逝きし世の面影

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低俗で恥ずかしいマスコミ(かわら版売り)

2019年09月07日 | 東アジア共同体

 「今こそ『嫌韓』あおり報道と決別しよう」 韓国をめぐる報道で新聞労連が声明      September 06, 2019 BuzzFeed News

 時代劇の読売(かわら版の販売者)は、頭に手拭いを載せて、「てぇへんだ!」とか「大事件だよ!」とか叫んで、町の人たちの注目を惹こうとする。片手に売り物のかわら版、もう一方に一本箸を持っている。(王政復古の1868年錦絵「当世流行トコトンヤレぶし」)
江戸時代に実際にこのような姿格好の読売が、かわら版を売っていたのだろうか。  幕末最後の数年を除くと、江戸時代の真っ只中に、このような読売が町に出現したとしたら、一瞬で同心に捕縛されたことだろう。
 
かわら版第1号は「官製」
歴史上、初めて発行されたかわら版は、大坂夏の陣を報じた二枚、「大坂卯年図」と「大坂安部之合戦之図」で、どちらも1615(慶長20)年に出た。大坂夏の陣で、「幕府軍が、圧倒的な力で豊臣軍を滅ぼす様子」を、絵図で見せるものである。

幕府が主導して発行したもので、現代で言えば、官房長官の発表をそのまま、政府が号外として発行したようなもの。かわら版が出されたのは、徳川幕府の磐石さを、庶民に知らしめるためだった。

 
 
1690年出版の『人倫訓蒙図彙(巻四)』に描かれた「絵双紙売」
 
読売が顔を隠していた理由
かわら版が、最もよく取り上げていたのは心中事件と好色物だった。だから、良識ある人々から、かわら版は大いに軽蔑された。だが、特に良識派でもない庶民たちに、かわら版は売れに売れた。ロマンティシズムとエロティシズム、これらを超えるエンターテインメントは人類史上存在しないからである。
読売は二人組で、共に深い編笠を被って顔を隠している。いやらしい商品を売っていて、恥ずかしかったからだろうか。もちろん、そういった理由もあっただろうが、その最大の理由は1684(貞享1)年には、早くも読売の禁止令が出された。つまり、読売とかわら版は、誕生後間もなく、法に触れる存在となったのである。
読売は、用心のために、多くは二人一組で行動していたのだ。
1721(享保7)年に、印刷物を発行する際に「責任者を明示する」(奥付)を、幕府は義務付けた。絵に関しても、内容を事前に届け出て、許可が出ない限り、版行ができなくなった。
かわら版に関しては、責任者の明記もせず、許可も取らず、発行が続けられた正真正銘「違法出版物」である。そして、敵討、天災地変、妖怪、珍談・奇談など、かわら版の扱う題材はどんどん増え、大人も子どもも、目を輝かして群がる。いつだって、かわら版は飛ぶように売れた。
 
1809年出版の『北斎漫画(三編)』に描かれた読売
 
読売が捕まらなかった理由
なぜ、読売たちは商売を続けられたのだろうか。
かわら版は、法的には禁止されていたが、幕府は本気ではなかった。ただし、あくまでも黙認なので、読売は堂々と顔をさらけ出すわけにはいかなかった。
ほとんど毎日、同じ町の同じ場所で、同じ時間に売っている読売たちがどこの誰か知っていたが、それでも、役人はよほどのことがない限り、「空気」を読んで読売を捕まえなかった。
しかし、そんな役人も、「幕政批判などの絶対許さない内容」のかわら版は、厳しく取り締まる。幕政批判を扱ったかわら版は、もし販売が見付かれば、命の保証が一切なかったのである。
読売側としても、黙認し続けてもらうために、かわら版に不自然な「幕府への賛辞」を書くなど、様々な努力を続けていた。そして、幕府が弱体化する、江戸時代最後の数年に至るまで、たとえ形式的だとしても、編笠で顔を隠し続けたのである。
はじめに掲載した国周の絵は、江戸時代が終わった1868年に版行されたもので、かわら版は、江戸時代が終わっても消えることがなかった。明治に入っても数年は存在した、などというレベルではない。少なくとも、明治20年代までは、普通に発行され、売られていたのである。
かわら版は低俗かも知れないが、しかし、だからこその高いエンターテインメント性があった。新聞がどんどん発行され始めた明治の世においても、十分に通用するほどの魅力を放っていたのである。
(抜粋)
2016/10/25THE PAGE
 
河信基(Ha Shingi) @hashingi 
たかが高校生への表彰状偽造問題で、母親の大学教授への事前聴取なし電撃起訴となると、起訴権濫用と批判されても仕方ない。いわば、モリカケ疑惑で新証言が出たと安倍を逮捕するようなもの。起訴権濫用を改革対象としていたチョ・グクの法相就任を阻止せんとの不純な政治的動機を疑われる。
★注、
日本に例えると10年前の政権交代時に民主党代表小沢一郎を、陸山会などの金権疑惑で東京地検特捜部(特権的な官僚組織)が失脚させ、(裁判で無罪にはなったが)結果的に民主党政権は短命に終わらせるマスコミと官僚組織が二人三脚で行った疑似クーデター。明らかな代議制民主主義の否定である
 

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1 コメント

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メディア (ちくわ)
2019-09-09 00:07:27
メディアの本質はデバガメであり野次馬なわけで元々は下品なモノ。
権力監視とか社会正義というのは後付けにすぎません。
そういう下品さの自覚、顔を隠すくらいの殊勝さがあれば救われるのですが、
何を勘違いしたのか最早権力の一部として振る舞う傲慢さ。
腐臭が鼻を突きます。

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