かねてよりとある音楽好きから強くススメられとった本やった。
初出が2001年とのことやから、高田渡が世を去る約4年前のものになるんか。
僕が高田渡の曲を初めて聴いた時期は定かやないけど、恐らく父親が友人とカラオケで歌てた「生活の柄」が最初ちゃうかなぁ、と思う。
音楽に大して興味も無かった幼少期、彼の作品で知っとる曲ゆうたら「生活の柄」くらいやったけど、この曲はずっと頭ん中に残っとった。
中学生くらいになって、NHKのフォーク関連の番組とか父親が買ってきた「ごあいさつ」、フォークソングのオムニバスなんかで彼の他の多くの曲を知った。
実家にはいまでも「ごあいさつ」が置いてあるはず。
そもそも父が買うたもんやったけど、今となっては完全に僕が高田渡ファンになってしもたと思う。
そもそも父がどこまでこの歌い手を気に入っとったんかはわからへん。
まぁ、歳いってからわざわざCD買うくらいやから嫌いてこともないんやろけど、恐らく「なんか気にはなるんやけど、いつも聴きたいもんでもない」てゆう感じちゃうかな。
まぁ、そんな感じで子供の時分から耳に馴染ませてきた高田渡の歌声やけど、バーボンストリートブルースを読むと、彼のライブを生で観なかったことを強く後悔してまう。
音楽に取説はいらん、と思いつつも、バーボンストリートブルースを読んだ後は彼の歌も少し色が変わって、というより色の数が増えて聴こえる。
そういえば彼は映画でも音楽でも主張や現状についてその全部をまんま克明に描いてしまうんやなくて、あえて少し視点をズラして含みを持たしたような表現が好きやったらしい。
その考えはよくわかる。聴く側の勝手な想像とストーリーの脳内補完によってその人だけの曲が完成する。
あと、彼は全国を又にかけたライブ活動を死ぬまで続けとった。
彼いわく「今のミュージシャンは新譜を録音して、じゃあいっちょライブでもやるかって人が多い。僕はまずライブありきで、その合間に時間ができたら録音する。」
そんな長いライブ生活に伴い全国津々浦々を訪れ(彼はドサ回りとも揶揄)、またプライベートではヨーロッパにもよく旅へでとった彼の旅先での面白話の数々も、非常に興味深かった。
彼の旅行者てしてのスタンスはかなり僕自身も共感できる部分があった。
特に「名所旧跡よりも酒場で街や人を眺めながら、その土地の酒を飲むのが好き」ってとこはほぼ同じである笑。
ちなみに、彼は長崎が好きやったみたいで、バーボンストリートブルースの巻末辺りに彼自身が撮影した長崎の古い写真が掲載されとった。
「あみだ堂」なる仏壇屋がその看板と共にはっきり写ってたものの、さすがに正確な場所はわからんかった。
注釈によると思案橋周辺とのこと。
あみだ堂自体はまだ営業されてるみたいやけど、店舗が今も同じとこにあるんかは不明である。
高田渡の鳴らす音楽に対しては、フォークというカテゴライズがなされるんが一般的である。
が、それはあくまで便宜的なもんであって、普遍的な民衆歌という意味のフォークソングでこそあれ、いわゆる日本の「フォーク」とは全く異なるものやと思う。
やはり彼は一貫して「高田渡」というジャンルの音楽を演奏し続けた人でしょう。
まだ観てへんけど、「タカダワタル的」という映画が撮られた理由も至極理解できる。
ふと、後ろを振り返ると
そこには 夕焼けがありました
本当に 何年ぶりのこと
そこには 夕焼けがありました
あれからどのくらい 経ったのか
ひとつ足を 踏み出すごとに
影が 後ろに 伸びていきます
今日も一日が終わろうとしています
指でひねりゴミ箱の中
電車を待っているところ
何もなかったことにしましょうと
今日も日が暮れました
あの娘の胸に突き刺され
西も東もわからない
行けども行けども見知らぬ街で
これが東京というものかしら
だから僕も もう聞かないよ
お銚子の隙間から 覗いて見ると
そこには幸せがありました
二人お酒を飲んでいました
そのとき月が 話しかけます
もうすぐ夜が明けますよ
久々の更新です。
最近ニコ生ってのをたまに観てます。
で、「沼田としや」くんというプロ目指してるミュージシャンの放送をよく観るのですが、彼がなかなか素晴らしい曲を演るんです。
スタイルとしては弾き語り。
歌詞が素敵で、内容は自分の気持ち直球な感じなんですが、そこに彼の大好きなフォークソングの詩的な表現がなされていて、なんとも切なさを共感できてしまう。
悪いことはいいません、ニコニコアカウントもってるひとは一度聴いてみてください。
コミュ↓
http://com.nicovideo.jp/community/co524052
公式サイト↓
http://hp17.0zero.jp/372/toshiya1048/
とりいそぎ。
また今度詳しく紹介します。
ただし、彼の放送で俺を発見してもそっとしといてね。

学会発表の為に先週の金曜日から行ってたのです。
今回もいつも通りの手際の悪さと計画性の無さでグタグタ過ぎる旅でした。
でもソレでイイと思ってます。
日曜夜には横浜在住の仲田先輩に横浜を案内してもらいました。何度か行ったコトはあったけどやっぱ素敵なトコですよね。
氷川丸はとてもカッコいい。あと仲田先輩には中華街にも連れてってもらって。ごちそうさまでした。
やっぱ旅の醍醐味はそれがモノであれ人であれ 「出逢い」ですよね。
今回も色んな人と出逢いました。
京大でスズキの研究をしてる富士くん
水産海洋学会員の皆様
miubarの三浦さん
役者の外間さん
某バーの皆さん
麻布十番、レ・シュー
浅草、CUZNのナオミさん(元彼はセネガル人)
アメスピが似合う三重県出身のイカしたお姉さん
エビスビールを気に入ったサンディエゴ出身の英語教師の兄さん
皆様、本当にありがとう。
楽しかったです。
普通の釣竿でのシイラ釣りってのもナカナカ面白かったです。
結構前の話題になるのですが、キング・ソロモンことソロモン・バークが亡くなりました。
僕はバークについては特別詳しいわけではないのですが、またもソウル界のレジェンドを一人失ったと思うととても悲しいです。
僕が黒人音楽を好きになったきっかけは映画「ブルース・ブラザース」を観たことでした。
この映画の中でカバーされた「Everybody needs somebody to love」は当時ウィルソン・ピケットかエディ・フロイドの曲やと思てたんですが、バークの曲やったんですね。
今でも大好きな曲です。
高校のころ映画館に観に行った「Lightning in a bottle」で「Down in the valley」を熱唱する姿で、僕は初めてバークを知りました。
今年の5月には初来日も果たし、まだまだ元気やと思ってたんですが・・・。
あの200キロはありそうな巨体を揺すりながらの、どこかゴスペルや教会での説教の匂いのする歌。
なんとなく体を揺らしてキモチいいなどという生易しいことはさせない。
そんな魂揺さぶられるステージを是非一度生で観たかったものです。
悪いことは言いません。
一度聴いてみてください。
前述の「Lightning in a bottle」で。
曲は「Turn on your love light」。
ボビー・ブランドの名曲のカバー。教会のよう。
歳は60代前半ですね。
少し若いキング。
代表曲「Down in the valley」。
往年の名曲のカバーメドレー。
バークが歌うマスタング・サリー。
なかなかいいもんだ。
どーすか!?
素晴らしい。
こちらも代表曲「Cry to me」
時は1962年。
この時代のアメリカの空気が少しは伝わってくる気がします。でも色あせない。
僕がウカウカしてるうちにウィルソン・ピケットもレイ・チャールズもジェイムス・ブラウンもそしてキング・ソロモンも死んじゃった。
急がんばかな。
今日の長崎の朝はかなり秋の匂いがしました。
夏っぽさは完全に無くなりましたねぇ。
今年はあんまり夏エンジョイせえへんかったなぁ。
ギンギンに冷やしたジンを飲みながら海辺でレゲエでも聴きたかった・・・。
てゆうても僕、レゲエはボブ・マーリーくらいしか知らんのです。
ボブは大大大好きですけど。
やっぱボブはロック畑の人たちにも大いに認識された存在ですよね。
というよりロック史に名を残す人でしょう。
やっぱ、ウン、なんだかんだ「One Love」が大好きやな~
「stir it up」もイイね。
だれか僕にレゲエを、ラスタファリズムを教えてください。おすすめアーティスト等、お待ちしております。
今年の秋は久々にブランド鮭「銀毛」のメスとオスを丸々1尾ずつ取り寄せようかと。シャケパを開きます。
地元からはるばる訪ねてきてくれたのは、家出してきた高校時代の友達以来二人目でした。嬉しかったです。
僕の都合でごく短期間しか遊べませんでしたが、懐かしい話や音楽の話などで盛り上がり、とても楽しかったです。
僕は記憶力が非常に乏しいので、小学校時代の記憶など、非常に曖昧です。
南桜塚小学校に通っていた記憶はあるんですが、どんな風に過ごしとったかとか、どんなヤツがおったかとか、、彼の記憶量の半分しか頭に入ってません。
恐らく2、3年もすれば自分が何組やったかとかも忘れるでしょう。
ちなみに彼の希望で音浴博物館へ行ってきました。
http://<WBR>onyoku.<WBR>org/
初めて九州へ来た観光客が行くには非常にマニアックな場所、、というより観光地ではない笑
でもココは冗談抜きでスゴいんです。
長崎に住んどって音楽好きの人は絶対に行ってみてください。
あそこにあるオーディオ機器、膨大なレコード、アンティーク、全てお金には換えられない凄まじさがありますが、お金に換えても実際スゴいはずです。
しかも全部実聴可能。というかLP・SPは全て「勝手に聴き放題」。
なんとも交通の便の悪い山中にあるんです。
確かにあんなもん、都会にあったら、すぐ盗難にあって博物館の運営ドコロやなくなると思います。
カステラ、ちゃんぽん、魚介類、トルコライス、ミルクセーキと時間無いワリに王道も楽しんでくれたかと思います。
次は地元で会いましょう。
年内に1度は大阪に帰ろうと思ってますんで、誰か相手してください。
それにしても・・・小学校5、6年で仲良くしてくれたあの子は元気にしてんのかが妙に気になって、、、何故かって、とってもかわいかったから笑。中学別やったからなぁ。
あと前述の家出男も現在消息不明です。
園芸高校卒業のK林太くんです。小林Hくん、生きてますかー?
随分と間が空いてしまいました。
最後の御方は「キーボー」こと、上田正樹さんです。
京都出身のソウルシンガーです。
一般的には80年代前半の「悲しい色やね」の大ヒットで有名です。
上田さんの最近の楽曲については、恥ずかしながらあまり知りませんが、私は彼のソロ以前、バンド時代が特に好きです。
その名も「上田正樹とサウス・トゥ・サウス」。1974年結成。
当時、家出してきた上田さんとバンドメンバーは大阪の『ミナミ』でいつも過ごしており、皆『アメリカ南部』の音楽が大好きでした。
『ミナミ』から『アメリカ南部』。
これがバンド名の由来だそうです。
当時関西ではブルーズブームが起きており、憂歌団やウェストロードブルーズバンドなどと共に関西ブルーズブームの中心的バンドだったといわれています。
ただ、もろブルーズ!って感じの憂歌団と比べ、サウスはソウルとブルーズ半々て感じです。
オリジナル曲では、若者や庶民、極道、オカマにいたるまで、大阪(特にミナミ)に住まう人間の憂いや生活の苦しみをストレートに、且つどこか能天気に、コミカルに歌い上げたものが主です。
まさにブルーズの歌詞世界ですね。
ソロになってからは前述した「悲しい色やね」がヒットします。
ただ、本人はこのヒット前後、自身の意に沿わない曲を多数発表することになったりすることで大きな戸惑いや葛藤があったと以前TVでおっしゃってました。
確かにそれまでバンドで作ってきた作品と比べ余りにも洗練された都会風味でした。
まぁサウスの楽曲は完全に当時の商業ベースからは「はずれ」ですね。
最近はテレビなんかでもインテリジェンスな紳士風なのに驚きです。
何度かバンド再結成ライブも行われてます。
特に、1991年京都大学西部講堂での再結成ライブを録音したライブ盤「シンパイスナ・アンシンスナ」は個人的に超名盤です。
バンドのことばかり書いてしまいましたが、上田さんはソウルを歌えば
本当に!うまいです。
ソウルの本懐、「魂の叫び」を感じさせる歌い回しは随一です。大阪のノリがそうさせてる気もします。最近ここまで「叫べる」歌手あんまおらんのちゃうかな。
このバンドが短期間で解散してしまったことは本当に悔やまれます。
ここでは割愛しますが、他のバンドメンバーもその後あらゆるシーンで活躍されています。そのへんはまた機会がございましたら。
サウス・トゥ・サウス「あこがれの北新地」
当時は思いのほか有山さん(Gt)のボーカルが前に出てたんですね。
サウス・トゥ・サウス「Opening」
上は75年のライブ、下は前述の91年復活ライブのオープニング。
どうでしょうか?シビれません?
サウス・トゥ・サウス「お前を救けにゆく」
この歌詞。泣けます。
シンプルな歌詞が彼の叫びに乗ることで本当に深み、というより凄みを増します。
上田正樹と有山じゅんじ「俺の借金全部でなんぼや」
08年の再結成時の新録。
再結成ライブ行きたかった~。
「当たれ!宝くじ」
憂歌団の曲です。
憂歌団の木村充揮さん、上田正樹さん、有山じゅんじさんで。
サウスの正木さん、藤井さんまで。
なんて楽しい♪
上田正樹と有山じゅんじ「大阪へ出て来てから」
名盤「ぼちぼちいこか」収録。
91年のライブ盤ではこの曲の前に「今は亡き人生幸朗に捧ぐ―」と言ってました。
サウス・トゥ・サウス「お前をはなさない」
75年のライブでのオーティスのカバーです。音質が良ければなぁ!
91年のライブの音源がYoutubeにないので。
サウス・トゥ・サウス「Ooo Poo Pah Doo」
ニューオーリンズのソウルシンガー、ジェシー・ヒルの曲。
サウス・トゥ・サウス「むかでの錦三」
まさにジャパニーズファンク!!
「女のお前にゃ 見せられない」って詩がイイですよね。
サウス・トゥ・サウス「梅田から難波まで」
これは有山さんがメインボーカルの曲ですな。
このバンドには極めて珍しい清純で爽やかな曲です。
ソロ代表曲「悲しい色やね」
やっぱりこれも名曲ですよね。
実力的にも一番脂ののってた時期かもしれませんね。
最後に本家本元オーティスの「お前をはなさない」です。
このメロディはバラエティ番組なんかでよく使われてますんで、結構聞いたことあるんじゃないでしょうか。
前回の続きであります。
今回は清志郎さんのコト。
まぁこの御方に関しては今さら僕がウダウダ書くことはあんま無いと思います。
前回挙げた3人の内、最も知名度も高いかと思います。
清志郎さんに対しては日本のKing of Rockn'rollといったイメージの方が一般的かもしれません。
でも私は、彼の素晴らしいソウルシンガーとしての側面も非常に大きいと思うのです。
僕が清志郎の曲を初めてちゃんと聴いたんは、中学くらいの頃やったと思います。
曲は「トランジスタ・ラジオ」。
-Woo 授業をさぼって Yeah 陽のあたる場所にいたんだよ 寝ころんでたのさ 屋上で タバコのけ
むり とてもあおくて 内ポケットにいつも Oh トランジスタ・ラジオ 彼女 教科書ひろげてる
時 ホットなナンバー 空に溶けてった♪
って笑。
なんて気だるげで、熱くて、爽快で、瑞々しいんやろ。
僕がこの曲の本当の魅力に気付くのは大学入ってからですが笑
清志郎の歌声って歌唱力が高いだの低いだので語れる気がしません。
ホントに唯一無二だと思います。
そういう意味ではロックを強く感じます。
もう生で観ることが叶わないのが残念でなりません。
The Dock of the Bay / 忌野清志郎 with Booker T. & the MG's '92
オーティスの名曲 The Dock of the Bayのカバー。
なんとバックにはBooker T. & the MG'sを従えて。
この動画観てると泣きそうになる。
トランジスタ・ラジオ
ラジオって大好きです。
タバコの煙とても青くて って大好きな表現です。
REMEMBER YOU / 忌野清志郎 with 甲本ヒロト
清志郎とヒロト。
好きなものが2つ一緒になった。
まさにカツカレー。イチゴ大福。
スウィート・ソウル・ミュージック
ソウル好きだった僕にとってこの曲はシビれました。
前回記事に書いた柳ジョージさんは、まさに黒人さながら!な感じですが、清志郎は清志郎節で歌ってるんがまたたまりません。
スローバラード / サンボマスター with 忌野清志郎
超超超!名曲、スローバラードをサンボマスターと。
僕は あの子の寝言を聞いたよ ホントさ確かに聞いたんだ という歌詞に泣きそうになります。
デイ・ドリーム・ビリーバー / ウルフルズ with 忌野清志郎
こちらはウルフルズと。
モンキーズのデイドリームビリーバーのカバー。
以前、この曲の「彼女」とは母親のコトだと、なにかで読んだ気がします。
満月の夜
最後に隠れた名曲を。
僕はこの曲が一番好きかも知れない。
映画のサントラです。
動画貼りすぎてしまいました。
清志郎って、切ないし、悲しいし、楽しいし、熱いし、暑いし、、、、。
まぁあまり沢山思いつきませんが、およそ音楽に対して用いられる形容のほとんどが当てはまるんじゃないでしょうか。
僕はブルーズだとかソウルといった、黒人音楽の類が大好物です。
これらはアメリカ発祥の音楽ですが、日本にも多くの素晴らしいバンド、シンガーがいます。
今回はそんなアーティストのうち、(勝手に)男性ソウルシンガーのトップ3だと考えている以下の方たちの話。
・柳ジョージ
・忌野清志郎
・上田正樹
この御三方を僕が聴き始めた時期は全てバラバラでした。
なんせ一聴すると曲の雰囲気が全然違うのです。
しかし、後に僕自身知識を得て、それぞれのルーツやカバーしているアーティストの共通点などを知り「なるほどなぁ」と思ったものです。
余談ですが、僕はそもそも柳さんや上田さんのファンでありながらジャンルもよく知らずに聴いていました。
高校生の頃にブルースブラザースにはまり(むしろここから洋楽にはまりました)、そこで初めて自分がそれまで好きだったアーティストが同じルーツであったことを知り、音楽の奥深さに感動したものでした。
(以下敬称略)柳ジョージの作品には横浜を舞台に又はイメージした歌詞が多く存在します。
そしてめっちゃキザ且つハードボイルドです。
バーボンとビーフジャーキーだけで生きてるんじゃないでしょうか(笑
生活臭なんて微塵もしません。
ソウルフルですが「ガッタガタガタガタ」とか叫ばないと思います。
とりあえず僕はこんなに歌唱力の高い日本人ポップシンガーを知りません。
柳ジョージさんは、ソロとしてよりもバンド「柳ジョージ&レイニーウッド」としての作品のほうが有名ではないかと思います。
代表曲は「雨に泣いてる」、「酔って候」、「青い瞳のステラ 1962年 夏・・・・」あたりでしょうか。
サム・クックのカバーも多いですね。
「和製クラプトン」とのニックネームがありますが、僕的には「和製サム・クック」でもピッタリだと思います。
柳ジョージ 「(Sitting On) The Dock of the Bay」
オーティス・レディングのカバー。
言うことなし!素晴らしい!
青い瞳のステラ、1962年 夏・・・・
青い瞳のステラはBEGINもカバーしてました。
FENCEの向こうのアメリカ [ 歌詞 ]・柳ジョージ
BEGINの「ハイサイ カリフォルニア」と対比してみるのも面白い。
江利チエミ、柳ジョージ&レイニーウッド テネシーワルツ 1981
チエミさんとのコラボ。
もうたまりませんねぇ。このアレンジはサム・クックのものが基になっているかと。
僕は柳ジョージは幼少の頃から親の影響で聴いており、ファン歴=年齢ともいえます笑
以前、50代後半の横浜出身の方とお話する機会がありましたが「私らの世代のハマの人間にとっては正に青春、当然ファンですよ」とのこと。
ちなみにその方は沖縄の離島でダイビングショップを経営されています。
残りの御二方に関しても書くつもりでしたが、体力が尽きてしまいました。。
また後ほど描かせて頂きます。
本日JICAの青年海外協力隊、春募集の合格発表がありました。
結果は合格。
これで2年間、海外での生活です。
派遣は来年の夏ごろでしょうか。
お世話になった方々へ、心よりお礼申し上げます。
以前にも書きましたが、今年の1月中旬から約1ヶ月間、補助調査員のアルバイトでオーストラリアへ行ってきました。
その時の写真をいつかブログにアップしようと思ってたんですが、すっかり忘れて随分時間も経ってしまいました。
これから写真を見ながらそん時の記憶を探って、思い出をボチボチ書いていく、、、かもしれません。
1月16日
まず福岡空港から成田空港へ。
成田空港で調査員の方々(IさんとSさん。ちなみに初対面。)とスタバの前で待ち合わせ。
無事合流でき、共にオーストラリアはパース空港へ向けて出国。
機内は退屈やったから、隣席の女の人と少し雑談。
少し歳いってたけど割とキレイな人やった。
パース空港到着。
日本との時差はキッカリ1時間。
無料でネットができるPCが空港内の数か所に設置されてるんには驚いた。
あと自販機で買ったペットボトルのスポーツ飲料が高いんにも驚いた。
4.50$くらい。
Iさんによるとそういった食品は輸入物が多いから高いらしい。
なるほど。確かに乳製品、肉、野菜、果物なんかは安かったしなぁ。
パースで乗り継いで今回拠点とするオーストラリア南西部のエスペランスっちゅう街の空港へ。
現地コーディネーターのジョンと待ち合わせ。
しかしオーストラリアに着いてから「スーツにネクタイ」の男を全くと言っていいほど見ぃひん。
といったコトに気付き、いよいよオーストラリアが楽しくなってきたトコロでジョン登場。
例にもれずTシャツ短パンのラフな格好。顔つきから判断するにイタリア系かなぁ。
これから数日はホテルに泊まり、調査準備を行いました。
準備はジョン家のガレージで行い、たいてい飯もジョンが連れて行ってくれました。
ジョンの家の近くの道からの風景。
右の方に写ってるのは人やなくてイルカやったと思います。
ジョンの家のガレージにて調査の準備。
船に積み込む荷物の整理が主な作業。
ジョンは古いランクルに乗ってました。
今回お世話になる船「St.ジェラード」。
船長はトンク。かなりデカイです。トンクが。
普段この船はロブスターを獲ってるらしいんですが、今回はこの船で曳縄を行います。
大量に積み込まれたのエミュービール。
オーストラリアのビールは「フォーエックス」くらいしか知りませんでした。
毎日の調査終わりのコレがメチャクチャうまいんです。
街のカフェにてランチ。
野菜たっぷりのキッシュパイでした。ナカナカ旨かった。どうもオージーはパイ料理が好きみたいで、この手の料理はよく目にしました。
オーストラリアで飯食うと必ずと言っていいほど付いてくるんが、フレンチフライです。
こっちの人にとっては主食主食感覚のようですね。
スーパーへ買い物へ。
日本では見たことないような野菜が並んでます。
興味深い。
野菜や果物は日本より安くて、味も良かった気がします。
出ました。
オーストラリアの国民食、「ベジマイト」。
オージーはトーストにコレとバターを塗って食べます。
味は・・・うーん、結構コクがあって、バターとトーストに深みを与えます。
ただし、メッチャ塩辛い。
僕はイケますが、たいていの日本人の舌にはNGのようです。
酒屋さんにて日本との面白い違い発見。
ジャックやターキーなんかのバーボン(スコッチもあったかも)を最初からコーラやジンジャーエールで割ったものを瓶で売ってるんです。
こっちの大衆的なパブで「ロック」を注文したらバーテンダーに「え~と、それはえ~、つまり氷だけ入れたらええんかな?」と聞かれました笑
釣り具屋にて。
商品名とイラストからその高い効果がうかがえます。
あとすごく臭そうです。
ジョンの奥さん、グレイスさんが夕食に招待してくれました。
画像にあるのはチキンの炒めものと温野菜、ライスですが、他に刺身もありました。確かピンクスナッパーと言っていたので真鯛やと思います。
この翌日より出港、調査開始です。
セントジェラードに乗り、毎日魚を獲って18日間船内で暮らします。
只今の脳内BGM
ロックンロールは鳴り止まないっ / 神聖かまってちゃん
先週東京へ行ってきました。
JICAの青年海外協力隊の二次試験で。
東京に用事があっていったのは空手の試合で行ったことがあった程度なんでゆっくりしたかったんですが、時間がありませんでした。
つーか怒涛の一週間でした。
対馬での調査から夜帰ってきて次の日には東京へ、んで試験受けてスグ長崎へ帰ってきてゼミ発表やったんで。
関東圏には会いたい人がようけおったんやけどなぁ。
でも東京楽しかったです。
幡ヶ谷ってとこに泊まったんですが、近くのたまたま入ったバーで素敵な出会いが。
そこのマスターは長崎出身で、尚且つ横で呑んどった人がマグロ漁船の船長とのこと。
いやぁ、盛り上がりました。
盛り上がり過ぎて試験前夜っちゅうのに呑み過ぎるとこでした笑
やはり旅はするもんですね。
翌日試験終わってから恵比寿駅近くの「たつや」ってゆう焼き鳥屋で一杯。
東京ってゆうたらもっと味が濃いんかと思とったら、意外とあっさり。
そこは焼きとりとは書いてあるものの使ってる肉は豚肉とのこと。
からしを付けるのが新鮮でした。旨かった。
あと店の人がビートたけしと同じしゃべり方!
他の客と店員が少し揉めた時は「江戸弁怖えぇ」と思いました。
試験の結果が出るんは少し先です。
もし受かってたら軟骨にもいっぱつ開けようと考え中。
福岡あたりで誰かいいピアススタジオ知りませんか?
あ、あと!
スカジャンのチケット完売!!
やばい・・・。
すぐネットオークションで探したけど高ぇ。
でも今年はホンマに行きたい。
スカジャン行けるんも最後の年かもしれへんし。
うーん。。。
↓ロックンロールは鳴り止まないっ
初めて聴いたときは「割とエエ曲やね。」
なんとなく2回目「なんか心に残るなぁ。」
3回目「なんでだ 全然なりやまねぇ!!」
エエ曲です。
神聖かまってちゃん「ロックンロールは鳴り止まないっ」
そりゃ。
ジャッキーですよ。
成龍ですヨ。
数日前からジャッキーが出演している昔の映画を借りて観てます。
ここ数日で酔拳、蛇拳、プロジェクトA、五福星を観ました。どれも観たことあるやつばっかりで、特に酔拳、プロジェクトAは昔何回も観ました。
マジで懐かし面白い!
あの独特の格闘!あの広東語!あの動けるデブ!あのB級感笑!
あと酔拳は師匠との修行の日々がすごく暖かい!普通に名作やねん。
そしてどの作品も全く頭を使わんでも観れる内容笑
師匠役で有名なシャオティエンが師匠として出演してんのは意外に酔拳と蛇拳だけやねんな。
殺し屋鉄心のウォンや師範代のセキ大好きです。
サッカーも少し観てみようかとも思ったんですが、鷹爪拳と蛇形拳最後の闘いの時やったから断念しました。
次は、ポリスストーリー、スパルタンX、ヤングマスターあたりかなぁ。





















