みことばの光的毎日

聖書同盟「みことばの光」編集者が綴るあれこれ

わたしのものであるから

2015年02月27日 | レビ記

レビ記 25章1−28節

 近ごろは、夫婦とも忘れ物をして笑い合っています。月曜日に子どもたちの家族と夕食をしました。おいしい食事に満足して宇都宮から戻って来ましたが、何かが足りない…。気づいてみたら、コートをお店に置いたままにしてしまいました。お店の人が取っておいてくれたので、土曜日に受け取れることとなりました。きのうはきのうで、きょうの分の記事を掲載してしまいました。だいじょうぶでしょうか??? 

 たとい高価なものでなかったとしても、持ち物をなくしたり、忘れたり、壊したりしたら、落ち込みます。きょうの箇所には、安息年、そしてヨベルの年のことが記されています。がつがつ稼いで必要以上に富を蓄えないように、力の強い人も弱い人も、あるところまで来たらリセットできるように…というのですが、これらの規定には、すべてが神のものだという基本が示されているのだと思います。「地はわたしのものであるから」という23節のことばを心に留めました。

 自分のものに名前を記すのは、所有物だということを明らかにすることです。働いて購入し、あるいは相続して自分の名義にした土地は、自分のものだと誰はばからず言うことができます。しかし、よくよく考えてみたら、それをいつまでも自分のものとして持ち続けることはできません。神のものだからです。

 6年目に3年分の収穫を与えるとの主の約束を読むと、目が開かれるます。自分の力や持ち物に頼るな、主に信頼して生きるようにと…。

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