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『宮沢賢治と高瀬露―露は〈聖女〉だった―』出来案内

『宮沢賢治と高瀬露―露は〈聖女〉だった―』(『露草協会』編、ツーワンライフ社、定価(本体価格1,000円+税))  この度、『宮沢賢治と高瀬露―露は〈聖女〉だった―』を出版しました。その目次は次の通りです。 そして、後書きである「おわりに」は下掲の通りです。《本書購入方法》 本書の購入を希望なさる方は、葉書か電話にて、入手したい旨のお申し込みを下記宛にしていただければ、まず本書を郵送いたしま . . . 本文を読む
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「鈴木 守著作集」の目次

          「鈴木 守著作集」の目次 ・『ビジュアル線形代数 2次行列と1次変換』  (現代数学社、昭和63年) ・『見えてくる高校数学』  (森北出版、平成8年) ・『賢治と一緒に暮らした男―千葉恭を尋ねて―』(自費出版、平成23年) ・『羅須地人協会の真実―賢治昭和二年の上京―』(自費出版、平成25年) ・『羅須地人協会の終焉―その真実―』(自費出版、平成25年) ・「聖女の如き高瀬 . . . 本文を読む
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森 義真氏の講演「高瀬露について」の新聞報道(3/21)

 一昨日(3月20日)行われた、石川啄木記念館館長森 義真氏による講演『宮澤賢治をめぐる女性たち―高瀬露について―』に関して、下掲のような新聞報道が2020年3月21日付『岩手日報』紙上でなされた。  森 義真氏が、かくの如く「高瀬の悪評はぬれぎぬと言える」と仰って下さったから、これで、巷間流布している〈高瀬露悪女伝説〉は一度再検証されねばならないということは必至だ。それは、この伝説はこれで人 . . . 本文を読む
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森 義真氏の講演会の会場を変更いたします

 来る3月20日開催の講演会『宮澤賢治をめぐる女性たち―高瀬露について―』は予定どおり実施致します。  ただし、新型コロナウイルス対策のため、講演会場を     矢巾町国民保養センター(『イーハトーブ本の森』の、道路を挟んだ北隣り) に変更いたしましたので、取り急ぎご連絡申し上げます。  なお、ご出席はどうぞご無理なさらないで下さい。また、お越しになる方はマスクをご持参下さい。   2020年3 . . . 本文を読む
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森 義真氏の高瀬露についての講演会(ご案内)

 ”宮澤賢治の里より”のトップへ戻る。  賢治の甥の教え子である著者が、本当の宮澤賢治を私たちの手に取り戻したいと願って、賢治の真実を明らかにした『本統の賢治と本当の露』              〈平成30年6月224日付『岩手日報』一面〉 を先頃出版いたしましたのでご案内申し上げます。  その約一ヶ月後に、著者の実名「鈴木守」が使われている、個人攻撃ともとれそうな内容の「賢治学会代表 . . . 本文を読む
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森 義真氏の高瀬露についての講演会ご案内

《白露草》(平成28年8月24日撮影、下根子桜)             講演会ご案内  来る三月、石川啄木記念館館長である 森 義真氏 の講演会を開催いたしますので、ご案内申し上げます。 日時:令和二年三月二十日(金)午後二時~ 場所:イーハトーブ本の森 ぽらんの広場 講師:森 義真氏 (石川啄木記念館館長) 演題:『宮澤賢治をめぐる女性 . . . 本文を読む
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「経埋ムベキ山」の目次

    「経埋ムベキ山」の目次 1 「経埋ムベキ山」概論  (1) 概論1  (2) 概論2    (3) 概論3  (4) 概論4 2 「経埋ムベキ山」のリスト  (1)  旧天山(120m)  (2)  胡四王山(176.6m)  (3)  観音山(260.7m)     円万寺観音山     『観音山』はたして観音山?  (4)  飯豊森(131.6m)  (5)  物見崎(120m)    . . . 本文を読む
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『本当の高瀬露』の目次

《白露草》(平成28年8月24日撮影、下根子桜) 『本当の高瀬露』の目次 はじめに ・確実に動き始めている 第一章 寶閑小学校勤務時代    ・あやかし〈悪女・高瀬露〉 ・『宮沢賢治と三人の女性』入手 ・当時の露の教え子から貴重な証言 ・露は自炊しながら鍋倉に下宿 第二章 羅須地人協会時代 ・「遠いところから一日に三回も」は無理 ・「下敷」のかなり危うい信憑性 ・「ライスカレー事件」はあったのだが . . . 本文を読む
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『ナーサルパナマの謎』より」の目次

〈『ナーサルパナマの謎』(入沢康夫著、書肆山田)の表紙〉 「『ナーサルパナマの謎』より」の目次 ・「どこの馬の骨ともわからぬ」私に ・入沢康夫氏より高著ご恵与 ・入沢康夫氏「馬の骨」のブログを引用 ・実は案外いい線までいっているかも ・実証的な研究姿勢 ・単純な実生活還元をゆるさない ・入沢氏の論考「仮説と実証」 ・自説についての十分な検証 ・「誠実な探究心」 ・反例がある現定説「大正15年12月 . . . 本文を読む
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「賢治昭和2年11月から約3ヶ月滞京」の目次

《賢治愛用のセロ》〈『生誕百年記念「宮沢賢治の世界」展図録』(朝日新聞社、)106p〉 現「宮澤賢治年譜」では、大正15年 「一二月二日(木) セロを持ち上京するため花巻駅へゆく。みぞれの降る寒い日で、教え子の沢里武治がひとり見送る」 が定説だが、残念ながらそんなことは誰一人として証言していない。 ************************************************** . . . 本文を読む
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「甚次郎と賢治の違いは何、何故」の目次

《『土に叫ぶ人 松田甚次郎 ~宮沢賢治を生きる~』花巻公演(平成31年1月27日)リーフレット》 「甚次郎と賢治の違いは何、何故」の目次 ・二人の違いは何、何故? ・賢治の「訓へ」 ・大正15年、隣の紫波郡は大旱害だった ・大旱害に実は無関心だった賢治 ・松田甚次郎村へ帰る ・小作人となった甚次郎 ・甚次郎は深慮遠謀の人であった ・甚次郎等による農村劇上演 ・賢治は「農村劇をやれ」と言ったものの . . . 本文を読む
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「殆ど無視されてきた千葉恭」の目次

《千葉恭》(昭和10年(28歳)頃、千葉滿夫氏提供)  私が宮澤賢治に関して初めて出版した本が『賢治と一緒に暮らした男-千葉恭を尋ねて-』である。  そして、この本を入沢康夫氏に謹呈したところ、〝故入沢康夫氏に感謝(A氏とは実は入沢氏のことである)〟で紹介させて頂いた様に、  これまでほとんど無視されていた千葉恭氏に、御著によって、初めて光が当たりました。伝記研究上で、画期的な業績と存じます。それ . . . 本文を読む
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「高瀬露は決っして〈悪女〉ではない」の目次

《白露草》(平成28年8月24日撮影、下根子桜) 〝高瀬露は決っして〈悪女〉ではない〟の目次 ・不自然な「一九二八年」の表記 ・思考実験〈「下根子桜訪問」自体が虚構〉 ・当時森荘已池は脚気衝心で重篤だった ・森の「下根子桜訪問」が虚構であったことの裏付け ・憤怒の〔聖女のさましてちかづけるもの〕 ・〔最も親しき友らにさへこれを秘して〕 ・「変節」してしまった賢治 ・伊藤ちゑ自身はどう思っていたか . . . 本文を読む
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「甚次郎と賢治の違いは何、何故」の目次

《『土に叫ぶ人 松田甚次郎 ~宮沢賢治を生きる~』花巻公演(平成31年1月27日)リーフレット》 「甚次郎と賢治の違いは何、何故」の目次 ・二人の違いは何、何故? ・賢治の「訓へ」 ・大正15年、隣の紫波郡は大旱害だった ・大旱害に実は無関心だった賢治 ・松田甚次郎村へ帰る ・小作人となった甚次郎 ・甚次郎は深慮遠謀の人であった ・甚次郎等による農村劇上演 ・賢治は「農村劇をやれ」と言ったものの . . . 本文を読む
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「八重樫賢師と宮澤賢治」の目次

《今はなき、外臺の大合歓木》(平成28年7月16日撮影) 「八重樫賢師と宮澤賢治」の目次 ・八重樫賢師の命日を知る ・昭和3年「陸軍大演習」の際に作られた地図 ・賢師が逝く三ヶ月前の書簡より ・「牧民会・啄木会と賢治」(前編) ・「牧民会・啄木会と賢治」(後編) ・賢治と労農党系の活動家たち ・梅野健三と賢治について(前編) ・梅野健三と賢治について(中編) ・梅野健三と賢治について(後編) ・梅 . . . 本文を読む
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