逝きし世の面影

政治、経済、社会、宗教などを脈絡無く語る

8月31日に迫る福島検討委(二順目)前回発表から3ヶ月半4回目

2015年08月18日 | 政治
『復讐するは我にあり』 独裁的権力を失った最高権力者は殺される

国家ファシスト党による一党独裁制を確立したイタリアのベニート・ムッソリーニは、いわゆる『史上最大の作戦』(連合国軍によるフランスのノルマンディー上陸作戦)の1年も前の1943年7月に行われたシチリア上陸とそれに続くナポリなどイタリア南部侵攻で首相を解任され逮捕されるがドイツ軍に救出される。
その後ムッソリーニはドイツの傀儡国家であるイタリア社会共和国の首相に就任するが、1945年4月28日赤色パルチザンに捕まり愛人とともに処刑され、遺体はガソリンスタンドの屋根に逆さに吊るされる。
ヒトラーは盟友のムッソリーニの結末と同じにならないようソ連赤軍に包囲された首都ベルリンの地下壕で4月30日に愛人エバと自殺。ドイツは5月8日フランスのランスでドイツ軍作戦部長が、5月9日には首都ベルリンでドイツ軍最高司令官が降伏文書に署名して欧州での戦争は終結する。



『実質的に1945年5月で終わっていた第二次世界大戦』

ドイツ降服で勝敗が決まったアメリカ軍は、店じまいの在庫一掃セール的な無差別の猛爆撃を日本本土に行っていた。
レイテ海戦の敗北以後の日本には反撃する空軍力も海軍力も残っていなかったので、もはや戦争ではなくて一方的なサンドバッグ状態に陥っていた。
連合国(アメリカ軍)としても、リング上で棒立ちになりながらもファンティングポーズを続けているので(もはや意味が無い愚行だとは知りながらも)ダウン(降服)するまで日本を殴り続けるしか方法が無かったのである。
日本が連合国軍に降服したのはドイツ降服から4ヶ月後の9月2日東京湾のアメリカ戦艦ミズリー号での降服文書への署名捺印であるが、この最後の4ヶ月間でほぼ全ての日本の都市が焼け野原に変わり果てる。
ところが最後の同盟国ドイツ降服後4ヶ月間も日本が世界中を敵に回してまで、何のために避けられない降服を引き伸ばしたのかの合理的な説明は『国体の護持』(天皇制の維持)だったと言われているが到底納得するものでは無い。
対米戦争に先立つ1945年1月に陸軍大臣だった東条英機は『生きて虜囚の辱を受けず、死して罪過の汚名を残すことなかれ』との戦陣訓で自ら退路をなくしてしまった。日本としは、幾ら降服したくても『降服できない』のである。
降服できない日本がドイツ降服後に行ったのは一億玉砕の本土決戦の準備だったのである。凄惨を極めた地獄の沖縄戦はその準備のための時間稼ぎだった。
この『降服できない日本』との特殊事情を熟知していたアメリカのルーズベルトはカイロ会議でソ連のスターリンにドイツ降服後3ヶ月以内の対日参戦を要請する。
対日参戦はポツダム会議でも再度確約され8月8日未明のソ連軍の侵攻が始まったが、即座に日本は御前会議で無条件降服を決定する。
今では歴史のエピソードの一つにすぎないがムッソリーニの処刑は3ヶ月前でありロシアのロマノフ王朝の皇帝一族が赤軍に処刑されたのは27年前。当時の日本にとって過ぎ去った『過去』ではなく、恐ろしい目の前の『現実』だった。
本土決戦を決意して着々と準備していたのに突然方針転換した不思議ですが、ソ連軍参戦では『即座の無条件降服』しか日本には選択肢は無かったのである。
唐突なポツダム宣言の受諾ですが不思議でもなんでもなくて、単純明快な何とも簡単な話だった。



『禍々しい原爆神話の誕生』

『ソ連軍参戦での日本の降服』という単純明快な話が、突然複雑になるのは1945年7月16日アメリカが世界初めての原子爆弾トリニティ (trinity) の実験に成功したことが原因だった。
当時のアメリカ軍の高官たちは『戦争終結には役立たない』として原爆の使用には反対だったが、トルーマンは何としても実戦に使ってみたかった。8月6日にはウラン型原子爆弾のリトルボーイがヒロシマに、8月9日にはプルトニウム型のファットマンがナガサキに原爆投下される。
当時の原爆は4トンにも達する超大型なのでB29でも搭載できないので特別仕様に改造された機種で何回も日本各地の都市で投下練習が繰り返されていた。
トルーマン大統領の原爆使用の動機とは、高価な新しい玩具を買ってもらった子供と同じで、膨大な経費を浪費した原爆を何としても使いたかったとの説も有るが、アメリカとしては5月のドイツ降服の時点で第二次世界大戦は事実上終わっている。
日本にとって不運だったのは8月の時点では、既にアメリカにとって第二次世界大戦の同盟国であるソビエト連邦との、『新しい戦争』(冷戦)が密かに準備されていた。
(目の前に迫った)冷戦勃発を見据えた政治家トルーマン大統領とすれば、軍人にすぎない米軍高官の(目先の)『戦争終結に原爆の使用は役に立たない。逆効果である』との忠告を無視したのは当然だった。
終戦後に早々と冷戦を始めたトルーマン大統領が言い出したのが『原爆投下で戦争が終わった』(百万人の米兵の命を救った)との禍々しい神話である。
原爆投下は(これまでの古い敵)日本軍国主義に対する恫喝では無くて、(これからの新しい敵)ソ連共産主義に対する恫喝だった。
本当に原爆が終戦を早めたのであれば、日本人を含め世界の人々にとって原爆は『悪』では無くて『救い神』である。(本当なら日本人は原爆反対では無くて逆に『原爆神社』を建立して毎年盛大に祭礼を執り行う)
薄々はソ連軍参戦と日本の降服が連動している事実を知っているのだが、これを認めるのは腹立たしい『原爆が戦争を終わらした』とのアメリカの神話と同じで、絶対に有り得ないのである。(特に冷戦が始まったことから余計に認められなくなる)

『東京オリンピックスタジアムや盗作ロゴ、御巣鷹山の30年、安倍70年談話の空騒ぎの中、8月10日に密かに発表されていた検討委発表(8月31日開催)』


8月8日の御前会議での無条件降伏の決定には、ソ連軍参戦と原爆投下の二者択一の原因しかないのだが、どちらにしても忌々しい。それで日本人は全員深く考えることを放棄して、結論を先送りしてとうとう70年が経過する。
敗戦から三世代分の70年が経過した関係からか『日本は悪くなかった』との頭が空っぽで目が節穴のネットウョの首相が誕生してしまうのもむべなるかな。
誰にでも分かる程度の簡単な『真実』を頭から否定して、70年間も有耶無耶に誤魔化した結果であり、何とも仕方が無い話である。
ところが長い時間が経過した関係で、そもそも日本が悪かろうが良かろうが今ではどちらでも影響は少ない。
今生きている日本人にとっては『70年前』などほぼ無関係である。
現在最もマスコミが大問題だとしている日本の自衛隊がアメリカ軍の手伝いをする安倍晋三『平和法案』ですが、(直接関係する自衛隊員とか自衛隊家族にとっては大問題だが)日本の根本が破壊される危険性が濃厚なTPPに比べれば些細な問題である。
そのTPPでも、4年目のフクシマの被害に比べれば些細な問題であると考えられるのですから恐ろしい。
他とは大きく違い、原発事故では一度起きると天文学的な損害額で日本国が逆立ちしても到底払える額ではない。
しかも、日本のフクシマはチェルノブイリとは大きく違い現在進行形で、まだまだ本当の地獄は始まっていないのである。



『政治と密接にリンクしていた福島検討委の発表日付』

『今までの福島第一原発事故後の、小児甲状腺がんの発症状況(一巡目)の推移』

(1)
小児甲状腺がんの一番最初(一人目)は2012年9月11日だった。
3・11福島第一原発事故の発生から、丁度1年半後の2012年9月11日に福島県の18歳未満の子供たち対象の甲状腺検査で『初めての小児甲状腺癌がん』と発表されている。(2011年度以前、長い間福島県では『ゼロ』が続いていた)
(2) 
二回目の発表は 2ヶ月後の11月17日だった。
二人目の小児甲状腺癌の発生で大慌て。大混乱に陥ったのである。
11月の時点では『二人目の小児甲状腺がん』発症の事実を隠して、あたかも『8万人分の検査で最初の一人が見つかった』かのように、挙国一致の大政翼賛会状態で、マスコミ全員が口を揃えて偽装発表している悪質さ。
『一人目の小児甲状腺がん』との福島県当局の大本営発表は真実とは程遠い真っ赤な嘘であり、日本国のマスコミ総がかりの悪質極まる印象操作である。
日本のマスメディアが大混乱に陥っていた隙間を付いて、野田義彦が突如解散を宣言して12月16日総選挙に突入、大敗北を喫する。
(3) 
3回目の発表は前回から3ヵ月後の2月13日だった。
政権交代で成立した安倍晋三は マスコミが北朝鮮の核実験一色で大騒動になっている隙を突いて2月13日に小児甲状腺がん『3人確定』と真っ赤な嘘の発表をする。(事実は『疑い7人』と合わせて10人が発症していたが、新聞号外が出る騒ぎで誰も気が付かない)
(4) 
4回目の発表は前回から4ヶ月弱の6月5日だった。
福島県の県民健康管理調査で、1次検査の結果が確定した約17万4千人の内、18歳以下で甲状腺がんの診断で『確定12人、疑い15人』合計27人が発症と発表した。福島県の18歳以下の子供の数は36万人。
(5) 5回目の発表は前回から2ヵ月後の8月20日だった。
東京電力福島第1原発事故の影響を調べている福島県の県民健康管理調査で、甲状腺がん『確18人、疑い25人』合計人数43人と発表する。
ところが、同じ情報源の筈なのに朝日新聞では総計が18プラス25の『43人』ではなく、一人多い『44人である』と繰り返す。東北地方では有名な妖怪『座敷わらし』が現れたのである。
(6) 
6回目の発表は前回から2ヵ月後の11月13日だった。
毎日新聞は『福島原発事故:甲状腺がんの子、8人増え26人に』と題して、他紙とは大違いで、福島県検討委の言う『確定』の意味が、子供達の甲状腺の全摘出手術であるとの『恐るべき真実』を伝えている。
朝日新聞は子供の数が一人多い『恐怖の座敷わらし』で、『計59人で甲状腺がんやその疑いありと診断された』と他紙よりも一人多い。
(7) 
7回目の発表は前回から3ヵ月後の2014年2月7日だった。
前回の2013年11月12日の福島県検討委発表(確定+疑いの合計が59名)は、曲がりなりにも日本国のマスコミ各社が、誰にも気が付かないように小さく報道した。
ところが2014年2月7日発表の福島県の小児甲状腺がん(確定+疑い)75人になった事実は誰も怖がって報道しない。
アルゼンチンのブエノスアイレスのIOC総会での『アンダー・コントロール』発言は大嘘だったが、原発とは違い『マスコミ』の方は完全に安倍晋三がアンダー・コントロールしていたのである。
(8) 
8回目の発表は前回から3ヵ月後の5月17日だった。
ところが報道しない。大騒ぎしていたのは『鼻血騒動』で30年続いていた『美味しんぼ』の5月17日発売号での掲載中止(実質的な発禁処分)が発表されている。
福島県検討委発表から遅れること2日。それまで報道しなかったが、5月19日『確定50人、合計では90人』と一斉に流しだす。
(9) 
9回目の発表は前回から3ヶ月後の8月24日である。
合計人数が104人と、とうとう三桁に達した福島県の甲状腺検査の発表とは、丸っきり国家ぐるみの詐欺であり、余りにも御粗末な21世紀の大本営発表。
『県内を一巡』とは誇大宣伝かハッタリである。
一巡どころか実は検査したのは全体の8割であり、2割の子供達は丸々甲状腺検査から取り残される杜撰さ。

『放射能は喫煙と同じで直ぐに健康に影響しないが、時間が経てば確実に影響が出てくる』

今回はなんと、原発周辺の13市町村と沿岸部と中部の中通りと会津若松地域とに分けて地図まで添付して、『地域差が無い』ことを印象操作しているのですが丸っきりのヤブヘビである。
フクシマ原発事故から1年目の福島第一原発周辺の双葉町や大熊町飯館村など最も放射能汚染が酷い13市町村と、3年目の一番汚染度が低い会津地方やいわき市などとの発症率が『同じ数値』なら、自動的に放射能被曝の大小で決定的に大きな違いが存在していたことが証明されて仕舞うのである。
生命の設計図であるDNAを傷つける低線量の放射能の被害は『直ぐに影響しない』が、年月が経てば確実に被害が出てくる。



(以後は『福島県検討委の二順目』との発表数値)
(10)
10回目(二順目では初回)の発表は、前回発表から4ヵ月後の12月25日だった。
マスコミが『アベノミクスを問う』とのスローガンの総選挙(2014年12月14日)の検討委員会で前回の甲状腺検査(1巡目)では健康とされた4人が小児甲状腺がんと診断されていた。
(11)
11回目(二順目では2回目)の発表は前回から3ヵ月後の2月12日である。
『県の甲状腺検査で、事故直後から3年目までの1巡目の検査では「異常なし」とされた子ども1人が、昨年4月から始まった2巡目検査で甲状腺がんと診断が確定したことが11日、関係者への取材で分かった。また、がんの疑いは7人になった。』と発表される。
1順目の検査以降に、新たに福島県では合計8人の子供達が新たに甲状腺がんが発症したのである。
(12)
12回目(二順目では3回目)は5月17日。今回もまた新たに4人が発症している。合計では二順目だけでも12人。一巡目の104人を加えると福島県の小児甲状腺がんの合計人数が、116人にもなる。

(13)
二順目(本格検査)では4回目、前回発表から3ヵ月後の8月31日に検討委発表が行われると8月10日に公表される。
基本的に2012年12月時点で日本国の正当性は失われており、それ以後はゾンビ政権の安倍晋三首相により挙国一致の隠蔽工作の大本営発表で破滅の先送りと続けているだけ。先送りも二年半も延々と続ければ限界に来るが、8月31日発表が最後になる可能性がある。
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