=お先にどうぞ= …Ámame un poco y ámame mucho tiempo…

たまにswim、時々筋トレ、思いついたら《作りおき》、脱線&余談日記

2015年6/5(2) 早めの散歩

2015-06-05 | 【選択制】ワンだふる≪コーギー≫
「散歩に行く?」と聞いたら、「行く!行く♪」の反応だったので、少し早めの散歩にでた。

昨日も今日も風がヒンヤリするので、昼間でも大丈夫だろうと、出掛けてみた。

いつもとは違うコース。
降りたいときは、バギーを揺らすような、人間でいうと箱乗りみたいな感じになるので、降りたそうにしたら降ろしてやる。

モタモタしながらもかけあがっている→Youtube

元気な頃(2013年東京、馬込在住)→Youtube大森日赤病院裏あたり。この頃は池上本門寺まで時間をかけて散歩した頃。元気だった。いくら歩いても疲れない子だった。

明るいので辺りには気を遣う感じだ。山手のほうなので、坂が登れるかと思ったが、息が荒くなっても頑張って歩いていた。

御殿山のフォレストタワーには庭園があるのだが、この時期、蚊が密集していそうで、回避した。

すると降りたそうにアピールするので、行けるところまでバギーで降りて、下ろしてみた。

ここもアップダウンがきつく、段差が大きいところでは、ギブアップ寸前だったが、何とか上りきった。弱味を見せたくないのだろう。

細い石橋のようなところも渡り、いくつかの階段も駆け抜けた。

本当にどこが病気だというのだろう?若干弱腰ではあるものの、余命数週間は、急激に体力を奪って、ケンタロウを連れ去っていくのだろうか?

そんなことを考えてもどうなるものでもない。

今朝のなきみそ(泣き虫)は返上して、クヨクヨ言っている暇があったら、外の空気に触れさせたり、排便で体内スッキリな感じにさせてやったり、いくらでもしてやれることはあると、気を取り直した。

神戸の友人が一昨年シーズー♀子を亡くして、今はヨーキーと暮らしているのだが、どちらももらいっこ(保護犬)と初めて知った。

シーズーは3歳、ヨーキーは4歳で引き取ったそうだ。

育てられなくなったり、盗まれたり、逃亡したり、いろんな理由があるにせよ、里親を求めている犬猫は意外と多い。

その友人は、一人暮らしで、先住犬を亡くしたとき、3日ほどは手離せなかったそうだ。

焼いたあとも、自分の気力が持ち直せず、もともと脊椎性の持病があるので、起きるのも尚つらくなり、1ヶ月くらいポストを見に行くのも拒否するくらいだったそうだ。

その時期のことは全く知らなかった。

だが、このままでは引きこもりどころか孤独死するかもしれないと、気持ちを切り換えたそうだ。

もう二度と犬はいいと思ったが、やはり彼女にとってはパートナー。

いろいろと探して、今の保護犬にたどり着いたそうだ。
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2015年6/5 神社の大祭

2015-06-05 | 【選択制】ワンだふる≪コーギー≫
ピーヒャラピーヒャラ、ドンドンドンツクと近くの神社から祭り囃子が聞こえる。

もうこの祭りの音をケンタロウが聴くことはないんだなと思うと、また泣けて、、、

今朝は大いに泣き虫な朝を過ごした。今朝からというべきか。

とうのケンタロウはというと、近頃は朝の散歩も拒否で、夫を落胆させている。
犬がいないと散歩はしないらしい。

これまで十年、出張以外で欠かすことがなかったので、逆に、夫の健康や朝のリズムは大丈夫か?

朝ごはんも食べない。
(私が好きなものをやると、トコトコ来て食べだしたのだが)

昨日(余命数週間)宣告を受けたばかりで昨日の今日だから知覚が逆に芽生えてきたというか、はっきりしてきたというか。

救いがたい。

ケンタロウにしてみれば、
「おかあさん、僕、こんなに頑張っているのに、なにをメソメソしているの?」だろうか?

今朝は試しに好きな"しらす"をやってみたら食べて、シーザー缶詰も食べた。
ドッグフードも少しは食べた。

毎朝、カリカリ食べていたけど、ホントはあまり好きではなかったんだね?

弱ってからドッグフードには見向きもしないことが多い。同じシリーズのトリーツまでも。

先生は赤身の肉でも何でも、好きなものをあげてください、(最期なんだから←とは言わない)と。

朝イチで大学からも連絡が入ったという。

いろいろ報告したら、細かいことまでは聞いていなかったようで、貧血が改善したことや腹水が消えたことも初めて聞いた印象だった。

全身に転移して苦しむようだったら、その時は楽にしてやりたいと、精一杯の思いで、言葉が詰まらないようにして一気に伝えた。

会話の途中でも言葉に詰まってしまうので要注意なのだ。

ペットロスのサイトを見た。

体重が7キロ減った飼い主さんもいた。

余命一週間宣告で一週間後に亡くなったとか、余命いくばくもないと言われ、一日後に亡くなった事例も読んだ。

ものは考えようで、お別れに数週間あるかもしれないというのは、喜ぶべきことかもしれない。

二日後は11歳の誕生日だ。

一緒に誕生日を迎えられることも、この子の生命力に万歳だ!

暗く考える必要はない。

11年一緒に過ごせたのだから。

良い想い出をいっぱいくれた。
健康で病気ひとつせず、今日まで。親孝行だった。

感謝のひとつひとつをあげれば、もっと悲しくなるのだけれど、泣いてばかりいられない。前にすすまなければ。

・・・と思うのだけれど、、、

昨日は、恨みがましいことや不満をぶつけてしまったかもしれない。やり場がないとはいえ、見送りも含めて飼い主としての資質が問われるわけで、反省しきり。

犬を見れば飼い主がわかる。その通り。

そろそろ葬儀のことや遺骨のことを考えないといけないのかもしれない。考えたくはないが、、、

泣いてばかりいるし、様子が変だとケンタロウは気がついているかもしれない。

電話がかかってきたり、かけたりすると、どこかにいなくなる。これまではそんなことはなかった。

会話の意味がそれとなくわかるし、自分のことなので、嫌なのかもしれない。

それでもケンタロウは諦めずに闘っている。きっと最期の最期まで体力を総動員して頑張るだろう。

つい数ヵ月前まで、元気でゲンキでこんなに元気な10歳がいるのかと思うくらいだったのに、病は突然に。

そしてケンタロウの健康な細胞を食いつくし、蝕んでいくのかと思うと腹立たしさと口惜しさでいっぱいになる。

どうか安らかに逝かせてやってくれ!

書いているときだけが、気持ちを何とか奮い立たせることができる時間だ。

今朝のケンタロウ。一見なんの変化もない。お気に入りスタイルだ。
※冒頭画像は、昨日の搬送中

いま、ここだけが苦しみの点だ
悲しみの集まった場所
開放して 解き放さなければ
悲しみはどんどん深くなっていく
そこから逃げるのではなく
切り替えることが肝要

しかし、癒されることがない
深まっていき うちひしがれるばかりだ
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