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トゥエンクアン (Tuyên Quang) 省

2016-06-28 22:23:28 | 旅行

 「chè thái gái tuyên」という言葉を教えて貰ったのはたぶん20年ほど前のことで、「タイグエンのお茶」と並び称されるほどトゥエンクアンは美しい女性が多い、という意味のようでした。それなら一度は行ってみたい・・・などと思ったりもしましたが、かつて王宮に全国から美人を集めたため「古都フエは美人が多い」という話と同じように期待倒れになるだけという気がして長いこと忘れていました。しかし、トゥエンクアンについての知識はそれ以外に何一つなく、ヴィンロクの町で夕食に入った店では店員や客の若い女性の顔をまじまじと眺め、「確かにそうかも知れない」という気もして来ました。

トゥエンクアン市に向かう省道189は標識があったので迷うこともありませんでした。雲南からハザン省を経由して流れるLô河に架かるBợ橋を渡ると4~5kmで国道2号に交差し、左折して南下すると30~40kmで市内に着きます。

   

 時間もあったので市内に入る10㎞ほど手前で右折してみました。高床式の住宅があり、家畜がのんびりと草を食んでいました。ちょうど家から近所の集まりに出掛ける婦人が出て来まそた。Dao族のQuan Trangという民族だそうです。田園風景の中には国道沿いに建っているようなレンガ造りの家もありましたが、最近引越して来たKinh族の家だとか。

       

 トゥエンクアンの市街地は国道からはやや離れていました。16世紀に建てられた莫朝の城門が残されており、紅河平野に近づいた印象を受けます。省人口約75万。少数民族が半数強を占め、ちょうど山地と平野部の中間地点でもあり、政治・軍事的にも歴史的に要衝の地であったようです。莫氏の権力が打ち立てられた1527年頃から1699年までの間、この地はVũ Văn Uyênに始まるVu氏一族の支配が続いたとのこと。また、フランスによる北部ベトナム植民地化の過程では黒旗軍や雲南軍とフランス軍との激しい戦闘が繰り広げられた地でもあったとか。地図を見るとViet Triで紅河に合流するLo河がほぼ直角に曲がった内側に市街地は位置しています。

           

ネット検索で見付けたHoa Maiホテルは一泊20万ドン(1000円)。やや古い造りの建物でしたがエレベータもあり洗濯物も安く、対応も親切でした。街の中心部にある池の中に博物館がありました。他の見学者の姿もなく、またスタッフの姿を見ることもなく・・・。しかし展示はそこそこ楽しめました。省内に居住する各少数民族の写真パネルには居住地域も記されていました。五つ角カブトムシやクワガタ、玉虫の標本などもこの地の自然環境が豊かであることを物語るものです。日本語の説明があればちゃんと理解できたのでしょうけど、ほぼ消化不良のまま引き上げました。

         

 バイクのメータが5,000kmを超えていたのでオイル交換と洗車をしました。メコンデルタを走って千キロで一回、二回目はニンビンのタムコックで3千キロ時。これが三回目です。雨が降ったり止んだりの天気でしたが、40kmほど東に位置するTân Trào の歴史遺跡まで出かけました。歴史遺跡と言っても71年前の1945年8月13日、この地で共産党が全国会議を開催し8月革命の蜂起を決定したという現代史に関わるものです。解放勢力の暫定首都ともされたとか。

      

 ここにも博物館があり、8月独立革命に関する展示がありました。立ち寄ったところ夕方近くのためか他に見学者はなく、しかしTV局の取材があったためサクラの役を演じさせられ、何度もベトナム語で書かれた説明文を読んでいる振りをすることに。

       

Tân Trào から東へは5kmほどでタイグエン省。そのためか丘には茶畑が広がっていました。道路沿いには花を着けたタンロン(ドラゴンフルーツ)も見えました。


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