みことばの光的毎日

聖書同盟「みことばの光」編集者が綴るあれこれ

愛ゆえの自制

2018年09月26日 | コリント人への手紙第一

コリント人への手紙第一 8章

 夕食を終えた頃、お客様が…。近くの教会で木曜日午後に行われている「外国人のためのドイツ語でおしゃべり」の先生でした。今度の木曜日には午前10時から教会がしている木曜日プログラムの一周年記念行事にいらっしゃい、ということでした。この前の木曜日、来客のために出席しなかったので心配してきてくださったのかもしれません。そこでしばしおしゃべり。話題はやはり、食べ物のことで盛り上がりました。

 コリント教会からの質問の二つめは、偶像にささげた肉を食べてもよいかということでした。このことについては、「みことばの光」が詳しく説明しています。偶像礼拝の町コリントでは、その影響が食生活にも及んでいましたので、教会の中には偶像にささげた肉を食べたら汚(けが)れてしまうと心配していた人たちがいたのです。

 一方で、偶像など生きた神ではないのだから、ということは偶像などないものなのだから、それにささげた肉を食べて汚れるなどということはないと主張する人々も教会にいたのです。パウロはこのような考えに、まず同意します。そのとおりだというのです。

 その上で彼は、知識のある人々が信仰の弱い人々(偶像にささげた肉を食べたら汚れると考えている人々)の前で、むしゃむしゃと偶像にささげた肉を食べてつまずかせるようなことがあってはならないとも教えています。

 正しい知識を持ち、それに基づいて行動するのは大事なこと。しかしパウロは、それが弱い人々をつまずかせるのならば、自分は偶像にささげられた肉を食べないと言います。愛ゆえの自制です。

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