ショートシナリオの館

ボケに抵抗するため、日常生活の中から思いつくままに書いています。月2回・月曜日の投稿を目指します。

白いネズミと黒い猫

2013-01-10 07:51:35 | 日記


 あるところに信心深い老夫婦が住んでいました。いつも他者のために尽くし、地域の

人たちからとても慕われていました。ところが悪い人に騙されて借金を背負い、屋敷を

手放さなくてはならなくなったのです。老夫婦は黒い猫を大切に飼っていました。

その黒猫はこの屋敷が他人の手に渡らないで済む方法はないものかと小さな胸を痛め

ていたのです。そんなある日、お腹を空かせた彼は一匹の白いネズミに出会いました。

久し振りに見つけたご馳走です。だけど、ネズミは賢くて、むやみに追いかけたって捕

まえるのは難しいことを彼は知っていました。そこで思いっきりお腹を膨らませて、い

かにも満腹だという態度で、小さな壁の穴から顔を出しているネズミに声をかけました。


黒猫:ヤァ~、ネズミ君、この家が貧乏になって君の仲間はみんなよそへ行ったのに、

   どうして君だけはこの屋敷に残っているんだい。

白鼠:ヨォ、君のことならよく知ってるよ。君がお腹を空かしていることだってすっか

   りお見通しさ。君の毛は栄養不足でガサガサだ。昔のような美しい毛並みに戻り

   たいんじゃないの?

黒猫:それがわかっているなら、素直に出てきて、俺に食べられたらどうだ。

白鼠:僕が普通のねずみと違うことに気付かないのかい。

黒猫:そういえば、お前は真っ白だな。白いネズミなんて初めて見たよ。

白鼠:僕は神様の使者でね、ここの老夫婦を助けるためにやってきたのさ。

黒猫:ヘン、つかまりたくないからそんなことを言って、騙そうとしているな。

   そうはいかないぞ。どんな所に隠れても必ず捕まえてやる。

白鼠:僕を食べたって、お腹はすぐに減るぞ。もっと楽に食事ができて、以前のよう

   にツヤツヤの毛並みに戻る方法があるんだよ。

   今日はそれを伝えにやってきたのさ。

黒猫:そんな方法があるわけないだろう?この屋敷が他人の手に渡る日が近いってこと

   を知らないな。

白鼠:知ってるさ。この家のことは何から何まで知り尽くしているんだよ。僕は神様の

   使者としてこの屋敷に来たんだからね。いつも善行を施している老夫婦の窮状を

   見かねた神様が、二人を救うために私を送り込んでくださったんだ。

黒猫:どうも信用できないな。これまでネズミたちには散々痛い目に遭わせられてきた

    から、やはり信用できない。

白鼠:そりゃあ、みんなつかまりたくないから、いろいろな手を使って逃げただろうね。

   もうそろそろ僕の言うことを聞いてくれないかい。

黒猫:まぁ、話だけは聞いてやるが、聞き終わったらお前を捕まえるぞ。いいな。

白鼠:やれやれ。これまでは食べる物に困ることはなかったから、ネズミを捕まえたこ

   となんて無いだろ?だいたい君に捕まるようなのろまなネズミはこの世にはいな

   いよ。おっと、話が横道に逸れてしまった。

黒猫:そこまで知られていてはしかたがない。素直に話を聞くことにしよう。

白鼠:そうこなくっちゃ。では本題に入るよ。お屋敷の広い果樹園の一角に手入れがさ

   れないまま、放りっぱなしになっているりんご園があるよね。誰も気付いていな

   いだろうけど、今は蜜入りのりんごがたくさん実っているよ。このりんごを収穫

   して市場で売ってくるようにと老夫婦に伝えて欲しいんだ。

黒猫:エッ、本当かい?あのりんご園は手入れが行き届かず、すっかり実が成らなく

   なってしまったとご主人様は嘆いていたんだよ。しばらく誰もあそこへは行って

   いないと思うけど、どうして急に実がつくようになったんだ?

白鼠:私の仕える神様が老夫婦のために、打出の小槌を使って、たくさんの蜜入りりん

   ごが実るようにしてくださったのさ。蜜が入っているから他のりんごより甘くて

   美味しいし、高く売れるよ。

黒猫:それが本当なら、この屋敷を手放さなくても済むかもしれないね。そうなれば、

   僕もこの屋敷を出て行かずに済むんだよね。

白鼠:そうだよ。そうなるようにと僕がここに遣わされたんだから。

黒猫:ところで、君の神様はなんという名前なの?

白鼠:大黒様という名前で、君のご主人がいつも拝んでいる福をもたらす神様だよ。

黒猫:この眼で見るまでは信じられないから、これからひとっ走りして、りんご園に

   行ってくるぞ。本当に蜜入りのりんごだったら、これからはネズミを追いかけ

   たりしないよ。

白鼠:急いで行かないと他の動物たちに取られちゃうよ。早く知らせてあげてね。


 りんご園に着いた黒猫はびっくり仰天。すべての木に真っ赤なりんごがたわわに

実っているではありませんか。りんご園の土はふかふかになっていました。落ちていた

りんごを噛じって、またびっくり。蜜が入っているりんごはとても甘く、みずみずしい

のです。黒猫は大急ぎで住居へ戻り、ご主人様のズボンの裾を引っ張ってりんご園まで

連れてきました。老夫婦は思いがけない出来事に驚きつつも、蜜入りのりんごを売って

借金を返済し始めました。このことがきっかけとなり、気力が戻った老夫婦はすっかり

借金を返済し終えたのです。老夫婦は「これは神様の思し召しに違いない。ありがたい

ことじゃ。」と、以前にも増して神様を崇め、地域の人々に貢献するようになりました。

黒猫も毛の色艶が戻り、鏡の前で自分を見つめてはうっとりとする毎日が送れるように

なったとさ。
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