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8月13日は新聞休刊日

2018-08-13 05:40:43 | 社説を読む
8月13日は新聞休刊日なので、昨日の4社のコラムを紹介します。

毎日新聞
・ 漢を興した劉邦(りゅうほう)に仕え、知将として名をはせた韓信(かんしん)は若い頃、ごろつきに絡まれ、その股をくぐった。大望を抱く人物は一時の恥辱に耐えるという「韓信の股くぐり」の故事だ。韓信には空を舞う凧(たこ)を初めて軍事戦略に使ったという伝説がある

▲「四面楚歌(しめんそか)」の成句を生んだ楚の項羽(こうう)との戦いで漢軍に楚の歌を歌わせた際、凧につけた笛で悲しげな音を響かせたという。凧で敵陣を測量したという話もある。その真偽はともかく、古くから凧を軍事利用するアイデアはあったようだ

▲気球や飛行船、飛行機も交通や科学の発展に寄与する一方で軍事に利用されてきた。空を飛び、鳥の目を持つことで地上の人間に対して優位に立てるからだろう

▲最新の小型無人機「ドローン」も例外ではない。南米ベネズエラでは大統領の演説中にプラスチック爆弾を積んだドローンが爆発し、暗殺未遂事件として容疑者が拘束された。過激派組織「イスラム国」(IS)も偵察や攻撃に利用していた

▲米国の軍事企業は民生用と変わらない大きさのドローンに機関銃を載せ、狙撃できる兵器を開発中だ。人工知能(AI)を搭載して顔認証機能を持たせれば、空飛ぶ暗殺ロボットが誕生しかねない

▲日本でも3年前、男が首相官邸にドローンを落下させる事件が起き、警察庁がテロ対策を進めている。低コストで空を飛ぶドローンは物流や災害対応など幅広い活用が期待される。人類に危険な装置になるリスクをどう防ぐか。現代人の知恵が試される。


日本経済新聞
・ 兵庫県西宮市の甲子園球場で熱戦が続く全国高校野球選手権大会、いわゆる「夏の甲子園」は、今回が100回目である。1915年に始まったのに104回目となっていないのは、42~45年に開催されなかったからだ。その理由はいうまでもなく、太平洋戦争である。

▼実をいえば18年と41年にも「夏の甲子園」は開かれなかった。予選である地方大会はあったので100回のなかにかぞえているのだが、全国大会は見送られたのである。そのうち41年は日中戦争の激化が理由で、翌年から4年にわたる中断の前触れだったといえる。一方、18年の場合は戦争と直接かかわらない事情による。

▼この年の夏、富山県下新川郡魚津町(現・魚津市)に端を発した米騒動が各地に広がったのである。とりわけ、西宮に隣接する神戸での騒乱が響いたらしい。三井、三菱にならぶといわれた大手商社、鈴木商店の本店や工場への焼き打ちは、一連の騒ぎのピークともいうべき事件だった。100年前のきょうのことである。

▼鈴木商店が標的にされた背景にはコメを買い占めているとの噂があった。だが、作家の城山三郎の考証によれば鈴木商店がその年コメを買い占めていた事実はなかった。いわば「風評被害」だったのである。大手新聞がことさらにあおった面もあった。いまでいう「フェイクニュース」。その害はときに大変なものになる。


産経新聞
・ 夏の甲子園が始まると、作詞家の阿久悠さんは球児をテーマに1日1編の詩を書いた。詩には短い所感を添えて、『甲子園の詩(うた)』と題してスポーツニッポンに寄稿した。昭和60(1985)年8月15日に書かれた文は、その余韻とともに忘れがたい。

 ▼〈黙祷(もくとう)の意味を心を、心をつくして語ってやりたい。この素晴しい夏の祭典を永遠につづかせるためにも〉。ことしも終戦の日が近い。昨今の国際情勢を阿久さんが知ったなら、とふと考えてみる。正午に響く1分間のサイレンは、泉下の人にどう聞こえるだろう。

 ▼100回を迎えた夏の高校野球の歴史で、1度だけ文部省主催の下に行われた大会がある。戦局が険しさを加えた昭和17年夏だった。「銃後鍛錬」をスローガンに、選手は「選士」と呼ばれた。体に近い投球を「よけてはならない」と、耳を疑う通達も出たという。

 ▼16校によるトーナメントで3勝を挙げ、準優勝したのが京都・平安中である。文部省主催を理由に球史から消され「幻の甲子園」と呼ばれている。いまの龍谷大平安高が甲子園で春夏通算100勝を挙げたと聞き、記録として報われぬ「3勝」の物語を思い出した。

 ▼阿久さんは、流行歌と映画と野球を「戦後民主主義の三色旗」と呼んだ。戦後73年を経た日本は、その旗が風になびく景色を努力なしに守れぬことを知っている。中国や北朝鮮の向背に神経をとがらせ、先の大戦の反省だけでは国同士の均衡を保てぬ現実を学んだ。

 ▼耳に痛い歌がある。〈「戦(をのの)き」も「戦(そよ)ぎ」もあるをまどふなく「戦(いくさ)」と読みて徒労感濃し〉(斎藤すみ子)。次の100回のためにも平和を乱す国々に戦(おのの)かず毅然(きぜん)と応じねばなるまい。阿久さんの愛した「旗」は今日も甲子園の浜風に戦(そよ)いでいる。


中日新聞
・ 【あたぼう】。江戸語の辞典などによると文政期に流行した当たり前を意味する擬人称(人になぞらえた表現。けちんぼうなど)で漢字では「当坊」と書くそうだ

▼落語の「大工調べ」の中に大工の棟梁(とうりょう)が「あたぼう」のいわれを与太郎に教える場面がある。「あたりまえだ、べらぼうめのことだ。だけども、そんな長い言葉を使ってみろ。日の短い時分には日が暮れちまうし、温気の時分には言葉が腐っちまう。それで詰めてあたぼうってんだ」

▼気の短い江戸っ子なら、その政治家の主張を聞いて「そんなのは、あたぼうじゃねえか」というかもしれぬ。自民党総裁選への出馬を表明した石破茂さん。記者会見で「正直で公正、謙虚で丁寧。そういう政治をつくりたい」とおっしゃった

▼確かに、政治家の国民への態度としては「あたぼう」である。それでも、その主張が不思議に新鮮に聞こえ期待さえ持ちたくなるのは、国民にとっての「あたぼう」が失われた政治の現状のせいかもしれぬ

▼正直でも公正でも謙虚でも丁寧でもなかった「あたぼう」ならぬ、安倍さんの「べらぼう」な政治が続く中で、正直という素朴な看板はよく目立つことだろう

▼もっとも総裁選、既に安倍さんが国会議員票で優位に立つ。派閥の論理とポストがほしいという自民党議員の「あたぼう」の壁に石破さんの「あたぼう」はどこまで通じるか。

※ 高校野球がらみが2社、そしてドローンと自民党総裁選です。
 味の辛さで、中日に軍配か…。
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