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SWAN日記 ~杜の小径~

ベルばら三が日SS/残像(1)

ベルばら三が日SS/残像(1)

《2016年の三が日にヤプログにUPしたSSです》

◇◇◇

1789年夏。
ジャルジェ家は静かだった。
澄んだ青空の下、そよぐ風が庭園の薔薇の花弁を揺らしている。
その凛とした白薔薇は今は亡きジャルジェ家の次期当主であったオスカル・フランソワを思わせた。
咲き誇る白薔薇達の周りには色とりどりの薔薇達。
白薔薇達を守るように囲い合って咲き誇る薔薇…彼女の従者であったアンドレ・グランディエのようだった。
あの、7月の夏の日。
13日の朝。衛兵隊の出動命令を受け、ジャルジェ家を出て行った二人。
いつもと変わらぬ朝に思えた。
両親とばあやに挨拶をするオスカル。
祖母に挨拶をするアンドレ。
二人が屋敷を出て、部屋の清掃にやってきたオスカル付きの侍女は首を傾げた。
いつもと変わらないオスカル様のお部屋。
でも何か違う気がした。
いつもより整理整頓されているようなお部屋。
オスカル様の残り香が微かに残る。
侍女から話を聞いたばあやはオスカルの部屋を見て首を傾げ、アンドレの部屋を訪れると、こちらも妙に片付いていた。
そして。
フランス衛兵隊として出動した二人がジャルジェ家に帰ってくること無かった。
衛兵隊は民衆側につき、13日にアンドレはオスカルを庇う形で撃たれ、14日にオスカルが撃たれ、二人は亡くなったとの知らせが届いたのは15日の夕刻だった。
知らせを受けた当主は目を見開き、末娘の肖像画を見つめて涙を堪えるように瞳を閉じた。
夫人は両手で顔を覆い、その場に泣き崩れ。
柱の陰で聞いていたばあやも声を殺して泣いていた。
その日から、ジャルジェ家はひっそりとしていた。
末娘と従者の謀反の責任を取る形で当主は謹慎を受け、屋敷内の自室に籠っている。
夫人とばあやはベッドに籠りがちになった。
使用人達も廊下の隅で涙を拭いながら、己の仕事をしていた。
時折、二人の為に花を手向けに来る者達がいる。
二人は民衆側について命を落としたのだ。
貴族ゆえ表立っては来られない為、日暮れ時に静かに訪れる者が多かった。
男女問わず…屋敷を訪れる者達を静かに迎え入れ、特殊な生い立ちであった今は亡き次期当主が慕われていたのだと思い知らされた。
静まりかえり、沈黙が続いているジャルジェ家。
オスカルとアンドレがいなくなって二週間。
ジャルジェ夫人はオスカルとアンドレの死を受け止められずにいた。
もしかしたら、何処かで生きているのかもしれない。
生きていると…そう思いたいのだ。
娘は貴族の身分を捨ててでもアンドレと共にいたかったのだろう。
数カ月前から、娘の変化には気づいていた。
勤務も忙しくて疲れている感じではあったが、幸せそうで、とても美しかった。
特にアンドレと一緒にいる時に感じた。
あぁ…この娘は…と判った。
何処に娘の幸せを願わない親がいるだろうか。
特殊な生い立ちをしている末娘。
普通に女性として生きていれば、今頃は家庭を持ち、子に恵まれ…幸せであっただろうか。
主人が進めた結婚話も蹴ってしまった。
一時期、屋敷に通っていた婚約者…あの近衛隊の元部下だった方も良い男性だと思っていたけれど、きっと末娘はアンドレを選んだのね。幼い頃から兄弟のように一緒にいたのですもの。今さら離そうとしても無理な話。
オスカルとアンドレが出動する為に屋敷を出る朝、末娘は花開いた薔薇のように美しかった。花弁の朝露が光を浴びて美しく彩る薔薇のように…二人は結ばれたのだと確信した。
無言で優しく寄り添うアンドレ。
どんな形であれ、身分違いとはいえ、二人が幸せであれば…わたくしは良かった。
口にはしないけれど、主人も気づいていたのではないかしら。
オスカルとアンドレがいなくなってから、屋敷は静まりかえっている。
ベッドにいることが多くなったわたくしも早朝に庭園の薔薇をオスカルの部屋に飾るのは日課になっていた。
今朝も薔薇の花をオスカルの部屋の花瓶に飾る。
オスカルを思わせるほのかな薔薇の香りが辺りを包みこんでゆく。
カーテンを開けると部屋に陽が入った。
「…オスカル…」
もうこの部屋には戻らぬ末娘を思い、夫人は部屋を見回した。
オスカルが気に入って良く座っていた長椅子。
視界を移そうとした夫人の瞳に長椅子の背もたれに陽を浴びて金色の髪が光った。
隣には黒髪の…。
金髪の人影は黒髪の肩に頭をもたげている。
オスカルとアンドレの後ろ姿だわ。
「…オスカル!?」
夫人が駆け寄ると、フワリと霞んで二人の姿は消えてしまった。
夫人は長椅子の肘掛けに倒れ込んだ。
「…オスカル…オスカル…っ」
幸せそうな二人の後ろ姿。
今のは幻なのか、在りし日の二人の残像なのか…。
当主であるレニエも謹慎中で屋敷に籠っているが、時間があるとオスカルの肖像画の前に立っていた。
ただ静かに佇み…肖像画を見つめている。
使用人達も当主に声をかけることは無い。
当主夫妻の悲しみは如何に大きいであろうか。
次期当主であった末娘の従僕…アンドレの祖母の悲しみも計り知れなかった。
暫くレニエは肖像画を見つめていたが、視線を感じて振り返った…が。誰もいるはずが無く。小さく溜め息を吐き、自室に戻ろうと階段を見上げて息をのんだ。
階段上の廊下をオスカルとアンドレが並んで横切った…ように見えたのだ。
二人が歩く先はオスカルの部屋。
再びレニエは溜め息を吐いた。
心身共に疲れているのか、願望が幻を見せるのか、それは在りし日の二人の残像なのか…。
レニエは顔を横に振りながら、階段を上がり始めたのだった。
アンドレの祖母である女中頭のマロン・グラッセもベッドにいることが多くなった。
小さな身体でコロコロと動き回るマロンが塞ぎ込みになっていると、屋敷内も静かに感じる。
『…おばあちゃん』
孫の声が聞こえる。
眠っていたマロンは額を撫でられる感触に目を覚ました。
「…アンドレ…アンドレかい?」
わたしを迎えにきてくれたのかい?
娘と孫にも先立たれるなんて…こんな悲しいことがあるかねぇ?
暗闇の中、マロンは孫の姿を探した。
ベッドの脇に、オスカルとアンドレが腰かけている。
暗闇でも二人の姿は良く見えた。
「オスカルお嬢様…っ、アンドレも…っ」
『…ばあや』
オスカルは優しく微笑んだ。
マロンは毛布を握りしめて泣いた。
枕元の二人は幻だと分かっている。
先に天に召されたアンドレとお嬢様が迎えに来てくれたと思ったのだ。
『…おばあちゃん…』
アンドレもマロンを見て優しく微笑んでいる。
「アンドレや…」
マロンが手を伸ばすと…二人の姿は暗闇に紛れるように消えてしまった。
……幻だったのか。
マロンは毛布を被り、ただ声を殺して泣いていた。

◆続く◆
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