01年73本塁打を生んだボンズのバット、話題の魚雷バット…“革命”をもたらしたのは門外漢(スポニチの意見)
革命は、時に門外漢によりもたらされる。大リーグは開幕早々、アーチ量産したヤンキースの魚雷バットが話題をさらった。魚雷バットを生んだ現マーリンズのフィールドコーディネーターのアーロン・リーンハート氏は、物理学の元大学教授。今回の騒動で思い出すのは2003年春、フロリダのキャンプ地でメープルバットを世に送り出したサム・ホルマン氏(当時57歳)をインタビューしたことだ。
「こうもりマーク」のサムバットで、あのバリー・ボンズが使用し、01年シーズンに73本塁打の大記録を打ち立てた。リーンハート氏と共通するのは、元は門外漢であったこと。サウスダコタ州の田舎町出身で、カナダ人女性と結婚してオタワに移住、大工となり、ナショナルアートセンターで舞台係を22年間務めた。50歳になる頃、行きつけのパブでたまたま居合わせたロッキーズのスカウトから「最近のバットは傷みやすい。大工なら木材に詳しいだろう。なんとかならないかね」と依頼され、本人曰く「神の啓示を受けた」。野球のバットについても何も知らなかったから、図書館で一から勉強し、北米産の材木を一つ一つ吟味し、当時はバットの素材として知られていなかったメープルからサムバットを生み出している。
「でも最初の1年は(販売が)うまく行かなかった。専門誌に広告を出してもほとんど注文が来なかった」。それが97年に当時ブルージェイズにいたジョー・カーターが打撃練習で使用し気に入ってくれた。98年カーターはジャイアンツに移籍、その紹介で99年の春のキャンプでボンズに会った。「私のバットで打撃練習、フェンスをはるかに超える打球を連発した。そのままクラブハウスに行って2人で1時間半、話し込んだよ。ボンズはメープルはどんな木なのかと繰り返し尋ねてきたね」。
硬くて密度の高いメープルバットが一気に普及。02年サムバットは売り上げで業界第3位に輝いた。その後、メープルはバットの素材として主流になっていったのはご存じの通りだ。
(記者コラム・奥田 秀樹通信員)
(記者コラム・奥田 秀樹通信員)

