池上さんの「いまどきのドイツと日本」という本
池上彰さん、増田ユリヤさん、ドイツ人のマライ・メントラインさんの討論を本にした「いまどきのドイツと日本」という本が評判になっています。
こんなことが書かれています。
「有休消化率100%」のリアル
マライ ドイツの一般的な正社員は平均して年4週間、有給休暇を取得。だいたい年平均27日間。それに日曜も合わせれば軽く1カ月は休めます。しかも連続して休むことも社会通念的にOK。「1カ月間、家族でアメリカ旅行に行ってきます」とか普通にできてしまう。
ドイツ人の「生産性」は、日本人よりはるかに高い
マライ 人口差を加味すると「国民一人当たりのGDP」でドイツは10位、日本は21位。「国民一人当たり労働生産性」はドイツ人13位、日本人26位。
この前ドイツの若者と話していたら、「最近は、残業増えていますよ。3時間も残業している」と。でもよくよく聞いてみると、「週3時間も残業している」でした(笑)
日本の会社って、「上司の目があると、なかなか帰れない」。一方ドイツでは、上司の目が光っている方が「残業ナシ」で頑張れるんですね。時間内に仕事を終えなくては…というタイムプレッシャーがすごいから。
「専門性」を重視するドイツ、「オールマイティ」を目指す日本
マライ 日本の官公庁とも仕事をして驚くのが、ジョブローテーションによる異動の激しさ。せっかく担当業務に慣れてノウハウも蓄積してきて、さあこれからというときに観光課から人事課に異動が発令されて、また新任の人と最初からいろいろ始めなければならない。オールラウンダー的な人材育成とかの意味はあるのだろうけれど、実務的ノウハウの浪費というデメリットがあまりにも大きい。
日本の「おもてなし」と、ドイツのサービス砂漠
マライ ドイツ社会のサービス、特に営業的サービス精神の希薄っぷりは凄い。きっと日本人は驚くと思います。カフェで注文しようとしたら店員さん同士がバカンスの話で盛り上がっていて、「今いいところだから、ちょっと待ってて!」と注文を遮(さえぎ)られたり(笑)
先生に従う日本人、議論するドイツ人
マライ 学校で、デモの話は普通に出てきますね。生徒同士はもちろん、先生が生徒に向かって、「先週のデモに行ってきた人はいますか」と普通に聞いたりする。もちろん、教師が特定の政治的主張に生徒を誘導することはありませんが、一人の意思を持った人間として、政治活動に参加するのはごく当然という感覚です。
増田 日本では、先生の話を一方的に聞く受動的な学びが、一般的。議論していく能動的な学びを目指すようになったのは最近のこと。テストや受験のために正解を覚えるためのテクニックを教えることしかしてこなかったから、教え込むのではなく子どもたちの主体性を引き出すにはどうしたらいいか、わからない教員が圧倒的に多い。
日独の「歴史教育」の違い
マライ ドイツの学校では、単にナチス時代を学ぶだけでなく、「どうしてナチス政権が出てきてしまったのか」というそもそも論にさかのぼる。
だけど、その一方で、歴史教育に力を入れすぎて、イヤになってしまう学生もいる。
イスラエルにもいる「戦争を知らない子どもたち」
池上 西ドイツでは「ナチスドイツを繰り返さないように」という学校教育。ところが旧東ドイツでは、「第二次世界大戦はヒトラーという極悪人と、一部の資本家が起こしたもの」という歴史認識。「君たち一般の労働者階級は、その資本家たちの被害者だ」というように。
マライ 「我々はナチスを土台とする国ではない、まったく新しい国家」という建前の陰で、旧東ドイツにはむしろナチ的な極右団体がかなりたくさん潜んでいた。
池上 ナチスの系統をひく政党が、旧東ドイツでは堂々と認められていましたからね。
増田 似たようなことをイスラエルの取材で感じました。驚くべきことにイスラエルの若者たちの多くが、パレスチナ人のことを知らないんですよ。自分たちの国家がパレスチナに何をしてきたのか。どうしてイスラエルという国が、今ここにあるのか、その成り立ちを知らない。
マライ ヒトラーが現代にタイムスリップしてくるという映画「帰ってきたヒトラー」が大ヒットしました。最初はヒトラーに嫌悪感を示す人々が映っているが、ヒトラーがホットドッグ売りのおばちゃんに「最近どうよ」と聞くと、「本当に、今でこそあなたみたいな人が必要だ」とか本音がこぼれてくる。結構根深いんですよ。「ナチス政権、ああは言っても全部悪かったわけではない」という理論。アウトバーンつくってくれたし、みんなのための保険をつくってくれたし、国民車つくってくれたし…と。
働く男性の約4割が育児休暇をとるための秘訣
マライ 日本と同様ドイツでも、女性は育休をとるけれど、男性はなかなかとってくれない。それで国が制度を再調整し、新しい制度では、女性一人が育休を取得するよりも、パートナーも一緒に育休を取得する方が有利になるようにしたんです。一人だけの場合は最長12カ月間、給与の67%が国によって支給される仕組みだったけど、パートナーも育休を取得した場合、その期間をさらに2カ月間延長できる。仮に2人同時にとる場合は、それぞれが7カ月分育休を取得できる。受給額を半額にするなら、さらにその期間を延ばせるなど、いろいろ家庭の事情に応じて柔軟に対応できるようにしたんです。
基本的にドイツ人は「お得」感が大好きですからね。これで一気に男性の育休取得者は増加して、現在働く男性の約4割が、育児休暇を取得するようになった。
そして「日本」は?
マライ 「日本もドイツも過去の過ちについて謝罪したのに、何が違う?」と、時々聞かれます。
ヴァイツゼッカー大統領の有名な「荒れ野の40年」演説。あれって「我々はとんでもない過ちを犯した」と120%主張している一方、「ユダヤ人の皆様ごめんなさい」とは一言も述べていない。ユダヤ人に向けたスピーチではなくてドイツ人に向けたスピーチだったから。ホロコーストは巧妙なシステム的犯罪であったため、国民一人一人は直接誰かを殺したり迫害したりしなかったとしても、システムの歯車として機能していた、社会的な責任があるということです。
ドイツ人にとって「謝罪」とは、被害者への直接の謝罪、賠償金、罪の自覚と再発防止(反省)の三点セットで成立するもの。賠償金については支払いが続いているが、大きいところに関しては「ドイツ最終規定条約」で話がついたと主張できる。
日本の場合、エモーショナルな要素が介在して決着がこじれる。日韓関係で「もうその補償は済ませたはずなのに」的な蒸し返しで揉(も)める。ドイツだと「それはもう済んでます」ときっぱり主張しやすいし、揉めることはない。やはり「法的思考」の存在は重要なポイント。
ただ、ドイツ人の目から見ても「謝罪」と「反省」は永久的な課題。加害者側が謝罪を自ら打ち切ることは不可能だから。ドイツ人の中では三点(謝罪、賠償金、再発防止(反省))さえクリアすれば無敵状態なんです。
以前、日本の政治家がスピーチで「次世代にこれ以上負担をかけるのはやめましょうね」と述べましたが、せっかく「謝罪」と「賠償」もできたのに、三つ目の「自覚と再発防止(反省)」を無駄に放棄しちゃった。よって、謝罪として成立しなくなり、外交的にもマイナスだ、という印象を受けます。
「身内である加害者」と「よそ者である被害者」が存在している
池上 1995年に村山総理は「村山談話」を発表して日本の戦争責任を認めました。その後の自民党政権では、そうした過去の談話を薄めたい、という思いで時の政権によっても、立場はずいぶんと違いますよね。
マライ それはすごいですね。さすがにそれはドイツにはできないです。国としての基本方針や立ち位置は変わりません。そういうのをコロコロ変えると国の信用度が落ちる、という認識があるから。
みんなで「持続可能な社会」を目指して語り合おう
マライ 日本人って、政府のことを「国」と言うでしょ。実際は「国」ではなくて、「政府」なんですよね。
池上 「国の方針で」という表現、よく考えたらおかしい。「菅内閣は…」だよね。
増田 「国」と言った瞬間に、どこか人知を超えた何かすごく大きなものによって決定されてしまい、覆すことができない印象を受けてしまいますね。
マライ 「国が決めた」という表現を使用した瞬間、自動的に諦(あきら)めモードに入ってしまうとしたら、しっかり意識しないといけない。賛同するのも、反対するのも、私たち人間の役割。
この他、東西ドイツ統一で「負け組」になった旧東ドイツから極右の運動が始まった、という話や、ドイツはチェルノブイリ事故で直接被害にあったため原発への拒絶反応が大きく、メルケルさんは当初原発推進だったが、福島事故で「脱原発」に切り替えた話など興味深い話がたくさん出てきます。
こんな記事もあります。
生産性が「日本人より40%高い」ドイツ人が、月~金を「平日」と呼ばない理由(隅田 貫) @moneygendai
ドイツでは月~金曜日を「平日」と呼ばない――20年以上も現地で勤務してきた隅田貫氏は、そこに「日独の労働観の違いが表れている」と話します。日...
マネー現代
ドイツ語では月~金曜日を「Arbeitstag」もしくは「Werktag」と言い、意味は「働く日」になります。キリスト教圏なので、週末は安息日です。安息日には一切の労働をせず、お店も開いていません。安息日に苦役はしません。
日本では、月~金曜日は「平日」であり、言ってみれば普段の日。休日のほうが「特別な日」というイメージがあります。よく「週休2日」という言い方をしますね。つまり、働く日が普通の日であり、週何日休めるか、ということにフォーカスしています。したがって、休日は特別な存在です。
一方ドイツでは一般に「週休2日」とは言わず、あえて言うなら「Fünftagewoche」、日本語に訳せば「週5日労働」というニュアンスになります。つまり、働くことがある意味特別であり、週の中にどれくらいその特別な日があるかという点に着目しているのです。
コメントをお寄せください。
<パソコンの場合>
このブログの右下「コメント」をクリック⇒「コメントを投稿する」をクリック⇒名前(ニックネームでも可)、タイトル、コメントを入力し、下に表示された4桁の数字を下の枠に入力⇒「コメントを投稿する」をクリック
<スマホの場合>
このブログの下の方「コメントする」を押す⇒名前(ニックネームでも可)、コメントを入力⇒「私はロボットではありません」の左の四角を押す⇒表示された項目に該当する画像を選択し、右下の「確認」を押す⇒「投稿する」を押す