以下は前章の続きである。
見出し以外の文中強調は私。
思想の自由がもたらした反日
会見は日本記者クラブ主催であったため、新聞社OBや海外メディアも参加していた。日本経済新聞OBから質問があった。
「私が韓国に赴任していた80年代は慰安婦問題がありませんでした。その後、88年にソウル五輪が開催され、当時われわれは韓国が豊かになれば日本に対してもう少しおおらかになるのではと期待していた。しかし、韓国は大きくなればなるほど反日が強くなっている。これはなぜだとお考えですか」
李氏の答えは、80年代に起きた韓国民主化のもう一つの側面だった。
「50年代から80年代まで韓国は高度成長しました。50年代から63年までは毎年10%成長を成し遂げました。李承晩、朴正煕、全斗煥と日韓協力はうまく進みましたが、88年の韓国民主化によって思想の自由がもたらされました。韓国ではそれ以前、マルクス主義に言及することさえ不可能でしたが、88年からそれが許されました。そこで、押さえつけられていた政治勢力が一気に噴き出してきました。その中に大韓民国の建国に反対するものが多く含まれていたのです。彼らは親日派が大韓民国を作ったと考えてきた人々です。そういう反対勢力の政治的影響力が次第に増していき、93年に金泳三時代となり、それ以後、私がこの本で書いた反日種族主義の感情が韓国を支配してきたのです」
別のOB氏はこう尋ねた。「これほど衝撃を受けた本を読んだことがなかった。韓国の反応はどうなのか。一般人、学者、政治家は何と言っているのですか」、李氏は答えた。
「韓国の読者の反応は極端に二つに分かれます。好感と嫌悪感をみることができます。主要な書店のウェブサイトに読者がレビューを書いています。両極端の意見が対立しています。民主化勢力やNGOから強烈な批判が提起されていますが、韓国の諸大学、歴史学会の反応はまだないです」
最後に韓国メディア、中央日報記者が聞いた。「日本でこの本がこれほど売れている理由についてどう考えますか。確かに日本で大きな反響を受けていますが、この本ぱ日本の歪曲した歴史認識に加担する、手を貸しているのではないかという指摘をどう思いますか」
李氏は神妙な面持ちで答えた。
「(日韓関係は)韓国だけの問題でなく日本を含む東アジアの問題だと思っています。日本で売れているのは日本の読者がアジアの自由民主主義について関心を持っているからだと思います。また、(記者氏は)歴史歪曲という話をされましたが、閉ざされた世界の歴史が外に持ち出されると、(閉ざされた世界の人々は)外から歪曲されたとみることがあります。また歴史への責任という話をされましたが、韓国の自由市民は日本の自由市民と共感できる意識を作っていかなければならないのです」
左派の日韓連携に危機感
李栄薫氏はこれまでのインタビューで、左派メディアやNGOの日韓連携に危機感を表明してきた。記者会見に際して行ったスピーチでも、あえて慰安婦問題で強制連行の証言者を名乗った吉田清治氏や性奴隷説の研究者である吉見義明氏について言及した。「この本は日本のいわゆる進歩的知識人に反省を促す意味もあります。日韓の左派たちは連合してきました。慰安婦問題をはじめ、土地収奪論も徴用工強制労働も日本発で'歴史の神話'がつくられてきたのです。そして結果的にそれは、日韓関係を悪化させる役割しかなかったのです」とも語っている。
いまのところ韓国で李氏への集中攻撃は起きていない。発売当初に執筆メンバーの一人、李宇衍氏が暴漢に襲われたのが唯一だ。メディアでの反論は左派新聞「ハンギョレ」が散発的に掲載しており、「『反日種族主義』が起こす騒音と懸念」との社説で「『反日種族主義』という本が深刻な騒音を引き起こしている。全国民の常識である日本軍『慰安婦』と徴用の強制性を否定しただけではなく、独島も大韓民国の領土である証拠がないという挑発的かつ荒唐無稽な内容を盛り込んでいる。…韓日間の“経済戦争”を繰り広げている最中に聞こえてきたとんでもない知らせに、開いた囗が塞がらない。著者たちの反歴史的かつ没理性的行動はもとより、恥辱の歴史を省察・自覚できない一部の退行的流れについて懸念せざるを得ない」などと書いた。
ハンギョレはその後、「日帝時代の強制動員は延べ780万人」などと主張する市民団体「日帝強制動員&平和研究会」幹部の寄稿や、反日史観の「民族問題研究所」が主張する「日本の朝鮮総督府の財産は大韓帝国の財産を強奪したもの」などの記事を載せている。 また、この本を政治的に捉え、日本の「新しい教科書をつくる会」に例える傾向もある。韓国歴史学者からの声で、「反日種族主義の執筆グループには政治的意図があり、内容は親日と独裁の美化で、彼らの意図は、日本の極右勢力『新しい歴史教科書をつくる会』のように大衆的影響力を拡大して保守層を結集し、これを通じて自分かちの立場を強化しようとすること」などと政治化しようという動きもみられる。
執筆グループは韓国国内で「反日種族主義論争」をむしろ継続することを望んでいる。これまで韓国では2005年3月、韓昇助・高麗大名誉教授が「月刊正論」に「共産主義・左派思想に根差す親日派断罪の愚―日韓併合を再評価せよ」と日本統治の肯定的側面を取り上げた論文を掲載して韓国で大騒ぎになり、糾弾されて大学を追われたことがある。その後も「親日」とレッテルを貼られることで社会的制裁やバッシングが続いてきたが、今回は少し様相が異なるようだ。
『反日種族主義』は、李栄薫氏が3年前に韓国の保守インターネットテレビ「ペン&マイク」で近現代史講義を行ったことが始まりだった。最終回で「慰安婦の女性たち」を取り上げ、17世紀の朝鮮王朝の官妓から説き起こして日本の公娼制度に組み込まれた日本軍慰安婦を分析、「慰安婦性奴隷説」を全面的に否定した。通常ならたちまち「売国奴」とののしられることになるが、媒体が保守ネットだったこともあって大騒ぎにならなかった。
『反日種族主義』はこの講義を拡大し、各分野の専門家を交えて行った45回の韓国近現代史講座を本に凝縮したもので、実証に基づいたこの論調はひたひたと韓国に広がっている。
これからも「韓国で論争を仕掛けていく」とする李栄薫グループのターゲットの一角には、反日歴史観を共有する日韓連携左派の存在も入っている。

