SURGERY NOW note
がん治療と外科手術に関する新しい情報や日常診療を通じて感じたことなどを紹介します。
 



 2010年8月21日青山葬儀場で行われた羽生富士夫先生のお通夜に出席しました。行きの地下鉄の車両の中にも出席者と思われる人が沢山乗っており、乃木坂で私と同じドアだけでも3人が降りました。もちろん会場には多くの人が集まっていました。多くの人からどれほど羽生先生が慕われていたのかが想像できると思います。

 お通夜ではドボルザークの交響曲第9番「新世界から」が流れ、会場の祭壇は羽生先生の名前の由来である冨士山をかたどった大変品のあるものでした。弔辞は日本消化器外科学会理事長の杉原先生、日本肝胆膵外科学会理事長の高田先生、千葉大学大学院先端応用外科(旧第2外科)教授の松原先生の3人でした。弔辞の中で羽生先生の愛情深い人柄が何度か述べられていました。私も千葉大第2外科の先輩である羽生先生からは大変親切にしていただきましたから、その暖かいお人柄は私なりに存じています。そんな人柄だったからこそ羽生先生は多くの人から慕われたのだと思います。

 その1例として、羽生先生が大鐘稔彦氏の小説「孤高のメス」の関東医科大学消化器病センター羽島富雄教授のモデルであり、作者の大鐘稔彦氏の研修の時の外科の師匠であったことが挙げられます。孤高のメス 神の手にはあらず の第1巻の巻頭には「小著を真の外科教師たりし羽生富士夫先生に捧ぐ」とあります。羽生先生は、多くの外科医の指導者であり、精神的支柱であったのだと思います。

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