みことばの光的毎日

聖書同盟「みことばの光」編集者が綴るあれこれ

荒野と砂漠が喜ぶ時

2019年10月17日 | イザヤ書

イザヤ書 35章

 買い物からの帰り道、二人で34章の大変に厳しいメッセージについて分かち合いました。主イエスさまがしてくださった十字架のみわざがなければ、聖であり義である神の前に胸を張って立つことなどできないと…。

 きょうの「みことばの光」の初めに、「本章には多くの点で前章との対比があり、歴史の終りに起こるもう一つの側面に私たちを導いてくれる」とあります。

 主イエスがメシアとして、この世界を治めるために再びおいでになる時、この世界は二つの景色を見るのです。一つは神が罪を厳しくさばくことによる茫漠と荒廃の世界であり、もう一つは主の栄光が訪れることによる美しい光景です。その世界を貫くのは喜びです。その喜びは、主に贖われた者たちの喜びであり、人間の罪によって産みの苦しみを強いられていた被造物すべての喜びです。

 1節の「荒野と砂漠が喜び…」ということばに目が留まります。前章では、神のさばきが地に荒廃をもたらし、荒野はジャッカルが住む所になるということばがあります。けれども、メシアの到来は荒れ果てた地を美しい所へと変えるのです。荒野と砂漠が喜ぶのだから、主に贖われた者の喜びはなおさらのこと。

 イエスを主、メシアと信じる者は、必ず訪れるこの美しい世界に造られた大路を歩き、神がお住まいになるシオンに入るという約束をいただいています。この確かなのぞみが今の苦難を乗り越える大きな力になる、と力づけられます。

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