今までに、実際取り組んでみて自分自身のそれらへの情熱の無さに驚かされることは何度もあった。
そういうことを改めてじーっと考えているとなにか絶望感のようなものを伴った放心状態になる。
で、結局はその度に、それらのモノは相変わらず好きだし、生きてる間はそれらのモノをやっぱり楽しみたいしむしろそれらのモノが自分の生活を楽しいものにしてくれてるんだという気持ちに行き着いちゃう。
コートニーは、自殺するやつなんてただのナルシストよ、っていうようなことを言ってたけど、確かにこの手の悩みとか外部要因のない絶望失望なんて自意識からくるもんだと思う。
それはそうと、こないだダカールでレバノン料理というやつを初体験。
美味かったけど、ちょっと酔っ払い過ぎで料理名とか全く覚えてないので、再訪しなければ。
加藤和彦率いるフォーククルセイダーズ。
悲しくてやりきれない、帰ってきたヨッパライ、などの曲で有名です。
この曲は再結成時に新たに作られた曲で、旧メンバーは加藤和彦、北山修、そしてアルフィーの坂崎幸之助が加わったものでした。
当時はこの再結成は結構話題になり、「再結成解散記念コンサート」はテレビ放送もありました。
この曲を初めて聴いたのは恐らく高校生の頃。
死生観というのはとかく時々刻々と変化していくものらしいので、この曲は意識して定期的に聴いてみたりしています。
ちなみに現時点で、初聴の高校生当時とあまり違ってきこえるということはありません笑
この曲の作曲をてがけた加藤和彦。
その死は大きく報道されました。
自らの手でその命を絶つ瞬間、彼の脳内にこの曲は欠片でも流れていたのでしょうか。
彼は音楽に生かされたのか。音楽に逝かされたのか。
この曲を始めて聴いたとき、久々にこんな濃厚な青臭い曲聴いたなーと思いました。
日本のインディーズバンド、pegmapの曲です。
僕は九州に住んでいたので、なかなかこのてのインディーズバンドに生で触れる機会が無かったのが残念です。
歌詞や雰囲気はロックミュージックでは定番である自己愛や鬱屈した日々を感じさせます。
自分(とあの子)以外は別の速度で別の方向へ流れて行ってる感じ笑
フォーク、ニューミュージック台頭以降の日本の音楽ではもはや当たり前のことですが、気持ちいいくらいに自分とごく近い周辺のことしか歌ってません。
すごく妄想が広がる曲です。
何かスゴク個人的な事件があって、自分の生活もいつも目にしてる物さえも川って見えてしまい、でもそれは別に(自分以外の)外の世界からしたら大した事件でも何でも無くて。
ボリス・ヴィアンの同名の小説との関連性の有無は知りません。僕はこれ、未読ですし。
僕はこの曲、ある意味可愛らしいと思います。
あ、たまにこんな風に自分の好きな音楽のこととか書いたりしてますが、僕の書く感想や曲の解釈なんてのはなんの根拠も無いし、あくまで僕の妄想であったり脳内補完であったりなので、あまりまともに受け取らないでもらえればありがたいです。そんな人いないとは思うけど。
今日は満月でしょうか。
外がめっちゃ明るいです。
世代を問わず知られた菅原都々子さんの代表曲です。
以前ウィキで読んだ記憶だと、菅原さんは第1回紅白歌合戦出演者のうち、今となっては唯一ご存命だそうです。
驚くべきことに今もって活動されているとのこと。
こういう古さを感じさせない詩はいいですね。
素朴な風景が浮かんできますが、今の人間とさほど心情に開きが無いんだなぁと思ってなんかロマンチックな気分になりますよね。
やたらと難解にしなくとも、詩的なところが素敵です。
さすがに時代がかった伴奏が耳に馴染まない、という人は、一青窈さんなんかもカバーされてるんで、是非聴いてみてください。
初めて聞いたのはおおたか静流さんのカバーだった記憶があります。
洋邦・新旧問わず、歌詞に月が出てきたり、月を題材にした曲は沢山ありますよね。
ビル・モンローの有名な曲に「ケンタッキーの青い月」ってのもありました。
これまたウィキによるとブルームーンという言葉には様々な意味があるそうですが、僕の知っていた用法としてはやはり「めったに起こりえない希なこと」、「できない相談」でした。
完全にカクテルの影響ですw
普段、カクテルを飲むことは少ないのですが、コレは名前と見た目が大好きなのでたまに飲みます。
みんなのいる所からもイイ月がみれますよーに。
友部正人さんの曲。
彼の代行曲はやはり一本道だろう。
ガガガもデビューアルバムでカバーしてました。
個人的には、なぜか年末に聴くとやけにグっとくる曲です。
で、この「朝の電話」って言う曲は2005年くらいかな?
比較的新しい曲です。
故・高田渡さんを偲んでの曲らしい。
この2人は関西フォークシーンで交流があったようだ。
友部さんは中津川フォークジャンボリーにも参加してたそうだし。
彼の楽曲のなかでは、比較的シンプルでわかりやすい歌詞だと思う。
それでも彼が歌うと違うんだな。
なんかいい言葉ないかな。
大きいけど、澄んだ圧力みたいなものがググーっと。
爆裂スライドギターおやじ、ハウンドドッグ・テイラーの代表曲ともいえる一曲。
歌詞は「おれのヅラを返せ」というなかなか下らないというか、ブルース的というか。
有名なブルースマンなんてのは基本的に強烈すぎる個性を放っているものですが、そんななかでも彼は特に強烈です。
変態じみているといってもいいかもしれない。
そこんところは、聴けばわかると思います。
僕はギターの技術的な部分に関してはあんまり明るくないですが、それにしても下品なスライドギターです笑
ブルースマンにしてはパッとみは線の細い彼ですが、ほんとにハジけまくってます。
youtubeにもあると思いますが、レイ・チャールズの What 'd I Say もカバーしています。
これがまたもうメチャクチャ好き放題、とにもかくにも爆裂スライド。
そんなちょっと異端の雰囲気漂わす彼ですが、考えてみればエルモア・ジェームス直系の進化の結果ですよね。
シカゴブルースの大御所といって問題ないと思います。
彼はセールス的には晩成の人物で、注目を浴びるのは50歳を過ぎてからだったそうです。
あ、そういえば、彼は生まれつき左手の指が六本ありました。
邪魔だったでしょうね、ギター弾くには笑
彼の死後、2004年発表の未発表音源集、"Release the Hound" の邦題は "この猟犬スライドに憑き"。
意訳邦題も捨てたもんじゃないですよね。
僕がこの偉大でおバカなバンドの曲について書いてもおこがましいのですが。
この曲を録音したころはヴォーカルのイギーは22歳くらいでしょうか。
分類するなら、ガレージやプロトパンクになるのかな。
イントロからもう不穏な空気満々で、当時のニューヨークを中心としたアングラミュージックの雰囲気に思いを馳せてしまいます。
ロカビリー、サイケに次ぐ新時代の幕開けを予感させたのではないかと思います。
かの Sex Pistols のシド・ヴィシャスは「オレはイギーのように生きるんだ。30歳までには死ぬんだ」と言っていたらしい。
が、その発言の時点でイギーは30を過ぎていた笑
実際にはシドはさっさと逝ってしまって、逆にイギーは今も現役、息の長い活動を続けているから面白い。
ちなみにこの曲名をそのまま、ケータイのメアドに使っていたことがあるのですが、「え、犬になりたいの?なに、大丈夫か?」というメールが何人かの友人から送られてきました笑
とにもかくにも、ロックの原初的な衝動に満ち溢れています。最高!!!
素敵なPV。
”純音楽家” を名乗る彼。
ジャンルとして分けるなら「日本のフォーク」畑出身になるんだろ うが、当時の音源を聴いてもそういった当時の潮流を無視したような音楽
を生きてきたように思える。
いわゆる日本のフォークってのは本来のフォークソングとは違ったジャンルであると思う。
ロックとの距離感が全然ちがうんだ。
思想であったり機運であったりそういったものからかけ離れた雰囲気を醸し出しているあたり、純音楽家というのも言いえて妙だと思う。
しかし96年の曲とは思えないアングラフォーク感を漂わすこの曲。
なんでだろ。「友よ」と歌うところにそれを感じるのかもしれない。
巷にあふれる応援ソングには出せない圧巻のパフォーマンスだ。
youtubeで音楽関連いろいろ観てました。
もし暇だったらひとつくらい再生してみてね。
動画タイトルは誤りですね。
西岡恭蔵ではなく大塚まさじですね。
作詞作曲は西岡恭蔵だったけね。
中学生の頃、その埃っぽさに憧れました。
宇宙へ叫べ!純音楽家!
定期的に聴いてしまう。この映像、テレビのオンエアー録画して何度も観たなぁ。
「私は風」っていうフレーズを最初聞いたときは安っぽく聞こえたけど。
もう二度とそんなことは思いません。
かわいらしくすら思える詩です。
ジャズアレンジ。
結婚してくれ。
リンゴつながりで。冴えてます。こういうラブソング大好き。
いわゆるガールズバンドってあんまり聴かないんですけど。つしまみれは好きだなぁ。
ちょっと、どしたん?てくらいカッコいいと思う。
彼を聴くとニヤニヤしてしまう。楽しい。
今、柳ジョージの訃報が届いた。
飯食ってる最中だった。今も食い続けてる。でも吐き気もする。
結局一度も生で観ることができなかった。
多分、俺が人生の中で一番長い間聴いてきたアーティスト。生で観ることはできなかったけど、「彼が今も現役で活動して
いる」ということは俺にとって大きな意味があった。
「裏通りの古い Bar はとうに潰れたけど 今夜も男たちはドアを叩くだろう 此処を開けてくれよ 一杯だけでいい 暗い夜
から逃げているのさ」
彼の人生はもう終わってしまったけど、俺はこれからの人生何度も何度も彼の曲を聴くやろう。
ちょっと飲んで落ち着きます。
27日にセネガルへ出発します。
先日、約2ヶ月の訓練を終えました。
訓練所、もうバスに乗った皆が出発する頃になって、私泣いてしまいました。ええ。
会いたい人全員にはやっぱ会えなかったけど、、まぁたった2年です。
時間的には大したことないですな。
まぁ、内容的に大きな2年になればなぁとは思います。
当然まだパッキング途中です。
まだ、買ってないものがあります。ふふ。
あ、Skype はじめました。よかったら是非。
そういや20日出発の人たちの見送りに成田まで行って来ました。
いろんな人と再会と別れを。すごく有意義だった。
イイ旅でした。


先日、勝又親子が食事に連れて行ってくれました。
お昼をご馳走になった上に沢山の野菜、草餅、牛乳などを頂きました。
白糸の滝へも行き、牧場でジェラートを食べ。
見ず知らずの静岡で飲んだくれてるだけだったのが、最後に健康的に静岡を楽しめました。
ありがとうございます。
さっき古川さん、サキコと3人でSkypeで通話してみたんですが。
スゴイ時代になりましたね。
スネをかじるどころかしゃぶってしまった気がする。
これでエエわけがない。もとい、このままでエエわけがない。
これから先、本当に全面的な協力のおかげで行けるアフリカで、俺がどれだけ人生の楽しさを生まれてきたことへの感謝を感じれるか。最初にすべき感謝の方法だよな。
テレビのニュースだけでは、被災地の方々の実際の状況は観えてこない。俺には。
音楽なんて聴いてる暇ねぇのか、聴きたくても手段が無いのか、聴く気なんか起きるかバカヤローってカンジなのか。
それとも、音楽でも聴かねぇとやってらんねぇのか、意外と時間を持て余している状態なのか。
地域や個人個人でも違うだろうけど。
わかんないけど、えー、つまり、こんな風に音楽の動画を貼るのは、被災地の、というか今被災地にいる方々に、
何もできない自分への苛立ちであるとか、一方で同じ日本に住みながらもやっぱりあくまで客観的な視点を持ち、感情が大きく昂らない自分自身への漠然とした不安であるとか、
そういったものを少しでも解消する、あくまで自己中心的な行為です。
そういうことにしとかないと。
現在、本当にたくさんの方々が救助を待っており、また、恐らくそれ以上にたくさんの方々が行方不明者の帰りを待っています。
そして、たくさんの方々が捜索・救出活動にあたっています。
どうかこの先、悲しい思いをする人が少しでも少なく済んで欲しいです。
どうか、活動にあたっている方々が危険な目に遭わぬよう願います。
こんな当たり前のコト、書く気は無かったのですが。
やっぱりなんとなく書きました。
ほんとそうだよな。
いろんな人が歌ってるけど、俺の好きなバンドも歌ってるけど。
やっぱこの曲は坂本九だね。
愛が地球を救うとは思えん。
というより人間が地球を「救う」ってのがチンプンカンプン。
でもさ、土星を救うぐらいの気合で愛を持ってたら、少なくとも人間を救うことはできそうだ。と、思う。
などと言ってみるが、この曲は底抜けに明るいんだ!笑えるんだ!「明るくて笑える」ってのは「生きてやる」ってことなんだ!「生きる」ってのは「感謝」なんだ!
俺は残念ながら、九州にいながらにして「励ましの言葉」なんてかける度胸はない。ヘタレ。
「慰めの言葉」も思いつかない。誰にも過失なんてないのに慰めれんよ。
「こうしたらいいかもよ?これ聴くと元気でるかもよ?いや、わかんないんだけど。ごめんね。」ぐらいが限度だ。
ね?俺が自分の不安を解消するだけのもんですよ。
日が昇ってきました。
あ、あと最後に。
「不謹慎」という言葉をいたずらに拡大解釈しない方がイイと思います。
おっさんども、何にビクついてんだ。みっともねぇ。
福岡に向かう。
昨夜は追いコンやった。
福岡にはあんま詳しくない。
でも色々思い出すことは多いよ。
昔は友達と服買いに来たり。
あれは楽しかったよな。
でさ、美味しい珈琲屋さんがあるんだ。
2、3回行ったかな。
ほんとにコーヒーが美味しくて。
シックで清潔感があった。
服たくさん買った後に行くんだ。
今じゃその店の場所覚えてない。
当時から店の場所を覚えてたわけじゃなくて。
服屋巡りながらブラブラしてたらいつもその店の前を通る。
要は大通りに面した結構わかりやすい場所にあってさ。
だから今でもちゃんと探せば、また行けるんだ。そのお店に。
でも。多分行かない。
だめだほんとに泣きそうだ。









