逝きし世の面影

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憲法に個人の権利は書いてある。国家の自衛権は何処にも無い

2015年07月29日 | 憲法
赤塚不二夫の元祖天才バカボンこれでいいのだ!では、『ジャムパンにはジャムが入っている、 アンパンにはアンが入って いる、 だけど、ウグイスパンにはウグイス入っていない。』
日本国憲法の条文には繰り返し個人の権利(個人の自衛権)が何度も書き込まれている。
ところが、『国家の自衛権』については天才バカボンの歌の『ウグイスが入っていないウグイスパン』以上に明確に、日本国憲法には入っていないのである。

『自衛隊の存在そのものが違憲である』

『ペガサス・ブログ版』
2015-07-23
安保法制=戦争法案をめぐって,集団的自衛権容認は違憲であるという,極めてまっとうな論が憲法学者をコアとして巻き起こったことは素晴らしいことだ.
同時に,個別的自衛権はまるで当たり前のことのように見なされる傾向が強い.
先日,公民館周囲の清掃作業のとき戦争法反対の手製チラシを配ったが,その時「自衛隊そのものが違憲じゃないのか」と言う声が聞こえた.これこそ全うな感覚だ.
九条をどう読んでも現在の自衛隊が容認されるはずがない.
では,「もし侵略されたらどうして防ぐのか」というお決まりの議論がなされるだろうが,これも含めて,非暴力の国家防衛という問題について,これまで当ブログで書いて来た記事の目録と作っておく.いずれ簡潔な要約を作りたい.
「さしあたって集団的自衛権の問題に集中すべき,一致点を強調すべき」という意見もあるだろうが,むしろ,フル・スペクトラム・ドミナンス(米軍用語)ならぬ,フル・スペクトラム・アーギュメント,つまりあらゆる考え方の傾向に対して,それぞれに対応した議論をしかける,ということこそが重要だと筆者は考える.
(以後の関連記事の紹介は省略)

『個別的自衛権を容認した不破哲三の大失敗』(能吏の手から水が漏れた?)

今から何十年も前の話ですが、最初に日本共産党の不破哲三(党の№2の書記局長)が『基本的な権利として、日本にも自衛権がある』と主張したのを聞いたときはショックでした。『ペガサス・ブログ版』のyamamotoさんが指摘しているように、自衛のためであれ何であれ、理由の如何を問わず日本国憲法は『国家の武装や威嚇や実力行使などの暴力的な対応』を全て一律に禁止している。
日本国憲法ですが、正しく日本語が読める子供達に対して、『国家には基本的に自衛権が有るから、自衛隊は合憲だ』と説明しても、世の中の大勢に流される(卑怯でずる賢い)大人が常用する『ご都合主義』(しかたがない)のインチキなダブルスタンダード程度にしか理解出来ない。
しがらみに弱い(大勢順応で世間に自分を無理やり合わせる)大人は渋々納得しても、素直で純粋な子供は誰一人も本心では納得しないでしょう。
このとき不破哲三は、『個人には「基本的人権」が絶対不可侵の固有の権利として存在している。それと同じように、日本国にも(憲法の条文には無いが)自分を守る権利(個別的自衛権の意味か?)が固有の権利として存在している』と主張した。
この大馬鹿者が。!そもそも憲法とは国民(個人)を守る目的で『国家を縛るもの』であり、個人の権利と国家の権利を同列に扱うなど無茶苦茶にも程がある。
超高偏差値の不破哲三は理路整然と説明したので、居並ぶ各党代表も有識者も反論できず全員が納得する。(この時からyamamotoさんが指摘したように日本では国家の自衛権が合憲だとの嘆かわしい風潮が出来上がっていった)
ところが、日本国憲法には『個人の人権』は沢山の条文が有るが、対照的に『国家の自衛権』は何処にも書いていないだけでは無くて、素直に読めば『明確に禁止している』のである。
安倍晋三『なんちゃって平和法案』では半世紀前の砂川判決で最高裁が集団自衛権に付いて何も判断しなかったことを根拠にして『砂川判決で集団自衛権が合憲だと認められている』(違法では無い)との無理筋の改憲解釈を行った。
『何も書いていないから合憲だ』は法律家から失笑されているが、何十年も前の不破哲三の(憲法には何処にも書いていないが)『もともと固有の権利として持っている。』は今回の安倍晋三と五十歩百歩の悪質極まる詭弁中の詭弁であった。(ところが阿呆の安倍晋三は批判されているが、同じことを主張したのに賢い不破哲三は批判されるどころか全員から歓迎された)

『左翼の本家(社会党)VS元祖(共産党)の仁義なき戦い』

不破書記局長の(憲法とは無関係に、不可侵の固有の権利として)『日本にも自分を守る権利がある』ですが、テレビで安全保障の各党討論番組内での話であり、これでは『国家の武装権とか交戦権を認める』とも解釈出来るが、それらは9条で明確に禁止している。
日本が極限まで病的に右傾化した今とは大違いで、当時は左翼としての社会党が健在であり、およそ全有権者の3分の1の勢力を占めていた。
日本の3分の1の左翼の支持者は、社会党の『非武装中立』との方針を支持していたのです。幾ら憲法を捏ね回しても、『9条』からは『非武装』の結論しか出てこないし、非武装なら仮想敵国を作らない『中立』の全方位安全保障しかない。
ところが、左翼の元祖を主張したい共産党としては、社会党(非武装中立)とは違う方針を打ち出す必要性があったと理解しています。共産党(不破哲三)としては『仕方がなかった』のである。
日本の社会党と共産党ですが、長年にわたって温泉まんじゅうの元祖と本家、老舗と総本舗の醜い争いを繰り返していたのですが、当事者は真剣だったが、所詮は田舎の小さな温泉街での身内同士の争いであり、無関係なもの(我々の様な一般市民)にとっては元祖も本家も総本舗でも違いが無い。どちらでも良い話なのです。

『在日米軍の朝鮮戦争参戦での空白を埋める目的のNational Police Reserve(国家警察の予備役部隊)としての自衛隊』

そもそも自衛隊はアメリカ軍の全面占領下の1950年(昭和25年)にマッカーサー(GHQ)のポツダム政令によってNational Police Reserve(国家警察の予備役部隊)として出発しているが、まさにこの警察予備隊が合憲の限界であり、それ以上は違憲です。(朝鮮戦争に出兵した4個師団7万人の在日米軍も、急遽編成された7万人の警察予備隊も同じで、非武装の日本人の暴動鎮圧が目的だった)
reserveは動詞としては『予約する』『(使わずに)とっておく』『(権利などを)留保する』であり、名詞としては『たくわえ』や『予備品』『留保』。リザーブ(Reserve)とは予備役 『現役を退いた兵』の意味で有事に再招集される。
それでは今の自衛隊は即違憲かと言うと、これが微妙なのですよ。限りなく『軍隊に見える』ことは事実ですが、やっぱり今でも自衛隊の前身である警察予備隊的な特徴も残っている。
暴力装置としては同じでも『警察』は合憲で、『軍隊』は違憲で違法。
その際どい隙間に存在する世界的に例が無い代物が今の日本の自衛隊なのです。(前後に二つの顔を持つヤヌスか、2つの異なる遺伝子を同時に持つキメラのようなもの)
今回の安倍の『なんちゃって平和法案』ですが、日本の自衛隊が持つ摩訶不思議な根本矛盾を明らかにしたことだけが、唯一のとりえですね。
今回安倍晋三一人が解釈改憲で批判されているが、一番最初に左翼として改憲解釈を行った不破哲三の責任の方が大きいでしょう。
コロンブスは一か八か命がけで最初に大西洋を横断したが、それ以後の二回目からは簡単にアメリカ大陸に行けるようになる。(コロンブスの1492年のアメリカ大陸到達が無ければピサロによる1533年のインカ帝国滅亡も実現していない)

『憲法を改めて読んでみる』

『憲法前文』
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基づくものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。
われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。
われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

『憲法9条』
(一項)
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
(二項)
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

『文言が簡潔で単純明快、およそ改憲解釈の余地が何処にも無い憲法9条の構造』

憲法前文と戦争放棄の9条が対になって平和条項が出来上がっていることは明らかですが、9条一項は第一次世界大戦後の1926年(昭和3年)に締結されたパリ不戦条約の第1条を憲法の条文にしたもの。
第一次世界大戦の悲劇の教訓から、戦争そのものを違法とした画期的な不戦条約は大日本帝国を含む主だった国家が批准しているし期限が無いので、21世紀の今でも有効なのです。
(国際条約は国内法に優先するので、実は大日本帝国時代にも今の日本国憲法9条1項と同じ制約があった。同じことが不戦条約を批准した世界中の主要国にも当て嵌まる。)
ところが国家主義者たちが、『国家には自衛権が有る』との高偏差値バカの不破哲三と同じ屁理屈で、第一次世界大戦以上の未曾有の第二次世界大戦が勃発して仕舞う。
この第二次世界大戦の反省から、自衛の戦争も含む全ての戦争行為を禁止する国連憲章が作られるが、これを憲法の条文にしたのが日本国憲法の9条の2項である。
自衛の戦争で日本全体が焼け野原になった、あまりにも悲惨な現実を目にした当時の人々は憲法9条の平和条項を熱烈に支持した。
9条の戦争放棄の1項も、戦力の放棄の2項も単純明快で有るばかりか、徹底している。
一項では、放棄しているのは戦争だけでは無くて、武力による威嚇も行使も全て違法。国際紛争での実力行使は永久に放棄している。
二項では、もっと徹底していて正規の『陸海空軍』以外の『その他の戦力』を禁じているだけでは無く、第二次世界大戦の様な自衛目的での『交戦権』まで徹底的にを否定している。
憲法9条の条文ですが、およそ改憲解釈の余地はゼロ。自衛目的であれ何であれ、いかなる理由であっても、例外なく無条件で戦争も戦力もすべてが違法行為なのである。

『日本で唯一の軍事オタク政治家石破茂の「自衛隊の命令拒否は死刑か懲役300年にする」との驚愕発言』

外見上は似ていてもクジラとジンベイザメが全く違う生き物である様に、軍隊と警察とが決定的に違っている部分が『命令拒否は死刑か懲役300年』であることを日本では右翼も左翼も、全員が1億総平和ボケで理解出来ない。
2年前の7月21日の参議院選挙投票日直前の7月16日東京新聞が自民党幹事長石破茂の『自衛隊の命令拒否は死刑か懲役300年にする』との驚愕発言を報じ、二日後の19日には共産党機関紙赤旗も同じことを報じる。(ただし、この石破発言が行われたのは参議院選挙の何ヶ月も前だった)
この東京新聞の『石破発言』報道の影響は凄まじく、東京選挙区では共産党候補は三位で当選するし反戦反原発の山本太郎も四位で当選する。(投票日の2日前でははなく2週間前の告示日に赤旗が全国報道していれば参議院選挙の結果が大きく違っていた可能性が高い)
日本の有権者は、世界中の軍隊の常識である『命令拒否は死刑か懲役300年』に猛烈な拒否反応をしたのであるが、これは言葉を替えれば『警察予備隊』としての自衛隊は認めても、日本国内では『軍隊』は絶対に認められないのである。
まさに『日本国憲法9条』が丸ごと、今では全ての日本人の血肉になっていた。
自民党幹事長の石破茂が何故参議院選挙の数ヶ月前の大事な時期に『自衛隊の命令拒否は死刑か懲役300年にする』とのトンデモ発言を行ったのかの不思議ですが、今の自衛隊は見かけ上は同じでも『本物の軍隊』ではない。
今のままでは、イザと言うとき『使いもの』にならないのです。
『安全が担保されていない』との理由で、肝心のレベル7のフクシマの未曾有の核事故の発生時に、自衛隊の最高司令官である菅直人首相の命令を拒否して一切動かない。(そもそも『安全が担保されていない』危険な任務だから、菅首相が自衛隊に命令したが、頭から無視される)
日本以外の本物の軍隊なら命令拒否は死刑か懲役300年だが、平和国家日本では自衛隊幹部が一切お咎め無しで、逆に危険な任務を自衛隊員に命令した首相の方が詰め腹を切らされ失脚する逆転現象が起きていた。
原発を稼動さしている国では何処でも同じで、一つの例外も無く『命令拒否は死刑か懲役300年』になる過酷な軍法会議の本物の軍隊を持っている。(メルトダウンなどの過酷事故時の原発の収束作業に人命の犠牲は避けれない)
ところが世界一の地震多発地帯の日本列島で54基もの大量の原発が稼動していたのに『命令拒否は死刑か懲役300年』になっていなかった。
4年前のフクシマで、自衛隊が『安全が担保されていない』『危険だから』と真っ先に逃亡したのは当然で、命は一つしかないので誰でも『死にたくない』のである。



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4 コメント

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自衛権 (ましま)
2015-07-28 10:50:29
自衛権は自然権(げんこつが近づいたら手で顔を覆うのは当然といった)ということで、正当防衛が刑法にあるだけで、憲法に規定はありません。

国連憲章にも原案にはなかった。不戦条約の手前、それ以後の戦争はすべて「自衛権」を口実にしたからです。

憲章にあとから米英の強い意向があって「条件付きの例外として否定はしない」という程度の文言が入りました。これが失敗だったことは、いまや世界の常識です。

日本の自衛隊は、違憲ではありません。ただし、アクロバット的な法の組み合わせで、これまでかろうじて「法の安定性」を確保していました。

それを崩しているのが、日米ガイドラインやイラク特措法などです。安倍首相の魂胆はそれを恒久法にしてヒトラーと同じ手口で憲法を無力化しようとするものです。

ここで阻止をしないととんでもないことになります。

100年前の日露戦争 (宗純)
2015-07-29 11:21:41
ましまさん、コメント有難う御座います。

この、国家の自衛権なる代物ですが、
与謝野晶子の、
『 ああおとうとよ 君を泣く君死にたもうことなかれ 末に生まれし君なれば親のなさけはまさりしも
親は刃(やいば)をにぎらせて人を殺せと おしえしや
人を殺して死ねよとて二十四までをそだてしや
堺(さかい)の街のあきびとの・・ .
でも明らかなように、個人の命や健康を守る自衛権と真っ向から対立するのです。
戦場であれ何処であれ、本来なら、人を殺せば殺人罪なのです。
ヒトゴロシを合法だとする自衛権ですが、これは普通の日本の道徳とは真っ向から対立する。

今回の安倍晋三首相の『平和法案』の意味不明の説明ですが、
これ、誰にでも判りやすく言い換えれば、我が国の自衛隊をアメリカの州兵(( National Guard)にするとの話ですよ。
安倍政権ではそれ以外にも小学校での英語必須で有るとか、大學の講義の半分を英語で行うとか言い出しているが、今回の米軍の後方支援の平和法案と発想が同じ。
いわゆる米軍(連邦軍)はアメリカ本土には配備されていない。米本土を守っているのは一般市民のナショナル・ガード(州兵)なのです。
自衛隊の様なフルタイムの正規雇用では無くて、アメリカの州兵はパートタイムの臨時雇用。一年間の大部分は普通の農場主とかサラリーマン。これこそが本当の自衛権の姿ですよ。

『戦後レジームからの脱却』を掲げた安倍晋三首相の努力により、『なんちゃって平和法案』が無事成立。

日本国も敗戦体制の植民地状態を脱して、晴れがましくもアメリカ合衆国の正式な州に昇格出来そうである。
日本国の名称はジャパン州となり、公用語は英語、通貨はドルとなる。
日本語が第二言語として認められるかは微妙。円は間違いなく廃止となる。
日本に返還される前の沖縄のような状況になるが、ただし、同じアメリカなので甲子園の土を持ち帰ることができないなどの悲劇は発生しない。
文化は特に変化無し。
現状の日本もすでに十分アメリカナイズされているため。
日本国がアメリカの51番目の州になっても、政治的にも経済的にも大きな変化は一切無い。
そもそもアメリカの州(ステーツ)は日本の都道府県とは大違いで主権を持ていて、普通の独立国並みに知事を首長とする州政府や、上下両院の議会・最高裁判所と三権を持っているし知事を最高司令官とする軍隊(州兵)も持ている。
特に変化が無いのが日本の自衛隊の扱いで、名称がナショナル・ガードと変わる程度である。
自衛隊は丸ごと州兵( National Guard)として、アメリカ合衆国における軍事組織の1つとなり、任務や装備、組織体制には一切の変更が無い。
アメリカ軍の予備部隊として、兵員・部隊・サービスを連邦軍に提供することと、 ジャパン州内における災害救援、暴動鎮圧などの治安維持を行うことになるが、丸っきり現状の自衛隊のままである。

日本がアメリカに併合されればスムーズに事が運ぶが、これが間違って韓国に併合されるととんでもないことになる。
韓日併合では東京の首相官邸が大韓民国日本総督府になり、旧日本地区は『日本道』(イルボンド)に再編される。在日コリアンは在韓コリアンになる。
テレビ局は韓流ドラマを昼間から流すが、これは現状と何の変化も無い。
『西海』(ソヘ)は以前のままだが、韓日併合で太平洋が『東海』(トンヘ)と呼ばれることになる。
自衛権を最初に言ったのは (寺月 礼音)
2015-07-29 12:27:52
勿論共産党ですが、不破氏よりずっと先に、吉田茂に対して言った野坂参三氏です。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8E%E5%9D%82%E5%8F%82%E4%B8%89
http://www.geocities.jp/sazanami_tsushin/discussion/jcp3/j06012.html
これは、日本共産党の路線上、根本的な問題です。彼等は非武装中立ではない。
私は非武装中立の立場です。
これは、田舎の信号の問題ではないのじゃぁないでしょうか。
『最後の神』としての憲法9条 (宗純)
2015-07-29 15:29:47
寺月 礼音さん、コメントありがとうございます。

何か混乱が有るようですが、この日本共産党の不破哲三の記事は70年前の敗戦後の憲法制定時の話では無くて、30年ほど前の共産党が選挙の度に倍増していた当時の話ですよ。
外務官僚でキリスト教徒の吉田茂ですが、これはアメリカが用意した忠実な御用役人(売国奴)程度ですね。
そして日本国憲法の原文が。新渡戸稲造の武士道と同じで、実は英語だったとの話は余りにも有名な話です。
「人々」(The people)だった日本国憲法の「国民」
2012年05月03日 | 憲法
http://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/959fa6694087e742848e59e984866701
当時は日本は米軍の占領下でGHQのマッカーサーは、国連の極東委員会が機能する前に、大急ぎで名目的に独立させて、国連の介入を妨害する目的から日本国憲法をとんでもなく急いで成立させているのです。
そもそも第二次世界大戦の主敵はドイツであり、大日本帝国は当て馬程度の扱いで、敗戦後の占領でも日本に派遣したのは建ったの4個師団7万人。文官も優秀なベテランの人材はドイツに送られていて、日本占領には二流の未経験な若手を送り込む。
このことが原因して、普通では絶対に起きないことが日本国で起きてしまうのです。それが今の憲法9条。
理想に燃えた若者は、自国では絶対に実現しないような憲法を作ってしまったのである。
『逝きし世の面影』の世界と、『最後の神』としての憲法9条
2008年02月26日 | 憲法
http://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/fe3e08a9b5244ba8e3bed83454a868da

長い人類の歴史上、国家の無い軍隊はあったが、軍隊の無い国家は何処にも無かった。
憲法『9条』とは人類史上かって存在しなかった、まったく新しい試み(思想であり情念)なのです。
言うなれば、ちっぽけな思想や情念なんかの範疇を遥かに凌駕する思想の中の思想、情念のなかの情念、人類社会の遥かな高みに聳え立つ絶対宗教であり、例えるならば『神』なのです。

三度目の「神殺し」
2012年09月26日 | 政治
http://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/d0c45825f3fb4a15bb78d89201321472

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