詩篇 64篇

昨日は孫を幼稚園に迎えに行きました。先生や保護者から「戻っておられるのですね」と挨拶されたのでびっくり。どうやら、孫がみんなに「ビッグニュース」を知らせたようなのです。何となく照れくさいような、嬉しいような…。
ダビデはこの時、敵に脅かされていました。彼らの武器は舌です。3節に「苦いことばの矢を放っています」とありますので、巧妙に仕組まれたことばの罠でダビデをおとしめようとしています。5節の「彼らは悪事に凝っています」も心に留まります。ことばで悪をたくらみ、ダビデをやっつけることに凝っているのです。厄介な相手です。
4節に「全き人」とあります。さらに10節には「正しい人」、「心の直ぐな人」とあります。これらのことばを用いて、ダビデは自分を完全だと自慢しているのではありません。これらのことばは、神と間にあるべき交わり、繋(つな)がりがあるということなのです。
さて、敵の企てはうまく行った、ように見えました。
ところが、神はダビデとの契約のゆえに、敵の手からダビデを守られるのです。その方法は、矢を射かけること。それは、3節と4節にある敵がダビデを攻撃する手法と同じでした。
ダビデの敵は、「自らの舌につまず」いたのです。ことば巧みな人は、そのことばによって自滅することもあるというのは、このようなことなのかとあれこれ考えました。
ことばで神の前に罪を犯すことがありませんように。

