みちのくの山野草

みちのく花巻の野面から発信。

1400 国見山(4/4)

2010-04-05 08:00:56 | 北上・江刺周辺
 胡四王山にカタクリは未だ咲いていないので、もしかすると北上展勝地の裏、国見山
【国見山マップ】

    <『国見山廃寺跡案内板』より抜粋>
なら咲いているかと思いたまたま所用で出掛けた帰り道に立ち寄ってみた。

 国見山神社に向かう道端には、例年になく寒い春ではあるが
《1 タンポポ》(平成22年4月4日撮影)

が咲き
《2 ツクシ》(平成22年4月4日撮影)

が顔を出していた。
 やがて道路脇(地点A)に
《3 国見山と極楽寺文化案内板》(平成22年4月4日撮影)

が現れ、そこには
 『国見山の山ろくに、いまから1200年位前に慈覚大師が極楽寺を建立した。平泉に中尊寺が出来る250年も前のことで、ここには金堂、講堂、五重塔等があり、山岳仏教の一大霊場でした。…』
と記されていた。 
 また傍には西行法師歌碑の案内もあり、この地で
  陸奥のかと岡山のほととぎす稲瀬のわたしかけてなくらん
と詠んだという。
 そして同じく
《4 国見山神社鳥居》(平成22年4月4日撮影)

が傍あり、この石段を登り切ると参道脇にかなり古そうな
《5 庚申供養塔》(平成22年4月4日撮影)

があった。年号は『?永四年』とあるが、最初の文字が不鮮明。ウ冠の字であることは判るから「寛永」「宝永」「安永」の何れかだろうから、18世紀もしかすると17世紀のものかも知れない。
 更に参道を登って行くと
《6 国見山神社(地点B)》(平成22年4月4日撮影)

《7 国見山神社由緒板》(平成22年4月4日撮影)

 神社の脇の国見山山道を登って行くと
《8 西行法師歌碑の木標》(平成22年4月4日撮影)

があったが、どれが歌碑かは分からなかった。
 山道は急坂で所々に
《9 安山集塊岩?の露頭》(平成22年4月4日撮影)

が現れる。胡四王山のそれとよく似ている。
 そして
《10 沢山の石仏》(平成22年4月4日撮影)

が安置されている。
 やがて、道は
《11 胎内くぐり》(平成22年4月4日撮影)

に遮られるので、そこをくぐり抜ければ
《12 国見山大悲閣展望台(地点C)》(平成22年4月4日撮影)

が直ぐ目の前だ。
《13 展望台からの西根山(夏油三山等)遠望》(平成22年4月4日撮影)

 展望台を下りて北東方向の山道を進むと
《14 平和観音像》(平成22年4月4日撮影)

が建っていた。
 その脇を通って山道を下ると
《15 今にも咲き出しそうなカタクリ》(平成22年4月4日撮影)

が一輪あった。そしてその傍には
《16 アオイスミレ》(平成22年4月4日撮影)

が咲いていた。因みにこのブログの先頭のスミレも同一のものであり、今年初めて出会ったスミレである。
 暫く振りで比較的暖かかったせいか
《17 ヒオドシチョウ》(平成22年4月4日撮影)

が日向ぼっこをしていた。
《18 メノマンネングサ》(平成22年4月4日撮影)


 地点Dから右に折れて急坂を下山する。
 大部下ったところに咲いていた
《19 アズマイチゲ》(平成22年4月4日撮影)

そのの奥に見えるのはキツネノカミソリの葉。
《20 蕾のエンレイソウ》(平成22年4月4日撮影)

 やがて、マップの”現在地(地点E)”に建つ
《21 極楽寺》(平成22年4月4日撮影)

に辿り着く。
《22 極楽寺野草園案内板》(平成22年4月4日撮影)

国見山には前掲の”メノマンネングサ”等の珍しい山野草があると書いてあった。
 極楽寺境内の
《23 フクジュソウ》(平成22年4月4日撮影)

《24 〃 》(平成22年4月4日撮影)

《25 アズマイチゲ》(平成22年4月4日撮影)

《26 国見山廃寺跡》(平成22年4月4日撮影)

《27 極楽寺境内の石塔婆》(平成22年4月4日撮影)


 というわけで、国見山のカタクリも胡四王山のそれと似たり寄ったりの状況であった。開花は今暫くのようだ。

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