以下は本日発売された週刊新潮の掉尾を飾る高山正之の連載コラムからである。
本論文も、彼が戦後の世界で唯一無二のジャーナリストである事を証明している。
日本国民のみならず世界中の人たちが必読。
イランちょっかい
アブラハムの妻サラは不妊症で子はなかった。
75歳になったサラは夫に女奴隷ハガルを抱くように勧め、女はやがてイスマエルを生んだ。
神は気紛れで、90歳になったサラを妊娠させ、イサクが生まれた。
神はイサクを愛し、その子孫がユダヤ人となった。
腹違いの兄イスマエルはアラブ人の祖となった。
同じセム族なのにここで微妙な亀裂が入った。
ユダヤ人イエスの生涯を語る新約聖書にはイサクだけが語られた。
アラブ人ムハンマドのコーランには逆にイスマエルだけが語られた。
イスラム教徒はメッカのカーバの黒石を巡ったあとザムザムの泉に行ってその水を飲むのが形だ。
サラにいびり出されたハガルと幼いイスマエルが渇きで死にかけたとき砂漠の中から湧き出た泉がそのザムザムだ。
そんなわけで同じセム族なのにユダヤ人とアラブ人はずっと憎み合ってきた。
イスラム最盛期にはエルサレムも征服し、ユダヤ教徒の聖地ソロモンの丘にイスラムの神殿「岩のドーム」を建てた。
ユダヤ教徒にはその丘の西の壁だけが残され、それで世間は「嘆きの壁」と呼んでいる。
先の大戦のあと、国連はパレスチナの地を分割して一方にユダヤ人の国イスラエルの建国を認めた。
アラブ人は怒る。オレたちが取った地にユダヤ人の国を作らせるな。
かくてイスラエル建国の翌日からシリア、イラクなどアラブ諸国がイスラエルを攻めに攻めた。
およそ30年間、4度も戦い、双方とも嫌気がさして今は膠着状態にある。
考えてみれば同じ血が流れるセムの民だ。
最近は近親憎悪も薄れ、サウジもエジプトもイスラエルとの和解を選び出した。
ところが「そんな和解は認めない」「イスラエルを滅ぼさねばならない」と脇から煽る国がある。ペルシャ人の国イランだ。
彼らは人種的にはアーリア系でギリシャの民とは同族になるが、宗教はオリンポスの神々ではなく、ペルシャ人預言者ゾロアスターの教えを信仰する。
因みに聖典「アペスタ」には「悪が蔓延るとき処女が懐胎して救世主が生まれ、悪を倒して千年王国を立てる」とか「最後の審判」とかが描かれている。
ゾロアスター教は中東の民にも影響を与え、バビロンに囚われたユダヤ人はアペスタを下敷きにユダヤ教(旧約聖書)を書き下ろしている。
ユダヤ教から生まれたキリスト教はもっと露骨にマリアの処女懐胎から救世主の復活を語っている。
イスラム教はそのすべてをひっくるめ、モーゼもイエスも登場させている。
ゾロアスター教徒のペルシャ人にすればイスラムも可愛い孫宗教に見える。
この際、本家としてイスラム世界を糾合し、彼らの敵イスラエルを倒して見せようとホメイニ師は考えた。
それでイラン式ジーハドをアラブ人に教え込んだ。いわゆる革命の輸出だ。
平たく言うと「殉教すれば本人は72人の金髪の美女が待つ天国に行ける」(AP)し、遺族には「かなりの年金が出される」と。
それはアラブの若者を十分刺激し、自爆テロを志願する者が列をなした。
イランは自爆に必要な機材と遺族のための年金を用意し、今では国家予算の半分が対イスラエル工作に使われている。
しかしペルシャ人は基本イスラム教徒ではない。酒も不倫も大好きだ。ユダヤ人も別に憎くもない。
今度の五輪では亡命イラン人柔道選手とイスラエル人選手が談笑もしていた。
しかしイラン政府はイスラムの頂点を目指して国費を乱費し続ける。
国民はそっぽを向く。今度の大統領選も大半が棄権した。
一方のアラブ人もお節介に自爆テロを持ち込む余所者にうんざりしている。
そんな中、NHKの豊原謙二郎アナが五輪開会式でイランを「アラブの国」に数えていた。
当事者がみな顔を引きつらせた珍しい例だ。