みことばの光的毎日

聖書同盟「みことばの光」編集者が綴るあれこれ

剣が人を食い尽くしてよいものか

2019年07月13日 | サムエル記第二

サムエル記第二 2章18−32節

 久しぶりの雨で、芝生も木々もホッとしたように見えました。通り道の林檎の木からはたくさんの実が落ちています。剪定をすればいいのに…と思いながらいました。

 イシュ・ボシェテ側の将軍アブネルとダビデ側の将軍ヨアブとが、ギブオンの池のほとりで闘技をすることになりました。闘技とありますので、双方とも戦争という認識はなかったようです。ところが闘技はエスカレートして双方の戦いへと進んでしまいます。互いにやったりやられたりするのを見ている周囲が、兵士ゆえに気が高まってしまったのかもしれません。

 結果はヨアブ率いるユダの軍勢の勝利なのですが、相手の将軍アブネルを執拗に追い回したヨアブの兄弟アサエルが殺されてしまいます。アブネルは、自分を追いかけてくるアサエルに私を追わずに他の者に向かえと再三に警告したのですが、血気盛んなアサエルはそれでもアブネルに向かって突進します。その結果、アブネルに殺されてしまうのです。そこで、兄弟を殺されたヨアブとアビシャイがアブネルを追い回すという展開です。

 戦いを終息に向かわせたのはアブネルの一言でした。「剣が人を食い尽くしてよいものか」とのことばが心に留まります。しかし、元々闘技を呼びかけたのはアブネルなのです。彼は剣をもってアサエルを殺しました。そして剣を手にしたヨアブやアビシャイに追われたのです。もしかしたら、アビシャイはいのちを惜しんで「剣が…」と言ったのかもしれません。いや軍人である彼がそんなことを思うはずはないでしょう。

 この時、アブネルの心には、自分のいのちを狙って返り討ちに遭ったアサエルや、仕返しのために自分を追いかけているヨアブたちが「兄弟」なのだとの思いが浮かんだのです。人間関係の修羅場の中で、角突き合わせている者の中につながりを見いだせるのだとしたら、奇跡です。

 その奇跡をもたらしてくださったのが主イエスなのだと、心から思います。

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