GOVAP便り

プノンペンからモンドルキリに、その前はTAY NINH省--AN GING省--HCM市GO VAP

ウーミンの森

2010-04-18 19:03:06 | 旅行
土曜日の朝、目覚めて電気蚊取り線香のスイッチを消そうとするとパイロットランプが点灯しておらず、冷蔵庫を開けてもランプは消えていました。雨期の始まる前の4月は電力不足で停電が多いとは聞いてましたが、ここの敷地内にあるゼネレーターは何の為なのか恨めしい。

顔を洗おうとして水道の蛇口を回すと水も出ず、停電の上に断水。髭も剃らずにパソコンを持っててカフェに行くとカフェも停電でWiFiが使えません。土日の朝は客が多くて落ち着かず、早々に部屋に戻ってみたもののエアコンどころか扇風機も使えない状態で汗ばむばかり。洗濯するどころかトイレの水も流せないのはやり切れません。パソコンと着替えをリュックに詰めて停電の町ロンスエンを脱出することにしました。

暑い時は森林浴が一番、と先週知ったので、メコンデルタの森の代名詞であるウーミン(U Minh)の森方向に行ってみることにしました。キエンザン省とカマウ省にまたがる湿地帯の森です。塩分を多く含む水路のため農耕に適さず開発から取り残された森だったそうですが、それでも1975年の戦争終結以降の10年で急激に森林面積が喪失し、植林が行われるようになった、などとも何かで読んような気がします。

戦争中は解放戦線の解放区があったとも聞いてますが、知ってるのはその程度。地図を見るとラックザー方向に走り、国道61号に出てこれを少し南下するとカマウ方向に進む道との分岐がある筈です。

が、地図をうろ覚えで、何処で昼飯を食べようかとの思いが優先して通り過ぎてしまい、途中で気付いて引き返しました。すると直ぐにまたまたクラッチレバーのボルトが抜け、ナットが落ちてクラッチが使えずエンスト。ボルトを入れ直し、指で押さえながら走って近くの修理屋さんに立ち寄ったところ、誰も居ないのでネットを一つ頂いて自分で取り付けました。見ると店の親父さんはハンモッグで昼寝の最中。眠りを妨げるのも悪いかとそのまま立ち去りました。

カマウ方向に分岐する63号線に折れて直進すると、地図には記載のないフェリー乗り場に着きました。船も大きくなく、自動車も数台載るのでバイクのスペースは狭くく窮屈でした。向こう岸も直ぐ近くに見えるのでバイクに跨ったままヘルメットも外さずにいると船は反対岸ではなく水路を右手に進みました。「あれーこれは一体何処に向かっているのだ」?と不安にもなりましたが、決まった行く先があるわけでもないので諦めました。後で確認すると、水路の向こう側にもう一本大きな水路があり、最初の水路を暫く右方向に進んでから「水路と水路を繋ぐ水路」を行き、それから大きな水路を渡ったようです。時間は30分ほど掛かりました。

フェリーを降りると後はひたすら南に伸びる水路沿いの道を走るだけ。途中で人気のないカフェのハンモッグに横たわり、水路の上を渡る涼しい風に吹かれ、店番をしながら音楽のノートを書き写している7年生の女の子と少し話ました。地図を見せて現在地を尋ねるとカマウ市方向に分岐する道は既に通り越し、真っ直ぐ進めばウーミンの森方向だと教えられました。

進行方向に雨雲が見え、風も冷たくなって来ました。が、幸い直接降られることはありませんでした。しかし何時しか舗装路が終わり、凸凹道に変わってしまいました。行き止まりの道なのかと不安にもありましたが、そのまま4kmほど進むと幅は狭いながらもコンクリートの道に続き、カユプチの林の中を走ってました。切り出した細い木材を水路の舟に運ぶ姿もあります。犬や鶏が道路を横切るのを避けながらバイクを走らせました。犬は危険を感じると方向を変えて引き返すので却って危なかったり、鶏は一羽が飛び出すとその後を次々と何羽もが後に続いて突進するのでこれまた要注意でした。

道路には標識があり、「〇〇まで2km」とか町の名が記されてはいますが、その名が手持ちの地図にはなく、地図にある地名は見ることがありません。道が二手に分岐した時にはお手上げでした。大雑把には東に進めばタイ湾、カマウ市は西方向ですから取りあえず西を選びました。すると運悪く一箇所でコンクリートの橋が建設中で未完成。その脇にカユプチの細い材木を束ねた壊れかけの橋があるだけです。バイクを止め恐る恐る橋の上を歩いてみると細い木なので軋み揺れます。雨の後で木も濡れてるし、釘の頭も何本も浮いていました。ここで無理したらろくな事になりません。落ちたら最後、バイクは引き上げられないし、「ファイト一発」なんて体力もないわけですから。

バイクの向きを変えてる最中に向こう側からバイクが来ました。地元の人のようで子供も乗せた三人乗りです。躊躇無く、足は下に二・三度着けながらも渡って来ました。「他人ができることを自分が出来ないわけがない」などというつまらぬ意地が湧き起りました。再び向きを変え、教習所で習った「障害物走行」はこの日のためなのだ、とばかり半クラッチでエンジンを強めに噴かし、その音に鼓舞さらながら一気に渡りました。

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