みことばの光的毎日

聖書同盟「みことばの光」編集者が綴るあれこれ

それでも悔い改めず

2017年12月02日 | ヨハネの黙示録

ヨハネの黙示録 9章12−21節

 第六の御使いがラッパを吹きました。ラッパを吹くのは、ここでは神のさばきの幕が上がることを示します。ユーフラテスのほとりにつながれている四人の御使いが解き放たれ、二億の騎兵が人間の三分の一を殺すために現れます。

 二億という数字は「二万の万倍」であり、「万の万倍」とは当時の人々が最高の数を表す際に用いられるということから、数え切れないほどのおびただしい数の…ということを表すのでしょう。おびただしい数の三色の胸当てをつける騎兵が乗る馬は、獅子の頭のようで口からは火と煙と硫黄が出ていました。絵にすると、現代の戦争で用いる殺戮(さつりく)兵器のようにも見えてきます。

 ここで悲劇的なのは、これらの災害で殺されなかった残りの人々が「悔い改めなかった」ということばです。きょうの「みことばの光」には、黙想として「なぜ、悔い改めを拒むのか」とあります。悔い改めるとは、聖書によく出てくることばです。神の前に自分が罪ある者であることを認めて、これまでの方向を変え、これまでの行いを改めて歩み出そうとする姿勢を言います。

 彼らは自分たちを守るのは相変わらず、「見ることも聞くことも歩くことのできないもの」だとしているのです。額に神の印が押されていない者は何が起こっても悔い改めることはないことを表しているとも取れますが、ここでヨハネは彼らに「悔い改めほしい!」との願いを強く抱きながら、悲劇的なことばを綴っているのではないのかと、思えるのです。

「悔い改めて、神に立ち返りなさい。そうすれば、あなたがたの罪はぬぐい去られます。」使徒3章19節


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