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純丘曜彰 Teruaki Georges SUMIOKA のメモ

昨今の動向、気になったニュースなど

世界の真ん中:エクアドルの首都キト

2024-08-04 15:00:00 | 日記

暑くて玄関先にさえ出る気がしない昨今、優雅な鉄道の旅を探していたら、Tren Crucero というのが涼しくて絶景なんだと。あまり聞いたこともないので、どこを走っているのか、と思ったら、エクアドル。じつは、20世紀末までに、すべて廃線。世界の金持ち向けに、超高級特別観光列車として運行されているのみ。値段を見て驚いた。

たしかに絶景だ。アンデス山脈の斜面をジグザグに海抜2800メートルの首都キトまで登っていく。エクアドルが、イコール、つまり、南北半球の中央、赤道を意味することからわかるように、ここには夏も冬も無い。一年中、暑くなく、寒くもない、平均20度を保つ。千年前、インカ帝国の第二首都として作られた理由が、よくわかる。ただ、富士山の七合目より上だから、空気は薄いだろう。

ここが世界のまんなかであるのは、町を見ればわかる。火山性の地形だからか、町の真ん中に、ヘソのような小山があるのだ。この東北側が旧市街。聖フランシス修道院の広場を中心として、その南北の谷間高原に細長く新市街が延びている。18世紀、すでにヨーロッパは啓蒙の時代、ここでは現地の文化と融合した、すぐれたキリスト教芸術が最盛期を迎えた。色合いも、顔付きも、アンデスの人々のもの。

ちょっと行ってみたいが、行くのは恐い。自国通貨を放棄し、米ドル建てにしたことで、中南米にしては珍しく経済は安定しているが、実情は、碌なもんじゃない。世界中にコカインを輸出しており、隣国コロンビアなどはもちろん、国内、首都キトの中でも、マフィアの抗争だらけ。小中学校さえみかじめ料を納めている。政治家も軒並み暗殺される。バカな観光客も擦られるくらいで済めばまし。殺してカネを奪い、山に捨てて、行方不明でおしまい。

キトの聖母。キト派のキリスト教芸術の代表作。町のまんなかの小山の上にも、大きな模造が立っている。ただ、あまり平和なものではない。黙示録12章に因み、原罪の実を咥えた悪魔を踏みつけて踊っている。気にはなるが、近づき難い。


マッガフィンとスナーク、ムーミン

2024-08-01 12:01:00 | 日記

/キプリング、ヒッチコック、ルイス・キャロル、そしてトーベ・ヤンソン。だれもがそれを狩ろうと奔走するが、だれもそれが何か知らないもの、それがスナークだ。しかし、スナーク狩りに駆り立てられる人々こそ、じつはスナークだったりする。/

敵味方がそれ手に入れようと争っているが、双方とも、それが何か知らない。キプリングの冒険小説はいつもそうだ、とヒッチコックが言って、自分の作品でも頻繁に利用した作劇法。しかし、これはさらに元ネタがある。ルイス・キャロルの『スナーク狩り』だ。

ハイデガーは、実存 dasein がモノに先立つことの実証として、モノを探す例を挙げた。モノを探すとき、実存はすでに探されるモノを先に見つけている。が、典型的なドイツバカのハイデガーには、「教養」と「ユーモア」が欠けていた。彼に先行して、ルイス・キャロルが、まさにハイデガーみたいなやつをスナークとしてあげつらっている。

スナークにはユーモアが無い。冗談が嫌いで、難解を好む。やたら野心的で、すぐに火を吐く。触れただけでも、マッチが燃え上がる。外面はぱりっと香ばしいが、中は空っぽ。夕暮れまで寝ていて、自分の屋台に籠もり、割れ目だらけの遠い島に住んでいる。

キャロルの『スナーク狩り』は、同じンセンス詩でも『アリス』のシリーズなどより暗い。登場人物がみな帽子屋みたいなやつら。これも元ネタがあって、as mad as hatter という言い回しがキャロルより前からある。帽子屋は、かつて、羊毛をフェルトに固めるのに水銀蒸気を使っており、その水銀中毒で中枢神経をやられ、「職業病」としてエレティスムを発症し、過敏症から興奮、憔悴、記憶障害、そして、譫妄を起こした。

じつのところ、水銀エレティスムかどうかわからないが、キャロル自身が、片耳が聞えず、つねに奇妙に曲がった姿勢で、まっすぐ立ったり座ったりできなかったように、なんらかの似たような発作を抱えていた。(青年期の百日咳の後遺症とも言われるが、それにしては、かなり重症であり、彼の11人もの兄弟全員が吃音で、吃音は水銀中毒の典型症例。彼の母も髄膜炎かなにかで若くして亡くなっている。彼の一家がいたデズバリーは、産業革命最盛期のマンチェスターとリバプールの間にあり、このあたりは、魚を含め、いまだに河川や土壌は有機重金属の工業汚染がひどい。)

その時代、異常者は、おうおうに座敷牢ないし怪しげな「マッドハウス」に密かに送られ、厄介払いされていた。1774年、つまり、米国独立戦争とフランス革命のころ、マッドハウス法で王立内科医師会がこれを監督することになり、1845年に設立された狂気委員会では、医師三人だけでなく、弁護士三人、篤志家三人も加わって、まともな認定「病院」に隔離すべく、「保護」に当たった。この委員会の事務長が法廷弁護士だったキャロルの叔父。

とはいえ、そもそもいったい何が「狂気」か、定義が欠けているのだ。スナーク狩りにいく九人+ビーバー(叔父?)は、じつは、この狂気委員会メンバーのパロディで、狩る偏執的な医師や弁護士、篤志家たちと、狩られる狂人たちとどっこいどっこい。何を探しているのかもわからないまま、大真面目に迷走し続ける。キャロルは、自分を幻のドードー鳥に喩えるような自覚のある当事者として、これをからかわずにはいられなかったのだろう。

これに共感したのが、『ムーミン』で知られるトーベ・ヤンソン。アニメはかってに絵柄を変えてしまっているが、あれにはヒロインのノンノンとかフローレンとか呼ばれる「スノークのおじょうさん」が出てくる。トロール族とスノーク族は、もともとは見た目もかなり違う。というのも、ムーミンシリーズより前、戦時の1943年中にすでに、ヤンソンはスノークという、しかめ面の自画像キャラクターを立てており、ヤンソンがキャロルの『スナーク狩り』にイラストをつけているように、スノーク族は、じつはキャロルのスナークをイメージした、通俗社会の外の存在。ムーミンパパがシルクハットをかぶっているのも、キャロルの帽子屋の延長。ヤンソン自身、いろいろメンタルに不安定で、知ってのとおり、戦後にムーミンが売れるとすぐ、彼女の「彼女」と、離れ小島に籠もってしまった。