みかりんの闘病日記

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入院3日目

2015-10-22 09:13:14 | 日記
20日に入院し今日で3日目です。

初日のお昼から毎日1日6回の血糖測定です。
一瞬だけど、看護師さんによってはかなり痛いです。指先って痛いですね。
今日で3日目だけど、看護師さんの足音が聞こえたらまた来たぁ~と思うようになってしまいました。
なかなか血糖値は下がりません。

昨日からリハビリも始まりました。
昨日は、身体の状態をリハビリの先生が診る程度でしたが、私の握力って、右が15
で左が10しかない。リハの先生から「今、どこが一番自分ではよくなりたい?」と聞かれて、タオルがしっかり絞れるようになりたいし、歩き初めが足がこわばって思うように歩けないので、歩けるようになりたいです。といいました。

左腕の関節もほとんど動かないね。って言われましたよ。
シャカシャカ歩けるようになるのかな?

今日の10時から24時間おしっこをためなければいけません。

夜はぐっすり眠れるようになりました。

今日も頑張ります。

クローン病再発、入院することに.......

2015-10-17 08:30:49 | 日記
10月13日(水)の午前4時、

突然の強烈な腹痛で目覚め、数回の下痢.....
主人を起こしに行きました。あまりの痛みにウーウー唸ってる私(。>д<)
主人が救急車呼ぼうか?と言いましたが、そのうちおさまることを信じ、
ベッドへ入ったものの仰向けでは寝れず、うつ伏せの状態で自然に眠りました。

めざめたのは朝の10時半でした。

主人にお昼ご飯の準備をしたけど私は、食欲ゼロで全く食べれませんでした。
午後から掛かり付けの医院へ行き、先生は食べれなかったら 利尿剤とか飲んでるから
「アシドーシス」というまた新たな病気を併発するとの事で、点滴を打ちました。
注射嫌いな私なので、点滴と聞いただけで、えぇーー!嫌だぁ~!と思ったけど
食べれないからしょうがないです。手の甲に針を刺され、約1時間半で点滴終了しました。
私が点滴中に主人が呼ばれ、先生から病気の説明があったらしく入院したほうがいいという事になり、大きい病院へ紹介状を書くから......という事でその日は帰りました。

翌日、前日の点滴と腹痛下痢の薬を飲んだから痛みも下痢もありませんでした。
そして大きい病院へ......9時半に病院着で終わったのは13時でした。
主治医から明日から入院、ーと言われビックリです。
18日(日)にはお祭りで歌わなければならず、楽しみにしてるので、先生にお願いして
20日から入院となりました。

今の私の病状は一時的には腹痛下痢は止まりましたが翌日になるとまた腹痛下痢です。
やっぱり再発かなぁ?

もう考えてもしょうがない、頑張って来ます。

数年ぶりの旅行(思い出に残るシルバーウィーク。)

2015-10-08 11:27:11 | 日記
今年は、シルバーウィークというゴールデンウィークなみの連休がありましたが、私達夫婦は、大分県へ数年ぶりの2泊3日の旅行へ出掛けました。

予定では、初日に大分の「うみたまご」→「サファリパーク」そして翌日は鹿児島へ回って帰る1泊2日の予定でしたが、1泊は熊本市内へ泊まろうという計画を立て出発しました。熊本市内では、久しぶりに娘と食事をし私が大学病院で手術した時に同室だった友達も来てくれて、楽しい時間を過ごしました。

主人は久しぶりに娘との再会にワクワクしてました。
そしてサプライズが........主人は8月で還暦を迎えましたが、ナント娘からのbirthdayプレゼントが......主人は赤い色が好きなのですが、還暦といったらやっぱり赤ですね。

プレゼントは「赤のチェックのシャツ」でしたよ。
私には「ワンポイントの猫ちゃんのエプロン」でした。
主人は照れくさそうに「ありがとうありがとう」って、いってましたよ(笑)。
そのシャツ、未だにまだ着てません。

旅行は、大分へ行く途中 高速道路のトンネルの中で、車数台の衝突事故があり数時間の渋滞にあったため私達の予定も変わってしまいました。
大分初日は「うみたまご」しか行けず、翌日「サファリパーク」→「阿蘇」を周り帰りました。サファリではシャトルバスに乗り 餌付けをしましたが、すごい感触でした。

阿蘇では、「大観望」へ行き、展望台まで登ってみるか?と主人から言われて
う~ーん?登れるかな?とためらいはしたものの頑張ってみると言い登ってみました。
ところがもうちょっとという所で息苦しくなり「やっぱりもうこれ以上は無理みたい。呼吸が苦しい」と主人に言ったら、「じゃーあきらめてここから眺めるか?」と主人。
主人が眺めやすい場所を探してるうちになぜか?息苦しさが自然に消えつつあり、私は主人に「もうちょっとだからやっぱり頑張ってみる」といい主人は「おっ!そっか、じゃー行こうか」と言いながら私の手を握ってくれて、私に合わせてゆっくり歩いてくれて、登れましたよ!

阿蘇の絶景を観た瞬間、涙がこぼれました。「やったぁー、私にも登れた、超~ー嬉しいー」この感動を早速病院の主治医(福岡の先生、精神科の先生、内科の先生)へ報告しました。3人の先生達はみんな同じ言葉「おーーー!すごいじゃない、頑張ったね」と返ってきました。

一生忘れないシルバーウィークでした。

色々あった1ヶ月半。

2015-10-07 22:30:20 | 日記
久しぶりにブログを書こうという気分になりました。

友達が9月から正式にパートの事務員さんとして、うちの会社で働いてくれる事になりましたが、辞めてしまいました。

どうして辞めたのか?私に対して一方的に怒ってたようです。
私に対してどうして起こってるのか?未だにわかりません。

私は、双極性障害を発病して薬を飲んでるけど、薬の副作用もあって行動が以前のようには動かず、家事も思ったよりはかどらず、病気になる前は 小さい頃からきれい好きで、
掃除おばさんと冗談で母達が言ってた位でしたが、病気になってからはそれがほとんど
できず、一番悔しいのは本人の私なのに、その事を人から指摘される事が私にとっては一番悔しいし、つらいのです。

友達が言った言葉は私は一生心に残るでしょう。
何度忘れようと思ったか、どうしたら忘れられるのか?悩んでいます。

主人は、友達に対して本人には言いませんが、病気で前よりは仕事ができなくなってるからお願いしてるのに.....と、私の病気を理解してもらえなかった事が悔しかったようです。私は友達に対して言いたいです。

「人はいつどんな病気になるかわからない。もし、自分に言われたらどう思いますか?それと、自分の家の中はどうですか?完璧に片付いてますか?」

私は、TVでよくやってる「ゴミ屋敷」状態ほどうちはそんなに散らかってないです。
書類が多いからテーブルの上に置いてるだけです。

私は友達は沢山いますが、上から目線で私を見る友達はいません。この人だけです。
私の病気「クローン病」が再燃と緩解を繰り返し、入退院を繰り返していた頃、
その頃を思いだし今でも泣いてしまう友達もいます。
1週間前は遠いのに来てくれて、温泉へ連れていってくれました。
その友達とこの前話しましたが、子供の頃からお互い知ってる友達っていいよねって!
全然気は使わないしねって!

10月4日に久しぶりに実家へ帰りましたが、1年ぶりにまた違う友達ですが再会しました。
偶然この日は、友達のbirthdayでした。
スタバの珈琲とケーキで主人も一緒にお祝いしました。

主人は私の病気も含めすべての理解者で、話は戻りますが 友達が仕事を辞めた日、
私は言われた言葉にショックを受け、 爆発しそうな頭を押さえようと必死でした。
食事も食べれずずーっとベッドで泣き叫んでました。
そんな時、主人の優しさをすーっごく感じました。私は一生忘れないでしょう。

結婚して28年、10日(土)が結婚記念日です。
今まで私に対して怒った事はありません、夫婦喧嘩もありません。喧嘩は歳が離れてるせいもあるかも?ですね。でも、やさしいです。

主人には、ありがとうって言いたいです。

幻聴、幻覚....薬が増えたせいかな?なくなりました。