福地脩悦・全国・人の旅 会長日誌

家づくりと言う事業を通じ、多くの人々の人間模様を綴ります。

琉球文化から学ぶ事…那覇空港~羽田空港~東京都内

2009-10-21 22:14:08 | Weblog
沖縄の人の心根の優しさ、穏やかさは、何処から来るものかと気なり、今日の午前中に無理やり時間を作って琉球時代の首里城を見学して来ました。
写真は石垣の上から眼下の光景を撮ったものです。中国の北京、韓国のソウルの観光地と同じような雰囲気です。

600年前、本土が室町幕府の崩壊で戦国時代の100年も前、英雄、尚巴志によって南山・北山・中山の三国に分裂していた琉球が統一されたと言います。その後、明治初期までの500年間、琉球国王として日本と異なる独自の琉球文化が保持されて来たと言います。

琉球王朝は14世紀後期、中国、朝鮮、日本、マラッカ、ジャワなど、東南アジア諸国の貿易中継基地を持つ王国として繁栄を極めたと言います。
首里城には外国使節団を接待する施設が設えられ、更に組踊、王族着用の衣装や、琉球独自の酒、泡盛など接待用に工夫された事が動機となり、琉球独自の文化が進化したようです。

その後、17世紀初め(1609年)、薩摩島津藩の侵入や、明治12年の本土政府の琉球冷遇などの政策により王国は急激に衰退、そして消滅するに至ったと言います。誰もが承知のように先の大戦では、琉球王朝の遺産がまさに灰燼(かいじん)に帰したのでした。

戦後の沖縄は、アメリカ統治で日本本土と政治、経済など全ての面で分断されましたが、沖縄人民の粘り強い復帰運動と当時の佐藤内閣の交渉で本土復帰を果たしました。現在は、消失した首里城や古都首里の町並みの整備を進め1992年に首里城が復元したと言います。

沖縄と言う地域は、南方海域に浮かぶ小さな島々の集合体であり、日本本土、アメリカ、中国、東南アジア諸国と影響を受けながらも、独自の文化と伝統を育みながら、琉球王朝を護って来た誇りと自信を内包しているように思われます。

今、時同じく新政権の岡田外相が、沖縄県宜野湾市で米軍基地問題についての交渉を始めました。沖縄は、過去にも外国の都合などに翻弄されてきましたが、歴史が育てた琉球人としての心根である優しさと穏やかさを保ちながら、強かに生き抜いて行く事でしょう。

琉球の人々から学ぶ事は、粘り強さと寛容性、落とし所を見出す協調性のようです。歴史の波に翻弄されつつも南国特有のおおらかさ優しさが琉球の人々の資産となったようです。

今日、沖縄よりチョッと涼しい東京ですが明日は、最高裁判所での調停協会研修にのぞみます。
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