みことばの光的毎日

聖書同盟「みことばの光」編集者が綴るあれこれ

神はわれらとともにおられる

2019年09月17日 | イザヤ書

イザヤ書 7章

 ユダの王アハズは、あることばによって心が大きく揺らぎました。それは、「アラムがエフライムと組んだ」という情報でした。イスラエルはユダの北に位置するいわば兄弟国。アラムはさらにその北の国でした。北東の大国アッシリアに立ち向かうため、イスラエルとアラムは「反アッシリア同盟」を結び、さらにユダにも同盟に参加するようにと声をかけました。しかし、アハズはこれを拒み、そのためにイスラエルとアラムはエルサレムを攻めに来たのです。

 大きく揺れ動く中、神はアハズ王のところに預言者イザヤを遣わし、アラムとイスラエルを恐れてはならないとのことばを届けます。右か左かどちらに進むべきかがわからない時に、すべてを知り支配なさる神がことばを届けてくださるとはなんと大きな恵みなのかと思います。「恐れてはならない」とのことばを覚えます。このことばを信じることが求められるのです。

 さらに神はアハズに、「しるしを求めよ」と迫ります。ここでは、神のことばを信じるために…ということでしょう。アハズの「私は求めません。主を試みません」ということばは敬虔そうに見えますが、実は不信仰から出ています。私は信じないということばの別の表現なのでしょう。神からの呼びかけに信仰をもって答えないのは、神の民である「ダビデの家」ではありえないこと。そこまで、神との関係が遠かったということなのです。

 その中も神はしるしを与えてくださいます。すばらしいしるし、それが「インマヌエル預言」です。その時のアハズには何を意味しているのかがわからなかったでしょう。これはアハズの時の700年以上もあとにイエス・キリストによって実現するのです。

 アハズは、恐れを神のことばを信じ、神からのしるしを求めることによってではなく、アッシリアに頼ることによって乗り切ろうとしました。それがどれほどむなしいことかは、この章の後半に明らかにされていきます。

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