みことばの光的毎日

聖書同盟「みことばの光」編集者が綴るあれこれ

何も恐れない

2019年02月27日 | 詩篇

詩篇 56篇

 ガテの人々にとってダビデは、わが町の英雄ゴリヤテを倒したにっくき相手です。ですから、この詩篇の背景になっているサムエル記第一21章11節以降には、ガテの王アキシュの家来たちが「この人は、彼の地の王ダビデではありませんか。皆が踊りながら、『サウルは千を討ち、ダビデは万を討った』と言って歌っていたのは、この人のことではありませんか」と騒いだ様子が描かれています。

 ダビデはこのようなガテになぜ逃げ込まなければならなかったのでしょうか。サムエル記第一21章10節に、「ダビデはその日、ただちにサウルから逃れ、ガテの王アキシュのところに来た」とありますので、相当追詰められていたことがわかります。彼は、もうユダには逃げ場がないとみたのです。ですからこの時、ダビデはおかしくなったふりをして、窮地を脱出します。

 自分のいのちを守るためにこのようなことまでしなければならいというのは、ダビデにとってどんな思いだったのかと想像します。彼は自分のいのちのために何でもしたと言えます。それは、命乞いを…ということではありません。彼はここで、神の約束に信頼しているからこそ、何としてでも生き延びなければならなかったのです。

 そのような切羽詰まったダビデは、この詩篇で神への信頼を告白します。「神にあって 私はみことばをほめたたえます。 主にあって 私はみことばをほめたたえます」とのことばをおぼえます。きょうの「みことばの光」の黙想へのことばに、「信仰者にとって、困難や危機と神の御前とは、時に同義語である」とありました。目で見る現実が厳しければ厳しいほど、神の御前に自分がいると事実に気づくのです。

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