みことばの光的毎日

聖書同盟「みことばの光」編集者が綴るあれこれ

奇しいみわざを

2021年04月19日 | 詩篇

詩篇 98篇

 日曜日は、離れた地に集う人々とオンラインで礼拝をしました。「子ども宣教」の時には、子どもたちからのレスポンスも受け付けるなどの工夫もみられ、家族がいっしょに礼拝をするという姿勢が貫かれていました。コロナ禍で失われたものもたくさんありますが、得られたことも少なくありません。

 詩篇98篇から思うのは、神のみわざが完全であるということです。1節の「奇しいみわざ」ということばは、旧約聖書ではイスラエルの民の出エジプトです。「奴隷の家」エジプトからの脱出は、モーセを初めとする彼らの英知と力によって成し遂げたものではなく、神お一人によるものです。だからこそ、地の果てのすべての者がイスラエルへの奇しいみわざを見ているのです。

 出エジプトは、イエス・キリストの十字架の贖いのみわざの「型」です。そうであれば、イエスを信じる者が「罪と死の奴隷」から解放されたということは、神が一人一人に為された奇しいみわざなのだと、本篇を読んで改めて強く覚えます。

 そして、奇しいみわざに預かった者は、そのすべてをもって神をほめたたえるのだということを、本篇の後半から教えられます。コロナ禍にあってここしばらく「声を出して讃美歌を歌わない」礼拝が続いていました。4節にあるように、「大声で叫び 喜び歌い ほめ歌を歌」う日を心待ちにしています。


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