みことばの光的毎日

聖書同盟「みことばの光」編集者が綴るあれこれ

潔白の証明

2019年07月15日 | サムエル記第二

サムエル記第二 3章22-39節

 日本は、「海の日」でお休みなのですね。数時間遅れで聞くことのできるラジオニュースは、関東地方は30年ぶりの日照不足で太陽がほとんど顔を見せない報じていました。あの年にはお米が穫れず、翌年タイ米を食べていたことを思い出しました。農業をしておられる方は気が気でないことでしょう。

 ダビデのもとから安心していったサウル家の将軍アブネルは、ダビデの将軍ヨアブの手によって殺されていまいます。表向きの理由はダビデ家の安定のためだと言えますが、じつのところは兄弟を殺されたヨアブによる復讐、ライバル意識などがアブネル殺害の真の理由だったと言えるでしょう。

 ヨアブがアブネルを殺したということは、せっかく「ダビデを全イスラエルの王へ」との機運にあったイスラエルの長老たちに疑念を抱かせることになりかねません。大変なことが起こってしまったと思ったダビデは、自分はアブネル殺害にはまったく関わっていないと、身の潔白を証明する必要がありました。

 ダビデはヨアブとその家に呪いのことばを語り、自らがアブネルの棺の後について歩き、ヘブロンに葬り、墓の前で声を上げて泣き、哀歌を歌います。さらに悲しみを表わす断食をします。これらダビデの行動を見た民は「それで良いと思った」のです。「それで良い」とはアブネル殺害についてダビデは潔白だと認めたということです。

 それならなぜ、アブネルを殺したヨアブを処罰できなかったのかという疑問が残ります。理由は38,39節のダビデのことばでしょうか。自分のものにしている王が、「今日の私は無力だ」と嘆くのです。

 ギリギリの悩みの中で、「主が報いてくださるように」ということばが輝いて読めます。

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