Plumの思い出日記

愛馬クォーターホースのsweetplumと一緒に過ごした16年間の思い出&希少癌と難病患者の独り言

ゴールデンウィーク

2005年04月29日 21時41分05秒 | 愛馬
今年のGWは7連休なのだけど、明日と明後日は再びジンガロ座公演とはとバスで母と小旅行なのである。4日も家のことするので4日間しかplumのために時間をとれないな。 今日もいつものように走路を曳き馬したけど、歩くのはいやだって。10周回るのに40分以上掛かっているぞ。ひどいときには1周5分だもんなあ。もっとやる気出してくれって思うが、無理かなやっぱり。クローバーもっとくれぇ~~という顔だな、これは。
 
 
    
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馬の思い出48~毎朝クラブへ通う日々

2005年04月08日 23時58分49秒 | 蹄跡

休養の為にと移った先のM乗馬クラブは、とても環境のよい所だった。

貸し馬屋に移ったときは、なかなかそこに慣れるのに時間がかかって3ヶ月くらいは蹄洗場で後引きしたりしていた。 でも、松阪は居心地がよかったのか、すぐに落ち着いてすっかりなじんでいた。 毎週営業の定休日はあるものの、早朝の掃除も変わりなくやるし、放牧もしてもらっていた。休みといってもお客を乗せないだけのことで、365日馬房掃除は休み無く行われいつもきれいだった。 始めの1週間くらいは夕方早めに仕事を終ってからクラブへ通っていたが、ここはいつも早朝から掃除をして夕方は放牧した馬の手入れをささっと済ませ、夕飼いを付け終ると無人になるのだった。 今までのようなパターンではここには合わないようだと思い、私も早朝5時に家を出て毎朝馬房掃除して運動させるようになった。幸いフレックス勤務だったので1時間出勤時間を遅く出来たのだ。 3ヶ月を過ぎ、あまりにもいいところだったのでこのままずっと置いてもらえたらなと思うようになった。

でも、確かここの預託料は毎月15万と聞いていたが、それは競走馬だけで、乗用馬は10万だけだという。それなら払える範囲だったので、迷わず入会して腰を落ち着けることになった。 その頃先生から馬の状態が悪いのは笹針で治すのがいいんだと強く勧められ、あまり気乗りはしなかったが、シンボリルドルフも笹針でよくなったんだと聞いて、それならやってみるかとお願いしたのだった 丁度去勢する新馬がいて、plumが枠場に繋がれて鼻ねじかけられて笹針打たれた後に、新馬チャンは去勢された。が、この獣医さんにしたのは笹針が上手いということだったため、去勢は下手で新馬ちゃんは腫れて可哀想な状態が続いた。 plumも笹針で悪い血を出すはずなのに、あまり血が出なかった。私も友人の鍼灸師に同じような悪い血を出すという治療を受けたことがあったが、やっぱりあまり出なかった。私には針よりも温灸の方が合ってるねと言われたが、plumも針よりもお灸の方が良かったのかな? 12月の寒い時期で毛刈りした後だったのに、馬着は着せちゃいけないといわれ、3日間も馬房の中で張られて寝ることも出来ずにいたよ。何でこんな目に遭わなきゃいけないんだろうと思っただろうなぁ。

 それから少しずつ運動を始めるようになり、先生から徒歩作業を教わるようになった。先生は毎年新馬調教をやっていて、3ヶ月間は調馬策と徒歩作業で横の運動を教え込んでいくのだ。私も見よう見真似で横肢を教えてみた。んん~~、乗り手の技術がないもので、馬はちゃんとできるようになったかもしれないけど、騎乗してのそれは「横肢もどき」でしかなかったな・・・。

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馬の思い出47~お引越し

2005年04月07日 10時53分27秒 | 蹄跡

2002年10月5日(土曜日)

丁度4年前の今日だった。4年間お世話になったクラブから保養馬としての余生を送る為、新しいクラブへお引越しをした。M乗馬クラブ時代のplum。

あ~この頃は頭絡に鼻革を付けていたんだった。鼻面が禿げていたのでそこに当たらないよう下の方につけてあるが、15年間を振り返っても10年位鼻革を付けずにいたなぁ。

大丈夫だからとなだめて乗せ、私もすぐ馬運車のあとを追った。

クラブについて新しい馬房に入れられたplumは汗びっしょり。馬運車の中で踏ん張ってたんだな。不安な気持ちで一杯だったんだね。知らない所につれてこられて不安いっぱいの顔のplum。夕飼いまでの時間大丈夫、明日も会いに来るからねって声をかけplumが落ち着くのを待ち、後ろ髪を惹かれる思いでクラブを後にした。これから毎日会えなくなるんだなぁ・・・・・って思うと私も辛かった。初日だから、とにかくクラブ内の勝手がわからず誰がスタッフで誰が会員なんだか?輸送肢巻きを洗って干す場所もわからず、近くにいた男性に聞いたけど会員だったのかなぁ?その後もたま~~~~にしか見かけなかったけど。今まで経営者が自ら馬の手入れをするクラブしか知らなかったから、馬を運んだ後は事務所に引き上げて後は知らんっていうのにはびっくりしたなぁ。普通はスタッフぐらいには紹介するんじゃないのか?あぁ、私は会員資格がないからだったのかもただの保養馬を預けているおばさんに過ぎなかったから。

 

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馬の思い出46~放牧して砂浴びしてご機嫌だった頃

2005年04月06日 09時45分02秒 | 蹄跡

1994年6月27日の放牧のときのplum。

 動画はこちらへ

この頃は放牧はあまりしていなかった。久しぶりに自由になって砂浴びして跳ね回り、体いっぱい喜びを表現しているplum。 もう、13年も前のことなんだなぁ。さすがにplumも若いな~。この年はから梅雨で馬場も乾燥して凄い砂埃だった。寝転んだplumの体が真っ黒に汚れたのを見て、さすがに「汚~~~いっ」と発した声がきっちり撮れていた。毛刈りをしておらず、毛足が長いplumは丸洗いをするときも毛の奥に入り込んだ細かい砂(というより田んぼの土みたいだった)がなかなか取れず苦労したものだ。 ここには1996年2月までいたけど、今はもうない。クラブを閉鎖し同好会を発足して7年後のこと、メンバーが減り解散したようだ。 素人だけでよく7年もやっていたなと思うけど、M乗馬クラブの先生が「あそこの馬は・・・」と馬の状態を嘆いておられた。あの時、クラブを閉鎖と同時に残らずに正解だったと思う。でも、乗馬センターの2年半はあまり好ましい環境でもなかったけどね。

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馬の思い出45~早朝の清々しい思い出

2005年04月05日 09時41分31秒 | 蹄跡

昨日、久々に早朝のすがすがしい空気を吸って、あの頃を少し思い出した。
M乗馬クラブでの4年間。月~金の平日は早朝クラブに行って馬房掃除と運動をやってから時差出勤していた。 最初の2年半は4時半(冬は5時)に起きて車を飛ばして30分。早朝の国道は猛スピードのトラック野郎が多くて、そのころ軽乗用車に乗っていたから、後や横にトラックが来るとメチャ怖かった。引っ越してからの1年半は怖い国道を通らずに15分に時間短縮も出来たのでちょっと楽になった。
土日の朝は少しゆっくり起きて、日頃の睡眠不足(大体4時間半)をカバーしていたなぁ。真冬の早朝って起きるのに辛くはなかったけど、日の出前が一番冷えて、丁度運動始める時間で寒かったなぁ。 真夏は陽が高くなる前は馬場も若干湿り気があり、ほこりも立たずにいい感じ♪だったけど、7時になるともう暑くて駄目。真冬は外の馬場は凍っていることもあった。幸い覆い馬場があったので馬の肢を痛めることなく運動(といっても殆ど曳き馬の方が多かったけどね)が出来た。
移籍後3ヶ月は休養の為だったから特に運動ということはなかったけど、正式に入会後は先生から徒歩作業を教わって、横運動をさせたものだ。でも、そこは素人の付け焼刃だから、ナンチャッテ横運動なわけだけど。 いろんな補助道具も先生に教わって自作したもんだ。ゴーグとかね。買うと高いけどカンタンな構造だからヒモとナスカンなどで作れるもんよ。 で、徒歩作業もやったけど、調馬策運動だけになったり曳き馬だけになったり、馬の調子によって内容は変わって行った。調馬策は策手は円の中心50cmの位置から動いてはいけないと先生に教わったけど、馬が追い鞭の届く範囲じゃないと全然動かなかったから、馬と同心円を描いて私もずっと回っていた。それに昔から左手前はすんなり回るけど、右手前は勝手に手前を変えようとしたり、円馬場で追い運動したら必ず3周くらいで左向きに走り出すのだった。 放牧した時は右手前の駈歩だってちゃんと出していたのに
丁度先生から年寄りの馬を置いておけないといわれた時期に(正確にはその3ヶ月ほど前から)組織の工場移管の話が出て、勤務地を変わるか職場を変わるかの二者択一を迫られていた。人生最大の分かれ道だった。 勤務地を変えればクラブが丁度通り道になり、今までよりも時間的には楽になったが、馬が居なくなった後のことを考えると自宅から遠くなる(1.5倍)し、やっぱり職場は近い方がいいと転勤を断った。 今になって考えても、この判断は正しかったんだと思う。 大殺界に入る時というのは、新しいことを始めてはいけないというし、職場を異動するのも新しいことかもしれないけど、転勤というのは生活圏まで変わってしまうからね。 確かに、2004年は運勢の一番底だったなぁ。仕事でも、馬のことでも、生活面でも・・・。
あの頃の充実した毎日は私の運勢でもピークだったんだな。でも、体力的にはやっぱりきつかったんだよね。限界だったのかもと思う。だんだん無理が利かなくなってきてたしなぁ。 この4年間という密な時間を過ごせたことは私の宝物になっている。いろいろと悩みもあったけど、ありがたかったことも多くて、いい経験をさせて頂いたと今でも先生には感謝の気持ちでいっぱいだ。幸せな時間をありがとうございました。

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