白馬に乗った玉子(リネージュ2プレイ日記 in リオナ)

リネージュⅡリオナサーバで、馬主を中心に活動していました。2012年1月育成中止。

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2010-02-06 23:59:39 | てすさび、ひまねた
留守中にも毎日、百名以上の方が当ブログをご覧くださっていたようです。
およそ一週間ぶりの更新となります。

リネ2の話題ではないので、ご興味ない方は読み飛ばしてくださいね。
もともと無理がきかない軟弱な私ではありますが、旅先にて、まさか持病の喘息以外で体調を崩すことになるとは思いもしませんでした。
モルディブは千個以上の島からなる観光立国です。私は今回、とあるリゾートアイランドに滞在しました。気温は約三十度。部屋は波の音が聞こえる水上コテージで、階段を下りればそのまま海に出られます。微調整はきかないものの冷房もあります。執事に電話一本かければレストランの予約はもちろん、ルームサービスのご飯や日用品も届けてくれます。

島を一周してみても日本人観光客は少なく、目を見張るスタイルの金髪お姉さんがビキニのお尻を揺らして闊歩しています。レストランで選べるメニューはヨーロピアンスタイル。隣のテーブルにはロシアからいらした裕福そうなご家族。どこの国の方も確実に私より英語がお上手です。コリアパワーに負けないよう、スタッフに尋ねられれば力強く「From Japan!」と答えていました……が。

到着して二日目の夜、私の胃腸が機能停止しやがりまして(怒)。
朝に至る惨状は尾篭な話になりますので省略しますが、翌日はペットボトルの飲料水を飲んでも吸収できなくなり、じっと横になることすらかなわず。手足のしびれと硬直が他部位に拡がってきた時点でギブアップしました。
電子辞書にて嘔吐、下痢、しびれ、といった語句を調べてメモに取り、地図に表記されたメディカルセンターへの連絡を頼むも、日本語が少し話せるスタッフいわく「この島には今、医者がいない」と。
「隣の島(フィッシャーマンズアイランド)には病院があります。スタッフの友人が案内役として同行します。舟が出るのは二時間後です」
二時間待つのはつらく感じましたが、このとき少し睡眠をとることができました。

強い日差しの下、隣の島へ上陸。白い砂で覆われた道を歩き、よろよろとたどり着いた病院には、「(現地通貨)ルフィアのみの支払い」と表示されており、同行者が米ドルから両替してくれました。
病院とは言っても、普通の平屋。ドクターコトーの診療所みたいなイメージですよ(ドラマ見てないけれど)。そこで黒い肌のドクターの診察を受けます。
「魚に当たったんだね。あと急に気候も変わっただろうからね。日本は今寒いだろう? チホチャンという友達が日本にいるんだ。明日は魚を食べたら駄目だよ」と診断をいただき、処置室へ。
いくつかのベッドが並び、天井でファンが回っている簡素な部屋です。開け放たれた窓からが見えます。既に他の患者さんとその付き添いが二組いました。私は四時間にわたる点滴と、二種類の投薬を受けました。数名の看護婦がしょっちゅう様子を見にきます。血圧、体温を計測し、点滴の具合を確認し、「Don't worry」と声をかけてくれます。
血液検査の結果を持ってきたドクターが、ナトリウムだかカリウムだかの値が低いけれど、点滴で回復しただろう、とおっしゃいました。その口ぶりから、特に感染症や風土病の恐れはなさそうだと思いました。やはりそれが一番怖くて、もう日本に帰れないかも…と思っていましたので、ほっとしました。
他の患者さんが受けている治療も私と同じように点滴か、吸入くらいで、精密そうな医療器械は見当たりません。ドクターも看護婦も携帯鳴らしてるし(笑)。机の上にはiPodあったし。窓から入ってきた虫がバチッとライトにぶつかる音がするし。
日本との違いをあれこれ考える余裕も出てきた頃、ようやく点滴から解き放たれました。隣のベッドのおばあさんは、私から見てもかなりひどい喘息の発作です。マスクをつける身振りで笑顔を交わし、処置室を出ました。
現地の方に追加の両替をしていただき、お会計もどうにかクリア。
ずっと待たせていた同行の案内人及びその取り巻き(笑)と共に元の島へ戻ることになります。
ところが、船着場の前に薬局に寄ってもらうはずのところ、連れていかれたのは(ぼったくりかもしれない)土産物屋。取り巻きの一人が経営している店だそうですが、ジュースを勧められても到底飲めるわけがありません(泣)。好意で言ってくれているのか、押し売りしようとしているのかわからないんですよね。英語も通じない方々でしたし……。あたりが暗くなっていた分、余計に不安が募りました。
半ば強引に薬局に向かい、薬剤師のお姉さん(イスラム圏なので頭に布を巻いている)に頼んでドクターの処方箋の通番と一致するよう、薬に付箋をつけてもらいました。頓服を含め五種類もあって、服用時間など混乱しそうだったのです。
元のリゾートアイランドに到着すると、同行の案内人が私の執事に収支報告のメモを渡していたようです。後で受け取りました(ディベヒ語で読めなかったけれど、笑)。さすがにホスピタリティ教育のしっかりしたリゾートからの委託だけあり、そのひとはお金をちょろまかすことは考えていなかったようですね。別れ際に多めのチップを渡すと、びっくりした顔を見せていました。
翌日も真面目に薬を飲み(うち一つはポカリスエットの粉末のようなものでした)、縮小運転を始めた胃腸をうかがいながら、少しずつ飲食開始。今までの人生でおなかを壊したことがほとんどない私が、胃腸の機嫌をうかがうように(笑)。
★旅先には胃腸の頓服薬も持っていくべきですね。おなかが丈夫なひとでも。
(出発前のタイトスケジュールもよくない!笑)
★個人的にはもっと英会話力を上げたいなと思いました。

おかげさまでアーユルヴェーダや温石マッサージも受け、シュノーケルで海にも潜ってから、帰途に着くことができました。小さなサメは何度も見ましたよ。

今回の旅は「何もしない」計画でしたが、予想外の「地元の病院で治療を受けよう!オプショナルツアー」が開催されたわけです(泣笑)。隣の島への往復の船賃は……請求されていませんでした。通常、小さな舟(ドーニ)を四時間借りると千ドルくらいが相場のようです。これまたリゾート側の好意と思われます。
成田の健康相談室に自主的に立ち寄ると、
「今、症状が出ていないなら問題ないです。帰っていいですよー」とあっさり放免されました(笑)。怖い病気が流行っている地域ではないんでしょうね。

帰国してすぐにインしなかったのは、パソコンを置いている部屋が寒い(笑)という理由や、健康上の都合もあるのですが、「前の日常」に戻りたくない気持ちによるところも大きかったです。
幼い頃から年一回の頻度で海外旅行には連れていかれていました。大人になってから、自分の意思で旅に出ることも数回。それにしても、喘息以外で倒れたのは初めてです。
たかが数日間のバカンス。されど、大きなChange。
(だからこそ旅はすばらしい、ってLOCAさんはおっしゃるかもしれません。)
死ぬかもという恐怖から回復し、自分が今ここにある現実がまだ信じられない状態でしたし、何よりもあの僻地、リゾートではない地元の猟師の島の医療従事者たちに助けられた経験が気持ちを揺さぶり続けるんですね。この豊かな日本で私はいかに生活していこうかと。
通称フィッシャーマンズアイランドが現地では何と呼ばれる島なのか、Google Earthやパノラミオ(世界中の投稿写真集)を細かく眺めた結果、判明しました。800余名の島民のうちの一人はパノラミオ投稿者で、「My House」の写真を載せている(笑)。これが十年、二十年前だったならば、図書館で資料をあさっても自分が連れていってもらった島を調べるのは困難だったでしょう。ネットの底力を思い知ります。
赤十字マークに三日月が足されているのは、イスラム圏ならではの表記。あのとき交代で出勤してきた白人系のドクターは、ボランティアで派遣された医師なのかなぁ……。
今も向こうではきっと、豊富とはいえない薬を与えられた患者が天井のファンを眺め、「Don't worry」と看護婦たちが笑っているでしょう。
さすがに大手術が必要な患者が現れたら、首都マーレに搬送するんだろうとは思いますが……。

正直に言います。ゲーム内の人間関係に思い悩み、愚痴っていた自分の何とちっぽけなことか。
ことに当たれば、思うとおりに進まない現実は出てくるでしょう。身体的苦痛も含め、耐えなければいけない試練なら耐えるしかない。
でも、ゲームで愚痴るって、馬鹿げてない? 相手に変わってほしいと期待して、破れて、言いたいことを言えずにどれだけ「我慢してきた」のだろう。それはとても不健康。
嫌ならやめればいいんだよ、案外簡単な解決だよ、と思えてしまったんですね。食べて飲んで、散策して、海で遊んで、星空を見上げて、眠る――シンプルな数日間は、ある意味でネトゲ依存からの毒抜きにもなったのかもしれません。
とはいっても、小さなことにくよくよするのもまた、ひとのさがだと知っています(笑)。

深夜に少しだけインしました。
操作を忘れていそうで不安でしたが(笑)、クインさん主催のパーティーでメイズへ。

セラ馬を出したら、Cクリの残りが二桁でした(笑)。量産カタカタを作って砕くのがお得なCクリ製造法だそうです!(関西さん直伝。)
リモーネさん、ダイナ装備おめでとうございます。
そしてイカルス武器装備もちらほら見えてきているCE、みんなすごい!
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