みことばの光的毎日

聖書同盟「みことばの光」編集者が綴るあれこれ

だれを見るか

2019年05月14日 | サムエル記第一

サムエル記第一 18章

 晴天の下、林檎も小さな赤ちゃんの実をたくさんつけ、鳥が美しい音色で楽しませてくれます。久々に二人で散歩兼買い物。肉売り場の店員さんが妻の姿を見つけて挨拶してくれました。しばらく一人で来ていたので、二人になってホッとしたのかも…しれません。

 敵の武将ゴリアテを倒したダビデは、サウル王の心をつかみました。1節に「ダビデがサウルと語り終えたとき、ヨナタンの心はダビデに結びついた」とあります。父サウルと話すダビデのことばに、ヨナタンが心を動かされたのです。おそらく、神への信仰によって敵陣をかき乱したヨナタンと神に信頼して一人大男に立ち向かって勝利したダビデとの間には、通じ合うものがあったのです。人と人とが神への信仰によって結ばれるのだということを二人の姿から知ることができます。

 サウルは、自分がやがてイスラエルの王を退かなければならないことを恐れていましたが、この時点で次の王がこのダビデだとは思っていません。ですから、初めのうちはダビデを大いに用いますし、ダビデもまたサウルの期待に応えます。けれども、サウルの恐れが具体的になる時が来ます。それは凱旋の折に、サウルやダビデを迎える女たちのことばでした。ダビデの名声はすでに町にも知られ、ダビデは一躍英雄として迎えられます。

 「女たちは、笑いながら…」とありますが、サウルをばかにしてのことだったのかは不明です。彼女たちは素直にサウル王とダビデを喜び迎えたのですが、不安をずっと抱くサウルには、ばかにされたとの思いが湧いてくるのです。そして彼は不機嫌になり、ダビデを殺そうとするようになります。そして、結婚を巡ってのダビデへの非情な要求までします。ここでダビデが、音を上げればサウルの思いも少しは治ったのかもしれません。しかしダビデはやってみせるのです。

 サウルは、神に自分の惨状を訴えることをしないで、ダビデへの憎しみを募らせていきます。だれを見るか、だれを気にするのかと心を探られます。

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