みことばの光的毎日

聖書同盟「みことばの光」編集者が綴るあれこれ

尽きない祝福

2012年11月13日 | エゼキエル書
エゼキエル書47章


 通っている教会では、時々料理を持ち寄ってお昼をいただいています。楽しみの時です。いろいろなものを味わえるからです。
 日曜日にお伺いしたスイスの教会でも、おいしい食事をいただきました。午後3時から礼拝をもっていますので、楽しい夕食ということですね。

 それほど多く訪ねているわけではありませんが、海外の日本人教会の持ち寄りのお料理の多くは日本食なのです。そういえば、土曜日にもたれた家庭集会でも、油揚が食べたい、作ってみたけれどもうまくいかなかったなどと、日本食に果敢に挑戦している方々のお話を聞きました。日本で、油揚などスーパーに行けばすぐに手に入れることができますが、海外ではそうはいかないようです。そこで、日本の味を出そうと工夫をしておられるのです。

 47章を読むと、驚きとともに豊かな気持ちになります。
 神殿から出た水の流れが次第に深く豊かになっていき、ヨルダンの低地を通って海(死海のこと)に注ぎ込みます。不思議だと思うのは、水が流域を潤し多くの生き物を潤していくのに流量が減るどころか豊かになっていくことです。私たちが普段見ている川は、様々な支流が合わせられて大きく豊かな流れになっていくのですが、この川は違うのです。

 神の祝福の豊かさを覚えます。尽きないのです。「みことばの光」では、「主が共にいてくださることこそが、祝福の始まりである」とあります。私たちも神の豊かな祝福を日々いただいているのです。
 そして、祝福は分け合うものだとも言われています。
 
 教会で持ち寄りの食事を食べながら、神の祝福も分け合うものだと思いました。
 

 


2011-2024 © Hiroshi Yabuki