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美嘉『恋空』を本気で批評してみる。

2007-12-07 | 小説
 『恋空』を本気で批評してみた。ちょっと大学でやっている研究のテーマに関係がありそうだったので、読んでみたのだ。

 批評に信憑性をもたせるために、僕のスペックを書いておこうかと思ったけど、あまり文芸批評に詳しいわけではなく、むしろ怪しさが増すくらいなので、やめておこう。僕がどんなものを読んでいるかということについては、このブログの記事を読んでもらえればわかるだろうし。

 『恋空』を批評しようとして、まず戸惑うのは、意外にもその批判の困難さだ。確かに、アマゾンのレビューに書かれているような上から目線の「叱る」形式の批判などいくらでもできる。例えば、作中で主人公がレイプにあったり、ストーカーにあったりなど「事件」と呼ぶに足る出来事があるが、それらの出来事に対し、警察に被害届を出すのではなく、自分たちでケリをつける。また、教室や屋外でセクロスしたり、無免許運転、無菌室でのキスなど、結構やりたい放題のことをやっている。ついには、互いに高校生なのに妊娠してしまって、その子を育てる、彼氏は高校辞めて働くとか言い出す。しかも、そんなこんなについて、主人公=語り手は青春という言葉を出して、勉強だけしてたって、青春の思い出は出来ないと自己肯定。社会を舐めんなよ、という批判は、出来すぎるほどにいくらでも出来てしまう。これが作品を外部から観察して、別種の基準に照らして「叱る」という機制である。それ以前に、『恋空』は誤字脱字が多く、話のつじつまもあっておらず、そもそも小説ではないと言い切ってしまっても、問題ない。

 一方で、作品を内在的に批評する、つまり作者=語り手と同じ視点に立って、作品世界に入り込みながら内在的に批判するという作業は難しい。というのは、主人公たちのやることには、目に余ることも多々あるけれど、彼(女)たちは、必ずしも反社会的でも脱社会的でもない。つまり彼らに悪意はないし、彼らには彼らなりの価値観や倫理観(たとえば、浮気はダメとか、人の気持ちは思いやらなくてはならないとか)が(奇妙な形ではあれ)確かに存在している。

 『恋空』を批判するのが難しいのは、主に二点があると思う。一つは、端的にわれわれがケータイ小説というジャンルに不慣れなせいだ。というのは、普通批評というのは、同じジャンルの他の作品を比較考量することで、良否を考えるわけだけど、ケータイ小説はまだまだ生まれたばかりの分野で、比較できる作品が少ない。また、ケータイ小説の傑作として認められているのが『Deeo Love』で、これまたわれわれのようなそれなりに小説や本を読みなれた人にとっては、つらい小説ときている。つまり、ケータイ小説を批評するためのベースが今のところ存在していないということなのである。一応ケータイ小説も、小説ではあるので、今まであった文芸作品と比較できないこともないが、純文学作品はもとより、村山由佳のような恋愛小説と比べるのも、バカげているという印象は否めない。ケータイ小説と同じく、比較的最近登場した小説のジャンルとして、ライトノベルの分野があるが、ライトノベルもすでに10年を超えるくらいの歴史をもっているので、『ブギーポップ』シリーズや『イリヤの空 UFOの夏』『オーフェン』などなど、過去に傑作と認められた作品と現在出ている作品を比較考量して批評をするのは、それほど難しいことではない。だから、ケータイ小説を本気で批評するには、ケータイ小説というジャンル自体の積み重ねを待たなければならないのである。ちょっと聞いたところでは、阿部和重(芥川賞作家)がケータイ小説を書いたなんていう話もあるから、実験小説的に、既存の作家がケータイ小説に参入することもこれから考えられるだろう。今のところケータイ小説がクズばかりだとはいえ、今や誰もが文字通り携帯しているケータイ電話で小説を読めるというメリットを考えるならば、ケータイ小説というジャンルの可能性について真面目に考えないことはもったいない。

 さて、批判のもう一つの困難であるが、これは『恋空』がいかにクソだったとしても、たくさん売れており、現にさらには多くの人の共感を読んでしまっているではないか、という端的な事実である。作家のよくあるようなインタビューで、「たくさんの人に共感してもらえればな、と思っています」という感じの答えが返ってくるが、人に共感や感動してもらうために小説が書かれているとすれば、ここ最近で『恋空』ほどたくさんの人に共感された小説はないように思える。もとより、『恋空』ほど売れた小説がないのだから(そして『恋空』は出版されたもの以外に、今でもケータイやPCで無料で読むことが出来る)。『恋空』を読んで共感した人たちに、「いや、これはこれこれこうで、ダメな小説だから」と諭したところで、聞き入れられないことは容易に想像可能だろう。『恋空』とその好意的な読者の前では、今まで積み上げられてきた小説というジャンルや、その反省たる批評も、商業主義と読者の共感によって脱臼させられてしまうのである。

 そして、もう一つ付け加えておくなら、『恋空』にはその「語彙の貧しさ」にこそ、リアリズムがある。『恋空』の作者も読者も、そして登場人物たちもあまり(全く!)本を読まない人たちなので(『恋空』の好意的なレビューのなかでは、初めて読んだ本だという書き込みが頻繁に見られるらしい)、語彙が豊富で描写が巧みなほうが、描く対象に対して不自然なのだ。これも、書き手も読者も同様にレベルが下がっているという厳然たる事実以上のものではない。
 ただ、実のところ、僕も『恋空』を読んでいて、この話を書くにはこういう文体しかないなと思いつつ、確かにリアリティを感じた。ちょうど、少女向けの恋愛漫画の文字(会話と状況説明)をそのまま抜き出してきたような文体である。そういう意味では、小中高くらいの女の子が『恋空』に共感してしまうというのも、話の内容と文体という形式の両方について、だいぶ分かる気がする。上から目線でいえば、僕でさえ『恋空』に共感してもいい、と思える程度のものではある。おそらくは、『恋空』文体とて、「ケータイ小説」というジャンルのなかでは、だいぶマシなほうなのではないか。僕は多少は少女マンガも読むし、よしもとばななとか少女マンガに影響を受けた作家の作品も好きなので、割と『恋空』のテイストを受け入れられるのである。しかし、そういう少女マンガ的なリテラシーを持っていない人にとっては、『恋空』を読むことはかなり苦しい読書体験になると思う。付言すれば、僕の好きな壁井ユカコ先生の『NO CALL NO LIFE』の設定や話に『恋空』が似ていることに気づいて、ちょっとへこんだ。『恋空』のような話は、『恋空』に限られるものではなくて、今現在ケータイ小説ならず、広まりつつあるようだ。

 ライトノベルは主に話の内容において、既存の文芸作品(ミステリー、SFなどを含む)から分離してきたけれど、ケータイ小説はマンガ的な文章(ト書きとふきだし)に近づくことで、話の内容と文体という形式の両方において、既存の文芸作品から現に分離しているのではないかと感じた(ここでの「分離した」と「分離している」の違いは、ラノベ作家はなんだかんだいってもそれなりに既存の文芸作品を読んだ上でラノベを書いているのに対し、ケータイ小説作家はそもそも読んでいないので、事実として分離しているとしかいえないという違いだ)。

 最後にコミュニケーションの文脈について述べておきたい。今の社会は、社会の各セクターが蛸壺化して、ある蛸壺の中にいる同士ではコミュニケーションの前提が共有されているために、過剰に共感可能だが、蛸壺同士では共感が不可能なのである。また同様に価値観や倫理観も、蛸壺の中では了解される(KY)けれど、蛸壺同士では了解不可能だ。単純に言えば、蛸壺ごとに見えている世界が全く違う。そのために、ある特定の人たち(『恋空』読者)にとっては、容易に共感可能であり、切実なテーマを扱ってみえるように読めるが(それこそ、彼らにとっては実存的な問題が描かれているのかもしれない)、その他の人にとっては全く興味も出来ずまして共感など出来るはずがないというのは、今や普通の話である。

 以上のような意味、『恋空』はいろいろな意味で現代の問題を凝縮し、体現した小説ではあると思う。もちろん、それは作者が意図したことというよりも、作者=作品自身の問題としてであるが。

 というわけで、ヘタをすれば『恋空』の擁護とも取られかねない批評を書いてきたわけだが、僕としては「ケータイ小説」のジャンル自体には夢をもってもいいのではないかと考えるが、『恋空』はやっぱり論外だと思う。主人公が口癖のように言っているけれど、小説に描かれる行為の中で、あるいは『恋空』というケータイ小説自体にも、「子供だから」という免罪符を振りかざしているように思えるからである(にもかかわらず、主人公は大学に入りスーツを期待して、大人になったとか成長したとかいう、的外れな感慨をもつのだが)。それは、言い訳になってないから。そういうエクスキューズに対しては、もう叱るしかないのだが、曲がりなりにも文芸作品を叱らなくてはいけない時代というのは、どうなんだろう?

 最後に一つ言わせて欲しい。氏ね、DQN&スイーツ(笑)。

 なお、このコメントを書くにあたって、以下のブログにヒントを受けたので紹介しておきたい。

http://d.hatena.ne.jp/gginc/20071122/1195757544
「このような「語彙の貧しさ」こそが、『恋空』独特のリアリズムを支える最も中心的な要素である」

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