以下の書は日本国民全員が必読であるのみならず世界中の人たちにも必読の書である。
朝日新聞を購読しNHKを視聴しているだけの人たちが全く知らなかった事実…知らされなかった事実が満載されている。
戦後日本で最高の書の一つである。
渡部昇一氏は私の生まれ故郷である宮城県の隣県である山形県の出身である。
山形県人は、戦後日本で最高の知識人であり日本の本物の宝物である氏の同郷人である事を日本と世界に向かって誇り続けなければならない。
岩手県人は大谷翔平と菊池雄星を生んだ事、宮沢賢治を生んだ事などは永遠に誇るべきだ。だが小沢一郎を生んだ事は永遠に恥じなければならない。
宮城県は一高(東大)二高(東北大)だった伝統、伊達政宗という稀代の名君の見事な統治を正しく継承し、学都仙台、杜の都仙台を作り上げている事を永遠に誇るべきである。先日も、京都の高島屋のトイレでサラリーマンの二人連れが会話していた…仙台は一番良かった…定年退職後は住む事を考えてもいます…
それと「文明のターンテーブル」を生んだ事も永遠に誇らなければならない。
いまの土地問題をつくった改革
戦後日本の土地改革については、地主を廃止したことで小作人を喜ばせ、ある意味では共産革命を難しくしたという功績、があるかもしれない。
しかし長い目で見ると、小作人という敗戦利得者を作ったマイナス面は大きい。
明治以来、日本は山奥にまでたちまち鉄道を敷いた。
ブルドーザーなどの重機もない時代だから、鉄道を敷くというのは道路を造るよりも難しかったはずだ。
そんな時代に、なぜ日本の隅々にまで速やかに鉄道を敷くことができたか。
戦前は大地主と話がつけば、土地を手に入れることは簡単だった。
地主のなかには、お国のためだから、と儲けるつもりもないような人がたくさんいた。
だから土地が大きな問題にはならなかった。
戦後は、何をやろうとしても土地の問題になる。
しかも、地主と言っても元来は小百姓である。
そして先祖代々、自分の土地だという人はあまりいない。
土地問題が絡んで改革が進まないのは、ごね得だからである。
これが土地改革で地主を廃正した弊害の一つの表れだ。
もっと重要なのは、地方文化が絶滅したことだ。
講演を頼まれて地方の都市に出向いた際、私はよく「この都市の一番の納税者は誰ですか」と訊いてみたが、ほとんどの中小の都市では医者だった。
つまり、本当の金持ちがいないのである。
昔は地方には、村にも町にもたいてい一町屋敷があって、発信力は中央には劣るけれどもそれを中心に文化が作られていた。
いまはそれがほとんどなくなっている。
そして、「東京と地方」というくらい差が大きくなってしまった。
これも土地改革の当然の結果である。
元小作人を太らせた
耕作させないので田舎では土地が荒れ果てたまま空いているのに、日本は食糧自給率が低いなどと馬鹿なことを言っている。
私の郷里の鶴岡空港に降り、鶴岡市まで行く間に、草ぼうぼうの土地がたくさんある。
減反政策で耕作できないらしい。
しかし、大地主がいればそんな状態にはしておかないだろう。
自民党の加藤紘一氏はその選挙区の代議士であるが、彼は「このあたりは、小地主・大小作人です」とうまいことを言っていた。
大きな地主はおらず、小さな地主たちは自分で耕さずに小作会社にまかせているということだ。
何のための農地改革だったかわからない。
ただ、日本の土地改革は無料で土地を放出しだのではなく、小作人はタダみたいな値段ではあるけれどもいくらかの金額で上地を買った。
これがよかったことは、いまの中国を見ればわかる。
中国は土地を取り上げて地主を殺し、国有地にしてしまった。そしていま、農民が土地から追い立てられていることが問題になっている。
私有財産ではないので、国や地方政権には追い立てる権利がある。
先の全人代(全国人民代表大会)でも土地所有の問題、が出るのではないかという期待があったが、取り上げられなかった。
できるはずがない。
地主は、すでに六百万人も殺されているのである。
誰に土地を返すのかという話になる。
地主の子孫を探しても、それが本当の子孫なのかどうかわからない。
土地問題が解決できないままでは、シナの歴代王朝が農民暴動によって潰れていることから考えると、中国共産党王朝もこれがもとで潰れるかもしれない。
日本のように、どんなに安くても農民に土地を売るという形にしておけば、少なくともこの問題は避けられただろう。
日本の土地改革では、その後、発達する大都市周辺の農民、が得をした。
私の知っている銀行の人は、「日本の本当の金持ちは大都市周辺で田圃を持っていた人です」と言っている。
東京でも練馬区あたりでは、一族がチャーター機でヨーロッパに遊びに行くというような話もあった。
これは実業界の大物でもなかなかできないことである。
私の家の近所にも某大商事会社の社長の家や某国際的大企業の社長の家があるが、そんなに大きな家ではない。
そして、その脇には何倍も大きな農業をやっていない農家があったりする。
日本の産業を支えた、本来は大金持ちであるべき人たちは、東京周辺の元小作人の足下にも及ばない。
こういうことを我々は知っておく必要がある。
この稿続く。


