みことばの光的毎日

聖書同盟「みことばの光」編集者が綴るあれこれ

神によって

2014年04月28日 | 詩篇
詩篇60篇


 朝の公園では牡丹が咲いていました。Photo

 昨日は、私たちの母教会で55年にわたって牧師として奉仕してこられた恩師夫妻のの離任式、歓送会がありました。
 それほど遠くに住んでいるのではないのですが、普段はそれぞれの働きのためになかなか会う機会がありませんでした。私たち夫婦がお二人に会ったのは42年ほど前になりますが、歓送会の間たくさんのことを思い浮かべました。
 「祈っています」ということばに、どれほど励まされたことでしょう。
 恩師の力強いあいさつから、伝道への熱い思いはなお消えてはいないのだということを感じました。

 きょうは詩篇60篇。
 ダビデたちはこの時、神を悲しませることをしたために、神が自分たちを懲らしめておられるという局面にありました。心に留まったのは「神によって、私たちは力ある働きをします」とのことば。「人の救いはむなしいもの」だと言ったあとで、ダビデは「神によって、私たちは力ある働きをします」と告白します。
 「人の救い」とは、だれかが自分たちを助けてくださるということよりも、自分たちには力がないという意味だと思います。

 私たちは、自分たちの救いを届けようとしているのではなく、神の救いを期待し語る者だと、教えられます。そして、教会が「神にあって」歩んでいるか、「神にあって」働いているかと問われるのです。

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