詩篇 61篇

きょうから一週間少し日本にいます。空港のセキュリティチェックで、いつものようにコンピュータをリュックサックから出そうとしたら、「出さなくてもいいよ! この器械は最新鋭だから…」とニコニコ笑顔で言われました。12時間30分のフライトを控えて、これを書いています。
心が衰えているダビデ。彼はこの時の自分を「地の果てから」と表現しています。それは自分が全く見捨てられてしまったような、孤独と絶望の所です。しかし、そこからでも彼は祈ることができるのです。
ダビデの祈りは大胆です。彼は「及びがたいほど高い岩の上に」自分を導いてくださるよう祈っています。ダビデと主との関係は彼がどこにいてもつながっています。そのつながりは、大胆に自分の願いを伝えることができるというものです。
「及びがたいほど高い岩の上」とは、高い所に住まわれる主の所に、主がおられる所にということです。4節で彼は、「あなたの幕屋にいつまでも住み 御翼の陰に身を避けます」と祈ります。
私が住む所、これを読んでいるあなたが住む所、それはさまざまです。しかし、キリストゆえに私たちは、ダビデと同じ確かな希望を持っているのだということに気づかされます。
さらにダビデの祈りは広がりを見せます。王のために祈るのです。今日の「みことばの光」が書くように、ここでの「王」とは彼の子であり、王位継承者のソロモンのことでしょう。
自分のためにではなくて、誰かのために神に祈ることは信仰者の特権であり、務めでもあります。それは、神が自分を「及びがたいほどの高い岩の上に」置いてくださるという確信があるから、力強く誰かのために祈れるのだと思います。

