「遠野」に旅して宮沢賢治記念館へも

2018年09月05日 14時32分34秒 | 旅行

台風21号が西日本に上陸して各所で風水害を生じさせ次にその足で東北方面に向かいました。日本中を暴風雨に巻き込んでいます。国民の命あってこその国家ですから十分な対応に心がけていかないとですね。居住地でも夜半に暴風雨でしたが今朝はだんだんと落ち着いてきています。なん鉢かが横倒しになってましたがどうにかやり過ごせたようです。明け方地震で目が覚めましたがそれも大事に至らずに止みました。この台風で被害に会われた方々には、またかという方もいられるでしょうけどお悔やみ申し上げます。浮ついた口から言うだけで検証もされない大口叩きな施策より自然災害への対応が急務だと思うのですが。

さて9月1・2・3日の旅を私どもはうまい具合に台風に合わずに関東へは戻れましたが、関西・四国・東海・九州から参加した仲間が無事に戻れたかが心配です。今朝、長崎県の友人からのメールが確認され無事、予定通り戻れたことを知りホッとしたところです。

 さて、二日目は「民話の里」で泊まりました。「どぶろく特区」だそうで味わいました。個人的な見解では伝承されてきた嗜好を国が特区申請をすればそれを認めるから許可なんてのはどうも制度としてはお上の権力発揮みたいでな如何とも厭らしく好ましいとは・・・何て。まあ細かく言えばいろいろ事情、状況があるのでしょうけど。

ごはんを食するとき「ひえ飯」ですのでとろろをかけて召し上がってくださいと言われました。「ひえ飯」と言われたけど温かいご飯でした。よく聞くと稗が混ぜ込んであるのでということでした。米と比してやはり栄養価や美味しさでは劣るそうですが、そんなことを言うとお米が口に入らず麦・粟・稗を食して糊口をしのいだ時代の方々に申し訳ないのですが、今はお米を不通に食べることができるようになった、その意味では何とかなっている時なのかもなんて感じながら温かい少し稗入りとろろ飯は珍しくもあり美味しかったです。

東北の暮らしが貧しく苦しい時代に限られた食べ物を確保するための人減らしの風習がなんとも悲しいです。貧しい場所では全国に伝わる、小説でいえば「楢山節公」の世界です。悲しい歴史が今に伝わって来ます。世代を繋いでいくということがこんなにも大変だった時代があったということを忘れては成らないのでしょう。

こういう時代を考証してこそ今をより良くしようと思考することができるのでしょう。

水車小屋も見学に行きました。野辺の咲く花の美しさ、逞しさにも肌で触れて感じて。

語り継がれた民話の世界がありました。宿でも「語り部」さんにお願いして何話かを聴くことができました。話の終わりには「どんとはれ」といいます。

「河童」伝説の地へ。小さな場所ですがこの独特な伝説は大変面白いというか興味あふれています。昼食処で、また、語り部さんの民話を何つか聴くことができました。前日と同じ話もありましたが言葉に慣れて来たせいか段々と理解が進んだような気がします。楽しい話ももちろんありますが、暗くて残酷な話も多いようです。その語られた時代背景もあるのでしょう。そこにはこの地のたくさんの歴史が埋め込まれているような気がしました。遠野の民話を集め編集した「柳田邦夫」さんや「佐々木喜善」さんをはじめとするたくさんの方々の偉業を改めて認識させられました。其処の暮らす方々が語り残さなかったら消えていたのでしょうから。歴史がちゃんと残された事が英知でしょうね。

東北の繁栄や文化が一旦消えそうになったのでしょう。歴史の中で権力構造が変わるとき、それ以前をかなり徹底的に壊すことが多かったのでは。平家から源氏へ、源氏から次へ、豊臣から徳川に代わった時もそうでしょうし。徳川から明治に変わった時もそうだったのだろう。だから、今だからこそ歴史認識を正しくして残さなくてはなんて気がするのですね。事実から導き出してこそです。いろんな形をとって押し付けられた意図的観念世界は極力排除する姿勢が大事なのかななんて思っています。例えば根拠のない道徳を押し付けられたらそれはおかしいと思うことが大事なのかもです。現代の科学の進んだ時代には当たり前の前提として人は神では無いのです。神として崇めよとしても其処は無理なのです。

「遠野・眼鏡橋」です。ここには宮沢賢治の世界が。銀河鉄道が天翔ける場所でしょうか。運よくディーゼル車に遭遇できました。このことはとてもラッキーのようで本数が極めて少ないので遭遇できるチャンスは稀にとの事でした。

旅の終盤は「宮沢賢治」記念館等由来の場所を訪ねて。陸奥は素敵な場所でした。たくさんの人が訪れる事ができるようになるとよいですね。宮沢賢治作品は素敵です。でも文字で読もうとするとテンポの違いか結構苦労します。だから、読んでくれた声を耳から入れる方が好きです。

帰りは新幹線駅「新花巻駅」からです。1時間1本ですので一番近い時間帯で帰りました。仙台市で今一度降りたかったのですが、すると帰りの新幹線の手配が面倒な感じで、16時19分発で時間調整などもあり18時半には大宮駅に着くことができました。全席座席指定ですが決して満杯では有りませんでしたが。東北の地がまた栄える日が来てほしいと感じました。ここは心情の中の故郷の感ありです。

居住地では風も安らかになってきました。曇空ですが午後には晴れるかな。

PS:今回の幹事としてご尽力いただいたTiさんTaさんや参加された皆さん等お世話になりました。メールでお礼連絡しようとしたのですが以前のパソコンのハードディスクの損傷でアドレスがすっかり消えてしまいました。気が付いたらメールアドレスくださいね。

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仙台―遠野へ

2018年09月04日 11時01分04秒 | 旅行

2泊3日の旅行へ行きました。勤務時代に全国から集まり3か月間の宿泊研修をした仲間の同窓会です。もう、20数年も前の事ですが今は2年に一回の割合で実施してます。学んだ仲間は32名でしたが、体調がすぐれない方やすでに亡くなられたなられた方もいますので今は家族同伴での参加が多く、今回は家族を含めて29名の集まりでした。

我が家の出発地点は大宮駅からです。ここは交通の接結地点です。新幹線が次々に入って来ては出発していきます。2日後の新花巻駅では1時間に一本でしたのでそれを考えるとなんともです。

今回はちょっと贅沢をしてグリーン車で。早速、遅めの昼食でのんびりと。だって、4席6列の車内は他に乗車客もなく一車両貸し切りな感じで。

1時間7分で仙台駅に着きます。折角来たのですから、「すし通り」で摘まみながらまたまた日本酒を。

松島の海岸に隣接する素敵な宿でした。夜の宴会は賑やかに且つ、全国からの持ち込み品で。

其の後、カラオケに行ったのですが、私はその記憶がすっかり欠落しています。また、その後、3次会に突入したのですがそれも記憶から消えてしまった。年を取るってことはこんなこともあるのですね、特に今夏の猛暑で激腰痛と、其の後に蕁麻疹がでてやはり体力等の劣化が進んでいるのかなと反省してます。

翌日は毛越寺―中尊寺―遠野へいつも同行する4家族で行きましたが、「毛越寺」近くのこの蕎麦屋さんがおいしかった。辛い「蕪」だそうですがそれが効いてます。ただ。私は二日酔い気味でしたが。

初めて毛越寺を訪れたのはもう30年も以前だろうか、当時はここがまだ奥州藤原の重要な拠点だっととの認識が確立されてない様でただ大きな水溜まりがある場所だっと記憶が、その後でしょうか、時代を経てその重要性が検証されて今では徐々にではですが復元整備されてきた感じがします。奥州の地がかつて一大政治的文化的拠点があったということなのでしょう。歴史は正しく認証されなければ、いやしくも歴史を改ざんするような時代は間違った時代なのでしょうね。観光地として整備するということだけではなくこの国の歴史を正しく理解することから未来への展望も開けるのだろうからと思うのです。例えそれがいわゆる観念的「美しい国」でなかろうとも、事実から学んでこそ先に展望が開けるのだろうからと。

「中尊寺金色堂」へも。宮城・岩手の仲間が車を用意してくれましたので車での移動でしたが、名所等では沢山歩きました。ほぼ2日間は約1万歩ずつです。まだ、疲れ等の余韻に浸ってますので、おいおいとですが「遠野」も良かったです。「語り部」の話をたくさん聞けました。今日は書ききれませんので。

そうそう、「仙台」は大都会です。中尊寺もたくさんの観光客が集まります。この日は「遠野」に宿をとりました。落ち着いた良いところです。民話を語り部さんを通じていくつも話を聴くことができました。それはとても良かったです。ただ、地方は疲弊しているのではとも感じられました。地方創生とかの掛け声は聞いて久しいですが、効果は感じられないのかなって思うところかな。

居住地は明け方は雨でしたが今は止んで時たま日差しが明るくなったり風が強く吹いたりしています。昨夜、同窓会後のクループでの旅行を解散しましたが長崎県のHさんは今日、飛行機で戻り予定と聞いてましたが空の交通状況はこの台風では厳しいのではないだろうかと心配しています。

 

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旅行3日目と帰りの日

2018年05月30日 06時55分37秒 | 旅行

前回行った時に残って持ち帰った860元ほどがありましたので両替えする事なくあるだけで十分でした。おかげで残りはこれだけの10元になりました。

 南京市内の古い感じのお店。お酒と爆竹屋さん。

「南船北馬」の記念碑。

昼の食事。もうもうひたすら中華料理です。

保存してある古い居住地。今も実際に生活の場です。3枚目は清朝時代のお祭りのようなパレードも。

夕食は定年引退した元公務員の王さん宅別荘地で。普段は都会の多分高層住宅に暮らし、時たまここに来る様です。

飲まずにとっておいたトウ小平さんに係る記念に発売された白酒を飲んで料理を。

南京市内に戻り今度は繁華街の「夫子廟」に繰り出しました。すごい混雑でした。

夜景がきれいでした。今回の旅行は買い物などにほとんどせず時間を割かずひたすら飲んで食べたという記憶。

翌朝が早いのでとにかく就眠。

南京空港が朝から混雑です。とにかくたくましくエネルギッシュな国でした。

今後は行けるかどうかは判りませんがこれも私の人生の1ページです。未だ疲れが抜けず胃薬を飲んでます。

問題の学園からFAXが報道機関各位宛に流されたという。内容は首相の「会っていない」発言は嘘でなく、嘘を付いたのは学園側だと言うことだそうで。もしこれが言う通りだとしても、教育の場である学校法人がそうして嘘を付いて獣医学部を建設したということで、そこからは地方自治体の財産をごっそり提供ということにつながっているのですね。そんなのが教育現場で許されるとは地に落ちたものでしょうに。

国会中継を見ていてどうも府に落ない言葉に、客観的裏付けが提示されていなく、明白では無いことやその言葉が適切とは思えない場面場面で「明白になっているところ」という発言が度々使われるのことが、すごい違和感。

気になるブログから:毎度の立川談四楼さんのツイートです。『5月29日:安倍さんも「ご飯論法」だ。「朝ご飯食べましたか」「(パンは食べたけど)ご飯(米)は食べてません」とすり変えるやつ。加計学園から誤情報が愛媛県や今治市に伝わり、認可や補助金に繋がった件、共産小池さんが「カンカンに怒らないといけない」と言ったのに対し「私は常に平然としています」だってさ。

5月27日:加計学園がとうとう安倍さんと加計理事長は会ってないと言い出した。担当者の感違いだって。つまり認可と補助金のために担当者が勝手に嘘をついたと言ってるんだ。それって詐欺ではないかね? 安倍さんの嘘を守るために関係者のすべてが嘘をつくハメになっている。大丈夫か、犠牲者は出ないだろうな。

5月24日:谷査恵子さん大活躍じゃないか。残っていないとされてきた交渉記録に「優遇を受けられないかと総理夫人に照会があり、問い合わせた」とあるよ。パシリとして動いてたんだね。さあ安倍さんどうします? あなたは谷女史の問い合わせを「自発的」と断言しましたよね。「総理夫人に照会があり」の意味は?

5月23日:加計学園も安倍さんも2015.2.25に会ったことを否定した。安倍さんの嘘は日常業務だが、加計の否定は看過できない。文書の否定は愛媛県に喧嘩を売ることで補助金が出ない可能性もあり、同時に獣医学部は愛媛県の悲願という主張を否定し、それを支えた政府説明をもブーメランで否定することになるのだ。

5月22日:何とも不自然で辻褄が合わないことが、愛媛県の出した文書で氷解した。安倍さんは獣医学部の認定を知った日を2017.1.20と言ったが、2015.2.25に加計理事長と会って新設の抱負を聞き「そういう新しい獣医大学の考えはいいね」と答えている。その後の推移、柳瀬秘書官の動きを見れば真実は明らかだろう。』

曇り空、雨になりそうだけど本日は業務関係で2件伺わなくては。

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二日目は雨

2018年05月29日 08時21分41秒 | 旅行

今回も6年ぶりですが、いろんな「白酒」をいただきました。

二日目は雨でしたが200kmを専用バスで移動して「准安」へ。准安はこの大きな大陸を長江(揚子江)で分ける要衝の地で「南船北馬」という言葉が生まれた土地です。後でその記念碑も撮りましたので。

高速道からの途中の休息所では「ローソン」が有りました。確か上海では「ファミリー・マート」があった記憶が。

昼食はまたまたお酒と美味しい食べ物がたっぷり。「田鰻」と「北京ダック」も。田鰻は以前、西安近くで食した時より丁寧な料理法で美味しかったです。

周恩来記念館を遠くに見て。

「清」の時代の准安府署も見学。その時代の行政府です。かなり大きく、長官の住まいも第1婦人、第2婦人の住まいと共にあります。中国の長い覇権国家時代の最後の清王朝の時ですので今の常識では計りきれない感があります。権力の持つ者の絶対的力が。歴史認識は常に大事だと思うのです。

「泰山木」が至るところで大きな花を付けていました。

中国四大小説(三国志演義、西遊記、水滸伝、紅楼夢)の一つ「西遊記」作者呉承恩故宮見学。

歴史の宝庫をたっぷり歩いて。

またまた宴会が始まります。

飲んで食べてまた飲んでの旅です。

「白酒」の陳列棚。各所に立ち寄りましたが既に順番が不明確に。2番目の写真は時計だそうです。

戻って飲んで食べてぐったりしてそして朝。2日目は陳さんの配慮で個室。でも、個室では点灯、水回り、テレビの扱いなど不慣れで返ってなにか朝の時間と等にちゃんと間に合うか等不安な気持ちも。まだ続きますが後日で。

戻った翌日ですので疲れて精養してましたがTVで国会中継が。質問にまともに答えてない感じが。またまた変な状況に進展が。取り繕う感が半端なく。少なくとも「誠実」ということが霞んでいますよね。

今月中にしておきたい事が多々あるのですがまだ疲れていて気力体力等にエネルギーが未だ満ちて来ません。

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結構、涼しくて

2018年05月24日 05時56分52秒 | 旅行

ポット植えの「ミニトマト」が日々成長してるのがわかります。見ながら脇芽を摘んでますが。

ペットボトルの水を3本追加。計6本持っていきます。水が合わないでお腹を壊しますので歯磨き後のうがい等にも使います。尤もホテルにも備え付けてありますがそれでも持参します。

地植えの皐月がいたるところで見られます。盆栽仕立ての色とりどりの種類ではないですが曇りの日でもそこを明るくしてくれます。

こんな日は多肉やサボテンもしっとりと感じます。

3泊4日ですが、業務関係での連絡をメールアドレス又はSMLで発信。返答を頂いた方にお土産などと思いますが、案外と気の効いた物ってないんですよね。大陸のこの国に何回かいった経験上から考えても。

この花にも宇宙を感るという自然の妙です。財務省の文書破棄が意図的に行われたとのこと。指示した者がいるでしょう。何のために誰のためにを調べれば本質が浮かんでくるでしょう。一般職員をここまで追い込んだのは罪深いことです。正さなくてはこの国に正義のプライドが消えてしまう。

Youtubeは便利ですね。利用しようと思うといろんな知識が得られます。最近は前川喜平さんの講演を幾つか見ました。

曇りで午後からは小雨。夜はもっと降ったかな。でも朝には止んで予報では熱くなるそうです。

ほぼ、準備OKです。後は朝食後にもう一度点検してと。

さてさて、大宮駅西口そごう前8時35分発のONライナーに乗るためには急がなくては。では、行ってきます。

 

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旅行前準備等で落ち着かずに

2018年05月23日 06時57分02秒 | 旅行

「立葵」が咲く季節になりました。晴れて日差しも強いのですが、からっとしていて風も吹き過ごしやす日かもって思い。

旅行前にすべきと考えていいた業務等については電話連絡等で旅行後で良い形にしました。なんか落ち着かないですから。

最近、若干くせになっているブルーチーズを購入に。以前はこのブルーチーズを口にしただけで「なんだこれ」って感じましたが齢を重ねて嗜好が僅かに変わってきたのかも。ついでにワイン等もですが。ちなみに今回のブルーチーズは一層匂いが強い感じ。

道すがらの花も季節の花です。「紫陽花」もどうやら色付いてきました。紫陽花にしてみりゃ雨が欲しいところでしょうが此方にしてみりゃ、梅雨入りはもう少し後が良い。

「100均」を覗いたらこんなものがあり思わず購入。最近、とみに我慢が出来なくなってきているのでいざと言う時のお守り感覚で持参しようと咄嗟にニンマリと。今回の同行者も同様な悩みを共有する方もいますので予備も。

ペットボトルの水をあと3本買おうと思っていたのにすっかり忘れてしまった。明日こそ忘れないようにしなくては。

多肉植物の花は日差しに負けない気合が入っているような。

気合なんてなんとも変なのですが、TVでアメフトの選手自身が謝罪していました。流されたその危険なタックル映像を見ただけで詳細を把握しているところではありませんが、ただ、現象としてこの選手は加害の当事者ではありますが、一方ではスポーツ選手としても将来を期待されている青年の前途を奪うような危険行為を行う、また受けることになった原因は学生スポーツを率いる監督、コーチ等の指導のあり方ではないのかと感じる。潰された相手に対するこの指導的立場の者等の思考に青年たちへの配慮の片鱗も窺えないのはどうして。

競い合い、高め合う競技が勝負だけにこだわり、そこには教育の一環であるという認識は見えてこない。相手方を潰しても試合に勝ちたいという変形した姿になっているからなのではないかと感じた。学生スポーツが軍隊のような形で歪になり、スポーツを大らかに楽しむ場になってないのだって思ってしまう。当該選手のご両親が述べた「将来に向かって歩もうとしている本人を静かに見守って」という言葉に、親の子に対する思いと配慮を感じその言葉に賛同します。

プランターに植えた「ミニトマト」。日々成長し、実を充実させています。成長が早いです。

今朝の新聞等で「加計疑惑」愛知県文書に対する官邸側の発言として「記憶にない、記録は廃棄した」とのこと。またです。それでも証人喚問は拒否ですか。納得がまたも出来ない事が推し進められていく。

天気は下り坂とのことです。気温も低めなのは自分的には良いのですが雨は余りです。

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軽井沢へ

2017年06月12日 07時34分49秒 | 旅行

軽井沢へ久しぶりに行ってきました。車で行くと込み具合もありますが2時間以上かかるのですが新幹線だと40数分で着きます。それにお酒も飲めますし。尤も今回は姪の結婚式への出席ですから当然に祝い酒を飲むことになります。

駅から歩いて数分のところに式会場があります。

大型水槽等に使用されるアクリルガラスで設営された式場です。

姪の幸せな笑顔が綺麗でした。結婚式も久しぶりの出席でしたが以前と変わってきてます。二人を中心とした楽しい式でした。それが何よりです。洋風の食事も美味しく、またビール、ワイン、ハイボールとお酒もたらふく頂きました。

私たちも折角ですからその日は軽井沢で泊まり。夕食もフランス料理でフルコースを。昼も夜も洋食でメインは肉料理。翌朝も洋食のビュッフェ様式でした。そろそろ胃もたれ気味。

翌日は駅の観光案内で落ち合ってボランティアの無料観光ガイドさんと共に主に旧軽井沢の林の中等を歩きました。観光ガイドさんの説明を聞きながらのワーキングは楽しいです。長袖シャツでしたが朝晩は寒いくらいで上着があっても良かったかも、昼になれば暑いのですが。

後半に立ち寄った「万平ホテル」の資料室。ジョン・レノンがお気に入人だったというピアノが飾ってありました。その他、キッシンジャーと当時の田中首相との会談の記念写真も。思い起こせばその後、日中国交回復をアメリカ合衆国の意向を受け入れず実行した首相はロッキード事件で失脚。そのことを含め、歴史の裏には奇怪な事が図られたように起きているのですね。、だから歴史の評価は後から冷静に行ってこそ真実の姿が見えてくるのかも、ただし、まだ途中の曖昧が多い様ですが。

旧軽井沢で昼食に蕎麦を。もう日本食が食べたくてそれに日本酒も。式披露宴での食事、ホテルのディナー、朝バイキングの洋食と3食続くとやはり、長年食べ慣れた食事が恋しく美味しく感じます。

散策後、軽井沢駅近くの「茜屋珈琲」店で時間調整。

帰りの新幹線が18時21分でしたので時間がたっぷり。そこで午後は自転車を借りて、現代美術館とセゾン美術館を目指しましたが前者は場所がわからず、後者は上り坂続きで途中で断念。疲れてしまってアイスクリームを食べて結局サイクリングを楽しんだということで。

それでもまだ2時間以上の時間があり、駅前で「すなっぱたき」。味噌蒟蒻、モツ煮込み等で落ち着いて。

夕食は家に戻ってから「軽井沢駅」内で購入したおぎのやの「峠の釜飯」を風呂上がりにのんびりと。

二日間、たくさん飲んで動いて、ぐっすり寝てもそこはもうすぐ回復なんてしない年齢で、本日、腰痛気味。でも良かった。日常の暮らしと幾らか異なった小旅行を楽しんだ6月の日でした。

 

 

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越後湯沢へ

2015年07月22日 09時51分06秒 | 旅行

越後湯沢へ日帰り小旅行をしました。10時過ぎに母が「ショート・スティー」に行き、その後急いで大宮駅へは長男の車で。11時22分発「新幹線トキ号新潟行き」に乗り込みました。

自動券売機で往復二人で22,440円です(この出費を抑えたく検討したのですが仕方がなくです)。それでも指定席は取らずに自由席で。時間帯のせいか車内は空いていて座れます。大宮駅から熊谷、本庄早稲田、高崎、上毛高原を経て越後湯沢駅へ。約1時間で到着。

連休明けでもあり駅構内は空いていました。

すぐさま、「ぽん酒」館へ。500円でコインと100円でキュウリを購入。お酒を5種類、キュウリを齧りながら舐めて。その有様、デジカメの不具合で写って無かった。

以前の記憶でとっても美味しかった「大寿司」へ。午後2時近かったので他に客はなくのんびりと昼食を。お酒も何種類か。「美味しいです」、でも、今回体調も万全ではなく味覚が少し劣っていたのか前回食した時のあの感動はなかったけど。ここの寿司は全て「たれ」が付いていますので基本的に醤油を付ける江戸前風では無い。でも今回その「たれ」が塩分中心なのか、自分の舌が若干、味覚がないのか。寿司はそういう意味では難しい。食べ方と作り方の感覚というか微妙な感性が一致してこそより美味なのでしょうから。総体的には十分美味しい。でも、次回機会があったら今度は人気投票1位の駅中の寿司屋さんとか2番目の寿司屋さんとかも行ってみたい。「大寿司」さんは人気投票3位だと分かりました。でも、「越後湯沢」の寿司屋さんといえば私の中ではやっぱり「大寿司」というイメージかな。

帰り道すがらのお酒屋さん。今回は「ぽん酒館」近くで酔いながら購入しましたが次回はここが良いかも。駅中店には置いてなかった「朝日山」の看板が好ましく感じた。

丁度、1年前にきた時と同じ場所に「燕」が子育てしていました。

帰りは17時発のやはり「新幹線トキ号」で。この時間では座席指定は無くても大丈夫と分かりました。1時間かからずに大宮に戻りました。越後湯沢の街に居たのは4時間余りですがそれなりに楽しく過ごした。ここで連れ合いとは別行動。この後「女子会」だそうで、元気です。ほろ酔い気分でバスに乗り帰宅。

今夜食は近くの「スーパー」で購入して。昼過ぎから寝るまでの間十分酔っ払いでした。すっかり堪能。そして、抗生物質の薬はもう止めにしました。

今朝も快晴です。8時頃から20時頃まで気温は30度を越えるそうです。体力がないと負けそう。

 

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仙仁温泉二日目の記憶

2014年12月24日 07時05分52秒 | 旅行

流石に疲れが腰に溜まったようで本日腰痛気味ですがぐっすり眠ったせいか、午前中は少し業務を行いました。が、根気が続かず後はゆっくりして、大掃除開始も繰延。

寒そうな上空。もう、サクラソウの類が咲いていました。

実生の椿が咲きだしました。つぼみは一つのみですが。オリジナル椿です。

淡いピンクで「有楽椿」の色調ですが白も含んでます。「西王母」より、咲き方は弱々しい。でも花心を見ると「西王母」の自然実生かなって思うのですがそこは不明。このあとどう咲き進むか、そして花持ちはどうかなど見守っていきます。自然実生はいくつか、そう2、3咲きましたがこれが今のところ茶花的には一番いいかな。

さて、「仙仁温泉」に泊り翌日ですが、朝風呂から始まりました。

「貸切風呂」でゆったりして、いくつもの安らぎ空間で珈琲を飲んだり寛いで。

朝食は8時から、「そば粥」も美味しいし、パンもフルーツも温かいものは暖かく冷たいものは冷たく頂きました。

12時まではゆったりできますがいくつか観光もしたいので10時頃には宿を後にしました。

さり気無い配慮や優しい心遣いなど、これでは絶体人に勧めたくなる程の心に残る素敵な温泉宿でした。ここに泊まって何もせずゆったりと時を過ごすのに一番向いている宿だろうなって感じたけど、観光しようと云う心がまだ忙しないのですね。

葛飾北斎の鳳凰が描かれている小布施の岩松院で八方睨みの鳳凰を拝観しました。以前来た時は畳に寝転んで見たのですが今回は椅子に座って説明を受けました。また小林一茶の「やせ蛙まけるな一茶これにあり」の句が読まれた場所でもあるようで石に刻まれています。いくつか国変えさせられた「福島正則」の菩提寺でもあります。

小布施といえば栗ですが、ここで名物のクリを使った甘いものとワイン等購入。

その後軽井沢に出て「アウトレット」というのですか、色々たくさんのブランド衣料店などが集まっている広い店舗群を見て、でも寒かったし、そんなブランド品買うという気持ちも殆どなく。多分既に氷点下になっているだろうと思われる寒さにふるえて、帰途につきました。今年もいくつか宿泊旅をしました。それぞれに楽しい思い出があります。多分、今年の最後の旅の温泉宿「岩の湯」さんは締めくくるにふさわしい心温まる良い宿でした。

自宅の風呂では一日遅れの「ゆず湯」にしましたが、冬至の日には「仙仁温泉」の大風呂で朝風呂の「ゆず湯」でした。

 


 

 

 

 

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旅の記憶

2014年12月03日 10時12分33秒 | 旅行

衆議院が解散して総選挙の公示がされました。日本がこれからどこに向かうのかを決める大事な選択になりますので、今回は特にうるさいなーなんて思わずに候補者の考えを良く知りたいと思います。

さて、3日程、過ぎてしまいましたが「対馬・長崎」旅行の思い出を綴っておきます。

我々日本人がというより人類が決して忘却してはならない場所として広島と並んで長崎の平和公園が有ります。

こんなにも原爆投下による被害が発生しそのことを心ある人・国が遺憾の意を表しているのですから原点を忘れないようにしなくては。

言葉に尽くしきれない、ただ祈るのみ。ただどうなのだろう。信仰が原爆投下を抑えることはできなかった。ただ、結果後の心の慰めになっていないだろうか。それも大切ではあるけれど。

西欧列強が海外に進出していくとき、まずはカソリックの布教があり、その後に経済・政治活動というパターンが続いてくる。宗教が先鞭として使われてきたという歴史があるのではないだろうか。

長崎にはクリスチャン受難の歴史もあります。

現在、修復中。

銀杏がきれいに色づいて。

眼鏡橋。オランダ坂。

グラバー邸。動く歩道も整備され、こんなに広かったっけって思いが。

大浦天主堂。三枚目の門柱のマーク。これはまさに秘密結社のマークでは。

長崎出島。もう、現在は出島と呼ぶには埋め立てが進んで結構内陸。

たくさん見まして、たくさん飲んで、十分旅を堪能した旅行でした。

さてさて、本日は朝から快晴。昨日は、定例になってきた浦和西高校時代の仲間と東京駅近くの「まほらば」で集まりましたがその話は後日として、本日も15時に業務関係の待ち合わせが大宮駅西口で有ります。きっと今回も仕事の話はすぐ終わり「力」で懇親会かな。ちょっと胃が疲れ気味。


 

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