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好きなことを好きなだけ楽しみたい欲張り人間の雑記帖

『ツバキ文具店』 小川糸著

2018年08月11日 | 読書雑感
小川糸作品としては5作目になります。以前にNHKの番組で観ていて、今の時代に代書屋という仕事を若い女性がするというアナクロ的な設定が、鎌倉という土地柄と相まって、特殊な雰囲気を持った作品になって非常に愉しめるドラマになっていた。そんな記憶があったの、見つけた時に思わず手にとってしまった。

この作品も小川糸ワールド満載の物語で、読んでいるうちにホッコリと幸せになれること間違いなし。あちらこちらに乙女ちっくな言葉が撒き散らされ、そんな今様な雰囲気の中で若い女性が「代書屋」という、めったに目にしない職業ならでは物語が紡がれる。一種の逆張り戦略だよね、代書屋という仕事をする若い女性という設定が。

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眠くなるのではない。自分の意識が、どこか深くて暗くて底のない場所へ、ゆっくりと後ろ向きに埋没していくのだ。後一歩で、恍惚の境地に達しえそうだった。
「ゆっくりと後ろ向きに埋没」という言葉のセンスが好きです。普通の人には出てこないはずの形容の仕方があちらこちに顔を出しているのが、小川糸さんの本を読む愉しみのひとつになっている。

百ワットの明るさの声を出す。
これもそう。職場にやたらと元気の良い声を出し、周りにエネルギーを振りまいている女性がいるが、「百ワット」という形容の仕方がぴったりとくる。多少、不必要な明るさという意味合いも伝わってくるのだが...

気がつくと、もう太陽が沈んでいる。目の前に、堂々と夜が姿を現す。生まれたばかりの夜という生き物に餌をあげるみたいに、浜辺ではこどもたちが花火に火をつけ遊んでいる。

その瞬間、朝陽が廊下の窓から差し込んできた。ピカーッ、という派手な音が聞こえそうなほどの強烈な光だった。まぶしくて、めまいがしそうになる。

きょうは旧暦のお正月である。そういわれると、なんだか町全体の雰囲気が、紅をさしたようにほのぼのと明るくなってくる。

「生まれたばかりの夜」、「ピカーッ」、「紅をさしたように」、はどれも純粋な心の持ち主だからこそ出てくる正直でストレートな物言いだと思う。心根の悪い人は誰も出てこない物語に相応しい表現であり、小川糸の小説ならでは幸福感をもたらしてくれている。

一方、日ごろメールなどでものを書く習慣がありながら、知らなかったことも教えてくれている。

手紙の最初に書く「拝啓」という言葉は、「へりくだって申し上げます」という意味だ。その言葉出始めた手紙は、「敬具」でしめるが、それは「以上、うやまって申し上げました」という気持ちを表す言葉である。もっと丁寧に格式をもって書く時は、「謹啓」とし、その場合は「敬白」で結ぶ。要するに、これはお辞儀のようなもの。季節のご挨拶もすべて省いていきなり本題に入る時は、「前略」と記し、「不一」で結び、十分に意を尽くしていないことを示す。走り書きをわびる場合は、「草々」で締める。前略は、挨拶で言うところの「やぁー」とか「ハ~イ」といった、ごくごく親しい間柄で交わされる気軽な挨拶だ。

へぇ~、そうだったんだ。単に、「かしこ」は女性の結び言葉、「草々」は「前略」とセットで使うという程度の理解でしかなかった。チコちゃんに"ボーっと生きてるんじゃねーぞ"と叱られずに済みそうだ。そして、日本人に伝わる体をいたわる為の食の知識がこれだ。

春は苦み、夏は酢の物、秋辛味、冬は油と心して食え

心得を通り越して、文章としても美しいね。だからこそ、物語の中で主人公は、墨で手書きしたものを部屋に張り出しているのだね。よく分かる、そして、この小説の中身をもよく表している。
コメント
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