NPO法人シニアSOHO普及サロン・三鷹 代表理事ブログ

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3月11日を忘れない<震災から3年

2014年03月02日 10時52分52秒 | 日記
東日本大震災から3年経ちます。
忘れてはいけない 3月11日

あの日は、三鷹産業プラザで打ち合わせをしていました。
建物が揺れて外を見たら、多くの人が外に出ており
廻りのビルも大きく揺れてその場にしゃがみこんだのを覚えています。

それから、PCルームを強引に閉じ、
講座に来られる方々に中止の連絡を入れ事務所を閉めた。

ふと気がついて、ふたりの孫が心配になる。
娘夫婦は仕事中、携帯にはなかなか繋がらない。

思いきって出向くことにするも、バスもタクシーも全然来ない。
仕方がなく保育園まで歩いて4時間。

先に妹の保育園に行くも、「寝ているからまずお兄ちゃんを迎えに行ってあげて下さい」との先生の言葉で駆け足で出向く。

保育園について名前を呼ぶと「ばあば~!」と飛びこんで来た孫を胸に抱いた。
保育園の先生も真っ暗闇の中、怖がる子ども達と一緒にかくれんぼをしながら遊んでいてくださった。

お礼の言葉も短く、妹の処に戻る。
途中でお菓子とお団子を買い、手を繋いで駆け足で向かった。

「お菓子を買ったらママに怒られない?」
「大丈夫よ、今日は特別な日だからね」「うん!」

特別な日のお菓子に無邪気に喜ぶ孫の顔とこんな会話を今でも覚えている。
途中でも「あのね~・・・」と今日あった出来事を一生懸命に話す孫。
「偉かったね!」と励ましながら、無事妹の保育園でママと再会。


◆忘れてはいけない、あの日のことを◆

東京はいつ地震災害が来てもおかしくない街。

先日の大雪で雪かきをして、ご近所の方と話をする時間が出来た。
いつもは忙しくゆっくり話をすることもない。
毎日の挨拶だけでは心もとない。

何かが起こらないと繋がらないのも寂しいかも知れない。
あまり深く入り込まれるのも入り込むのも迷惑だろうご近所さん。
それでも、毎日の中から絆が生まれる。

もうすぐ3年。心が痛む。

レスキュー隊のドラマの中の言葉。
「守る順番は、まず自分、次に・・・」
他人を助けられる隊員が亡くなっては多くの人を助けることが出来ない。

「つなみてんでんこ」 
釜石の地からの言葉の重みを更に感じる今日この頃。

今、生きていることに心から感謝をしています。

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