旧・境界線型録

この世の「型」を矯めつ眇めつ眺めて、頭の型稽古をする極私的道場。

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重さと固着。

2009年09月04日 | 楽体記
 またぞろ地獄の季節が訪れた。これは景気立ち直りの兆候なのか、燃え尽きる瞬前の劫火なのか、娑婆世界をうろちょろする凡愚にはとんと見分けがつかない。
 先刻帰宅し、米焼酎のジンジャエール割りをグビッとやったら、雨が降ってきた。近頃は気が滅入っていてナーバスだが、ツキがある。気分が悪いのにツイテいるとは皮肉なもので、素直に喜べず、ふざけたツキだとか怒ったり罰当たりなものである。そもそも私は不愉快をつい楽しんでしまうふざけた性癖もちなので、快でも不快でもたいして変わらないから、どっちでもいいんだが。
 とりあえず愚痴ったところで、最近また連日電車修行をして考えたことを記録しよう。
 いつも揺れを如何にやり過ごすかと遊んでいて、始めは足裏四点の加圧に応じて膝と腰を調節したり、骨盤や仙骨でやったり色々変遷してきた。このところは腹で調節する感じになっている。というのは、床に踏ん張るから上体も傾くし緊張するのだから、傾かせようとする力が襲ってきたら足を浮かせてしまえばいいという思いつきのせいである。
 これは実際かなり有効だが、両足同時に腹で上げるのは異様に難しい。腹の筋肉を自在に操れれば可能だが、どうしてもどこか一点を重力に委ねていないと片足すら上げにくい。まだ今後の課題だが、昨日記録した線から点への感覚移行は、これに強く影響するだろうと考えている。重さというか重力を感じ取る一点が、足の呪縛を解かせられる一点にあるなら、両足同時に上がるな、と。なんじゃそりゃ、と思われるかもしれないけど、試行錯誤する価値はあるのでお奨めである。できた人は、どんな感覚だったか教えて欲しい。
 怪しげな技術に関心をもったのは、やはり合気道のせいである。構えと膝行の解析からナンバ歩法の意味と技術を探っていた辺りは単純な物理だが、骨に着目しだしてからどんどん怪しげになってきた。わかりやすい怪しさは、やはり二カ条だろうか。この方法論、事細かに説明しても伝わらない。理屈を辿れば明らかに物理であり、たぶん解剖学的にも理に叶っていることだと思う。ところが、どうにも伝わらない。
 一カ条固着はいつもくどくどしている肘の軽い捻れで、たぶん尺骨が肘関節に対して少しキリリッと捻れるせいで固着気味になるのだと思うが、面白いことに捻れが僅かでもオーバーしてしまうと、関節が動いて自由になり固着しない。ここが難しいらしい。固着しないのは、力で捻ろうとするからである。力で捻ろうとすると固着の境界感覚が失われて、越えてはならない一線を越えてしまう。
 私的楽体上半身部門では、この点が最高の要点。私はこの固着させる境界感覚を「技」と呼ぶ。
 下半身からいきなり腕の話になったが、この関係はもの凄く緊密である。なぜなら、腕の固着を実現する動力は、今のところ「重さ」に他ならないからだ。
 よく二カ条を問われると、相手の手甲を掴まず、腕力で捻らずに、相手の手甲にぶら下がったようにして自分の腕の重さで落とすと、自然に固着すると言う。固着感覚が掴めてしまえば、力でやっても可能だが、まず感覚を掴まないと固着に至らない。
 久しぶりなので、お稽古用の技術面も再録しておこう。
 相手の手甲を自分の手に嵌めこみ、相手の前腕をなるべく動かさないように、サラッと脱力して自分の腕を落とす。すると、相手の前腕がこちらの腕の落下によって軽く捻れ、自動的に捻れが止まる。この状態を維持すると固着になる。注意しないといけないのは、この段階では相手の上腕を動かさないこと。上腕が動いたら、そこで固着が切れる。
 固着に成功したら、相手の肘の感じをじっくり味わう。骨をしゃぶるように味わう。手甲を握ってしまっていると味わえないので、絶対に握りしめない。掴まずに掴むこと肝要也なんである。
 固着の味をたっぷりしゃぶったら、その味が消えないように、相手の肩を支点として上腕を捻る。二カ条の場合は内旋させる。これも力ではなく自分の腕や体の重さでやる気分がいい。と、相手の肩を支点とした上腕の捻れが自動的に止まる。二カ条固着の一丁上がり。なんの努力もいらないのでお手軽であるが、重さ感覚がないとムリなとこが厄介らしい。
 たまに二カ条は目の位置から下に斬り降ろすとか耳にするが、固着感覚があれば高さは関係ない。私はしょっちゅう腰辺りで絞めて遊ぶ。強靱な人には耐えられてしまうが、そこそこ使える。
 しかしこの固着は、楽落釣りから見れば、第一歩に過ぎない。曲玉りは楽落釣りを実現するひとつの方法論として有効だが、感覚が甘くまだまだ闇の彼方。
 というような遊びを愉しめるのも、体重が外側に零れてるゥとびっくりしたお陰、というわけである。地球に重力があって、ホントに良かったと感謝する次第である。
 いつの間にか不機嫌は吹っ飛び、ご機嫌である。楽体の癒し効果は絶大であるな。
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