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文明のターンテーブルThe Turntable of Civilization

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再発信!子供を利用する朝日新聞の罪

2024年01月07日 13時44分19秒 | 全般

子供を利用する朝日新聞の罪
2021年04月18日
本章が検索妨害の犯罪に遭っていた。

参照元ページ
https://ameblo.jp/sunsetrubdown21/entry-12670199285.html
https://blog.goo.ne.jp/sunsetrubdown21_2010/e/e9268175c1f0c595ac26e10802fc8713/?st=1
https://blog.goo.ne.jp/sunsetrubdown21_2010/e/57a9e7ca9ba6e1d4c80b871c466cc632
https://blog.goo.ne.jp/sunsetrubdown21_2010/e/fead1770b5b3a8788c05da94528eda2c

私がgooで出稿した章を全く関係のない章に誘導して検索妨害の犯罪を繰り返している。
Docomo及びGoogleには防ぐ手立てはないのですか?
執拗に、同じ手口で妨害しています。

2010年、大阪再生の起爆剤だった大阪梅田・北ヤードの経緯は、余りに酷すぎた。
大阪梅田・北ヤードの事業計画は、官民の叡智を集め20年超かけて、やっと出来上がった。
戦後最高の都市計画の一つであると言っても過言ではない。
それが意味不明の大混迷に陥りだした。
私は、たった一人で、3か月間、関経連、同友会、大阪市役所を相手に、何故、やっと完成した見事な分譲事業計画通りに実行できないのか、速やかに実行せよ、と迫った。
何故なら、北ヤードの再開発は大阪再生を齎す最重要なファクターだったからである。
私が行動を開始した理由は、当時、関経連会長に就任した下妻博司が、突然、「北ヤードの第二期分譲を止めて、緑の公園にしたらどうか」と言い出したからである。
商業地で超の着く一等地は日本には二つしかないと言っても過言ではない。
東京の銀座と大阪梅田の大阪駅前(北ヤード)である。
そこを緑の公園にしようなどと、これ以上ない戯けを、あろうことか、東大を卒業し、関西経済界の重鎮である住友金属工業の社長、会長を務めた男が、突然、言い出した。
彼は北海道が生んだ秀才の一人、私は宮城県が生んだ秀才の一人である。
彼は私には大先輩だったわけだ、だからこそ、私は、先ず、面識もない彼の元に向かった。
それから3か月、もう二度と戯けを言い出す事は無いだろうとの手ごたえを感じて、私は本業に専念し出した。
そんな、ある日、夕刻6時過ぎにNHKのニュース関西版を観ていて呆れた。
箕面小学校の教室にテレビカメラを入れて、生徒達に、こんな事を言わせていたからである。
「北ヤード(第二期分譲予定地)に、サッカー場を作ってワールドカップを誘致して下さい」
もうこれ以上、本業から離れて、彼らを正しに向かう事は出来ない。
その時、本欄が登場したのである。
「文明のターンテーブル」が2010年7月に颯爽と登場した様に、イスラム思想研究者 飯山陽は、2021年、日本国民の前に颯爽と登場した大スターである。
彼女は、紫式部や清少納言に代表されるように、世界一、女性が大事にされてきた、世界最高に女性が幸せである国、日本に登場した、至上の国宝でもある、女性である。

子供を利用する朝日新聞の罪
イスラム思想研究者 飯山陽

「選択的夫婦別姓」制度導入について、新聞にはそれを「よいこと」として推進する論調が目立つ。

3月20日の朝日新聞デジタル版は親が別姓の子供5人に対し、同制度に反対する人が「子供がかわいそう」と主張していることをどう思うかと尋ね、子供が「そう思ったことはない」「かわいそうだと思うなら早く夫婦別姓制度を導入してほしい」「夫婦別姓が認められれば自分たちが嫌な思いをすることもなくなる」などと意見する記事を掲載している。 
同記事には、子供たちの名前に加え、カラー写真まで掲載されている。
この状況下で子供に「あなたはかわいそうか」などという質問をするのは実に残酷だ。
子供は大人が思う以上に親の顔色をうかがう。
それは生存本能に立脚する自然なことだ。
別姓の親の庇護下にいる子供が「自分はかわいそうだ」と認めることは、親の選択を公然と否定するに等しい。
それは自己否定にもつながる。
朝日新聞は誘導尋問を行っているようなものだ。 
これは子供に対する一種の搾取でもある。
夫婦別姓制度を導入すべきだという朝日新聞のイデオロギーを「無垢な子供」の口から言わせることにより、効果的に推進できるという計算が透けてみえる。
使えるものは何でも使え、という方針なのだろう。 
一方、子供たちは同記事中で、多くの家庭とは異なる複雑な事情に対する戸惑いや葛藤を吐露している。
途中で姓が変わったという子供もいる。
親は姓を変えないことに固執しつつ、親の都合で子供の姓が変わるのは問題ないという理解ならば、あまりに身勝手だ。  
「選択的夫婦別姓」制度が導入されれば、日本の家庭は夫婦別姓の家庭と同姓の家庭に二分される。
子供の姓が父と同じ家庭もあれば、母と同じ家庭もあるということになる。
名前を見ただけでその家族のイデオロギーが一目瞭然となる、そういう時代がやってくることを意味する。 
別姓推進論者は、名前は個人の人格の一部であり、それを「強制的」に変えられるのは耐え難い屈辱であると主張するが、当人の「自分らしさ」の保持のために子供が葛藤を抱える可能性や、他者から特定のフィルターを通して判断される可能性、結果的に家族や社会が分断される可能性に対してあまりに無頓着である。
そのような可能性などないのだと強弁するために子供を利用する朝日新聞の罪は、誠に重いといえよう。 

     

 

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