白ユリのSOKA歓喜の詩 ~私の見た創価学会~

創価学会員となり20年。アラフォー婦人部員の白ユリが、ありのままの創価学会員の日常をつづります。

雪柳  (再掲)

2030-08-24 23:59:59 | 日記

雪柳-春に咲く、まばゆいばかりの白が吹き出したような清純な花。

  私が心から尊敬してやまぬ師匠が、今から確か15年前に、エッセーとして書いてくださった「雪柳」を、今日はお送りします。
  苦しくとも、悲しくとも、このエッセーを胸に刻み頑張ってきた、青春時代の宝です。

  <雪柳>-----------------------------------------------

雪柳は「雪」であり「花」だった。

「冬」であり「春」だった。

白という光の中に、春と冬が溶け込んでいた。まるで、希望と苦悩が渾然一体になっている青春時代のように。

青春は、苦しい。悩みばかりだ。しかし、悩みがあるから、心は育つ。うんと悩んだ日々こそ、一番不幸だと思った日こそ、あとから振り返ると、一番かけがえのない日々だったと分かるものだ。

だから苦しみから逃げず、苦しみの真ん中を突っ切って行くことだ。それが森を抜ける近道だからだ。

寂しければ、その寂しさを大事にすることだ。寂しさや悲しさを、遊びなんかで、ごまかすな。使い捨てるな。

耐えて、耐えて、自分を育てる「こやし」にしていけ。逃げたくなることもあある。でも、雪柳は動かない。雨の日も、寒風の日も、じっと自分の場所で根を張って頑張っている。

頑張り抜いたから、みんなのほうがから「きれいだねぇ」と来てくれる。

人間も、魂の根を張ったところが「自分の故郷」になる。

完全燃焼したところが、心が安らぐ「自分の居場所」になる。

君たちが生まれてくる時、どんなに、お母さんが大変だったか。

あなたが大きくなるために、両親は、どんなに疲れても、眠れなくても、大事に面倒を見てくれた。苦しい仕事にも耐えて働いてくれた。

あなたが初めて声立てて笑った時、初めて歩いたとき、どんなに両親は幸せでいっぱいになったか。病気になったとき、どんなに、おろおろと心配したか。

感謝できる人は幸せな人だ。

雪柳は太陽への感謝を忘れない。太陽は、いつも惜しみなく光を注いでくれた。

いつも、ありのままの自分を、そのまま受け止め、光で包んでくれた。だから今、雪柳は「太陽への恩返し」のように、明るく周囲を照らしている。

人間だって、花と同じように、光がいる。

人も人から大事にされないと、心が枯れてしまう。だから君がみんなの太陽になれ。

人間だって、花と同じように、水がいる。自分で自分を励ましたり、喜ばせたり、心を生き生きさせないと、心は枯れてしまう。

自分で自分を励ませる人は、すてきな人だ。人のつらさも、わかる人だ。

自分で自分を喜ばせる言葉を、強さを、賢さを!落ち込んだ心を、よいしょと自分で持ち上げて!自分で自分を好きになれないと、人だって愛せない。

雪柳は敏感だった。誰かが通り過ぎただけの風にも揺れる。

あなたも、恥ずかしがり屋なら、そのままでいい。

無神経になり、デリカシーを無くすことが「大人になる」ことじゃない。コンクリートみたいに固い花は無い。花は、みんな柔らかい。初々しい。傷つきやすい。人の思いに敏感なままの、その心を一生咲かせ続ける人が、本当に「強い」人なのだ。

運命は外からやってくるんじゃない。

君の心の中で毎日、育っているのだ。

毎日がつまらない時、それは自分が、つまらない人間になっているからかもしれない。

人生をむなしく感じるとき、それは自分が、からっぽの人間になっているからかもしれない。

人生にうんざりした時。人生のほうが君にうんざりしたといっているのかもしれない。

人間は結局、自分自身にふさわしい人生しか生きられない。

だから、成績は中くらいでもいい、人間が大であればいい。頭がいいとか悪いとか、成績だけで分かるものじゃないし、生きる上で大したことではない。

ただ、自分が「不思議だ」と思う疑問を大事に追及することだ。そのことを考えて、考えて、考え抜くことだ。

そして、いざという時、真理と正義のためなら、自分を犠牲にできる人になれ。

そんな人が一人でも増えた分だけ、この世は美しくなる。

世界のどこかに、君にしかできない使命が、君の来る日を待っている。

指折り数えてまっている。待たれている君は、あなたは生きなければ!

めぐりあう、その日のために!輝くためには、燃えなければならない。燃えるためには、悩みの薪がなければならない。青春の悩みは即、光なのだ。

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41 コメント

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Unknown (戸田てんてー)
2015-05-13 13:36:18
これ私がかきますた(´・ω・`)
↑アンチの見本 (白ユリ)
2015-05-14 05:25:34
 自らの姿を以て示してくださりありがとう。
はじめまして (未来姿 )
2015-05-19 23:43:11
はじめまして、創価学会員のヤングミセスの未来姿といいます。はじめて来ました。
いいですね。
未来姿 様 (白ユリ)
2015-05-20 07:49:08
コメントありがとうございますm(_ _)m

嬉しいです*\(^o^)/*
私もヤングミセス世代なのですが、フルタイムの仕事についておりますので(>_
こんにちは (未来姿)
2015-05-20 17:14:02
白ユリさんと同じ世代で私もうれしいですよ。来月は婦人部総会だから皆さんでいまから何をやるか企画を考えています。昨年も楽しくできました。
未来姿様 (白ユリ)
2015-05-21 08:19:49
ありがとうございます\(^o^)/

私たちも今、何をしようか考えています。

楽しいですよね。

もちろん、美味しいものは必須です(≧∇≦)
未活ヤングミセス (ハナコ)
2015-05-31 09:12:55
いつも対話を求めてブログを見にいくのですがこちらが気になりクリックしました(笑)
雪柳…懐かしかったです。確かにこれに励まされていた時期がありました。
でもそれから色々体験するようになり…今は未活です。
池田先生のご容態など正直に教えてくれたらいいのにといつも思います。
ハナコ様へ (白ユリ)
2015-05-31 13:40:30
  このような過激なブログにご訪問いただいたのみならず、勇気を以てコメントくださりありがとうございます。

  ハナコ様はヤングミセスでいらっしゃるのですよね。
正直、私も女子部から婦人部に移行したときには、あまりの違いにびっくりしました。

  婦人部の長所は、現実主義であり成果主義、たくましく朗らかで楽観的、純粋で健気で家族のためなら命を張れることです。
  しかし、その反面、短所として、時間がなく丁寧な説明がなされない、理想を語り合う場がない、押しつけがましく決めてかかる、やらざるを得ない雰囲気を醸し出す、「やって当然」という。女子部とは雲泥の差のたいへん厳しいところです。
  加えて、私生活も激変。自分の時間は皆無に等しいです。


  正直、私も学会本部のことは斜めに見ています。注視しています。本当に先生の指導どおりにやっているのかどうか。

  先生は素晴らしいが、先生の取り巻きたちにはいつもいつも慢心から変なのに陥る幹部がいました。
  先生が表舞台からひかれた今、その中央幹部たちが何を考え、どうしようとしているのか、非常に危機感を持って見ております。

  で、今現在の私の考察では、「可」です。先生のご構想より外れていないとみています。

  ハナコ様。先生のお姿が見られなくなり、さびしいのはわかります。なぜ詳しいことが伝えられないのかと?
  
  しかし、それを知ったからどうなのでしょう?
知ったからと言って、なにか変わるのでしょうか?

  しかも、詳細を伝えられないことも、もしかしたら先生のご意思なのかもしれません。
 
  2008年ごろでしたか、先生が最後にご来阪された折にも、「これは僕の遺言だよ」という意味のことはことあるごとにおっしゃっていました。
  先生は、すべて手を打たれてから第一線を引かれました。

  いつかは先生も亡くなります。

 そのときになって初めて「さあ、自分の広宣流布どうしよう!?」では、遅いのです。

 連日、聖教新聞、大白蓮華に先生のご指導が載っています。それは、直に私たちにご指導くださっていたころといささかも変わりありません。

  ハナコ様。
先生を慕う気持ちと、学会本部への危機感、そして、自らの広宣流布はまったく別物です。

 私たちが信心するのは、幹部のためでも、池田先生のためでもありません。
 自分にしか縁しえない大切な友人たちにこの仏法の生き方を知ってもらうためです。自分の縁する人たちに一人残らず幸福になってもらうためです。
 そのために朝晩法華経を唱え題目を唱え、御書を拝読し、先生の生き方ご指導に学び、新聞推進その他もろもろの活動をするのです。

  そこがわからない方、また、そこに疲れたという方は、無理して活動しなくてかまいません。休んでもいいのです。

  学会中央本部などどうでもよいのです。ご本尊、御書、池田先生を命のど真ん中において、堂々とご自分らしく、楽しく、生き生きと輝いて生活されることです。

 先ほど御書の勉強会に行ってまいりましたが、今回の学習範囲もまさしくそこを言っておられましたよ。
 要は、私たち一人一人の人間性にかかっているのです。
 今日の新聞、先生からの指導もそれが載っていましたよ。

 信じがたきこの法になぜ巡り合い信心しているのか、今一度その使命を深く考えてみられてください。

 長文失礼いたしました。
返信ありがとうございます (ハナコ)
2015-06-01 04:30:33
今までもそういう指導はよく受けてきました。
先生に会えなくて寂しいとか実はそういう気持ちはあまりなくて…

女子部の頃からも、先生から◯◯を頂戴しました~、これは凄いことよ、など涙を流したりしていましたが、中々本心から思えず…みんなみたいになれないと指導を受ければ、もっと先生を求めて祈るのよ!
祈っても余計わからず…

活動と言えば、折伏、新聞啓蒙、選挙…
人にオススメするものばかりです。
人にオススメするのに、池田さんは元気なの?私に選挙をお願いするけど、池田さんは行ってると思うの?
と聞かれれば、確信はないけど、きっと元気で選挙も行ってますと答えるでしょう。
でも、これを聞いた人は、あ、盲目なんだなと思うと思います。
外出されたらフォーカスされるでしょうから…

重要な部分が実際よくわからないのに、人に進めるのは難しいと私は判断し様子を見ることにしました。

人間なので寝たきりでも痴呆でも良いと思うのです。死を避ける事もできません。どういう生き方をされて最後はどうなっていくのか。
師匠と仰ぐのならそれも弟子にみせていくべきではないかと。

組織内にも色々な人がいて、嫌な思いをする事があっても人は人だからとは思います。
でも先生は先生だからとは、人に説明するにもそうはいかないなと思うのです。

何かと先生のご指導が活動には入ってきますしね…

今は未活になりましたが、フルで働きながらも時間も有効的に使えて、初めて普通の人間になれたと気持ちが晴れています。

長々と読んで頂きありがとうございます。
ハナコ様へ (白ユリ)
2015-06-01 08:53:27
ご自分の選ばれた道ならば何も申しません。

納得いかないのなら、活動はお休みしたら良いです。
創価学会は、そういうのが許される組織ですものね。

私の婉曲表現が伝わりにくくて申し訳ありません、池田先生を慕うというのは、情緒的感傷的にならなくてよいのです。

先生の指導、先生の著作、御書を拝すことで、先生の偉大さがわかります。

それと、ハナコ様の本当の友達は、ハナコ様が折伏しようが新聞推進しようが選挙を頼もうが、「池田先生はどうしてるの?」などとは絶対に言いません。そういうことを言うのは、友達じゃないか、相手の方が男性かです。
もし言うなら、「あなたが言うならいいよ。」か、「興味ないからやめとく」か、「ちょっと考えさせて」でしょうね。

なぜなら、ご友人にとっては池田先生よりあなたの方が大切だからです。
ご友人は、あなたを信じているのです。
あなたを通して創価学会を判断しているのです。

約20年前の先生のご指導「青春対話」の「人間革命と広宣流布」にもありましたが、結局は、折伏や新聞推進や選挙を頼むのも、こちらの人間的な成長で決まります。

だから、相手の方の幸福をどれほど深く祈れるかなんですね。

自分が成長した分しか広宣流布は進みません。

ハナコ様のおっしゃる「普通の生活」をしている方々がどれだけ幸せか、どんな悩みがあるかご存知ですか?

一見幸せそうな方々が、どれほど悩みを抱えておられるか見抜いてますか?

相手の幸福に責任をもたなければ、そりゃ楽でしょう。

ともかく、今したいこと、納得してできること、今しなければならないことをすればよいのです。

私は今朝、ハナコ様のことを40分祈りました。ハナコ様の先輩方は、もっと祈っておられることでしょう。

だから、それでよいのです。

人のせいにしたり、自己正当化のために悪口を言ったりしなければ。

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