検証「羅須地人協会時代」(鈴木 守著作集等)

わからないことが多過ぎる「羅須地人協会時代」を中心に検証。おかしいところはやはりほぼおかしかったということを実証できた。

『羅須地人協会の終焉-その真実-』の目次

2017-01-12 09:00:00 | 目次
                  《「羅須地人協会時代」終焉の真相》
目次
はじめに ………………1
「新校本年譜」の註釈 ………………1
昭和3年8月10日の賢治 ………………2
「かつての賢治年譜」の検証 ………………3
  (1) 心身の疲勞を癒す暇もなかったのか  3
  (2) 気候不順に依る稲作の不良はあったのか  5
  (3) 風雨の中を徹宵東奔西走したのか  6
  (4) 遂に風邪、やがて肋膜炎に罹り、歸宅したのか  6
「逃避行」していた賢治 ………………7
「演習」とは「陸軍大演習」のこと ………………8
八重樫賢師について       ………………10
賢治の身の処し方 ………………11
不自然な療養の仕方 ………………13
論じてこられなかったことの意味 ………………14
おわりに ………………15
参考図書等 ………………16


 なお、一気呵成に読みたい方は
   『羅須地人協会の終焉-その真実-』(一気読み)
へどうぞ。


 ”羅須地人協会時代”のトップに戻る。
《鈴木 守著作案内》

 『賢治と一緒に暮らした男-千葉恭を尋ねて-』         『羅須地人協会の真実-賢治昭和2年の上京-』       『羅須地人協会の終焉-その真実-』

 『宮澤賢治と高瀬露』(上田哲との共著)              『「涙ヲ流サナカッタ」賢治の悔い』
 
ジャンル:
小説
コメント   この記事についてブログを書く
« 『羅須地人協会の真実-賢治... | トップ | 「聖女の如き高瀬露」の目次 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

目次」カテゴリの最新記事