15はME262の習作 (ボーバン)
2019-05-31 10:24:52
ドイツのME262の諸元

30ミリ機関砲✕4
RM4ロケット装備
高度6,000mでの水平飛行で870km/h
緩降下においては900km/h以上の飛行速度
1944年実戦配備
米戦略航空部隊の「ブラック デー」 スプートニク  (ロハスな人)
2019-05-31 20:12:02
ロシアの公式メディアのスプートニクでもこの話は
掲載されてますね。
https://jp.sputniknews.com/us/20150415199430/
米戦略航空部隊の「ブラック デー」 スプートニク 2015年04月15日 21:06

米国が、第二次世界大戦終結後と「冷戦」開始後に、ソ連に原子爆弾を投下しようとした目論見は、ソ連の「空のエース」たちよって阻止された。
(中略)
1951年4月12日、米空軍のB-29A爆撃機48機が、最新のF-86 Sabreを含む約100機の戦闘機の援護を受けて、北朝鮮軍の戦略的に重要な拠点であるヤールー川に架かる鉄道橋を爆撃しようとした。そしてこれを迎撃するためにMiG-15戦闘機44機が飛び立った。10分超の短い空中戦で、ソ連のパイロットたちは、米国の爆撃機12機と戦闘機1機を撃墜した。ソ連側に損失はなかった。
(中略)
朝鮮戦争の3年間で、B-29爆撃機およそ170機が撃墜された。すなわち米国は、東南アジア戦域にいた自国の戦略航空部隊の主力を失ったということだ。なお米空軍の喪失数は、合わせて1525機だった。そのうちの1099機は、航空機によって撃墜された。ソ連側の損失は、MiG-15ジェット戦闘機とLa-11レシプロ戦闘機の319機。朝鮮上空では、120人のソ連パイロットが亡くなった。

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